それぞれの想い 〈1〉

 

「ねえねえ、あの話題の映画もう見た?」
「もちろん♪ 先週、彼と一緒に見に行ったもんね〜 すっごくよかったよ〜v」
「いいな〜 私なんて一緒に行く人いないもん。でさ、来週の日曜だけど…」
「ごめ〜ん、彼と約束があるんだ〜 今度新しく出来たテーマパーク行くの♪」
「えっ、うそ? あのテーマパーク!? すっごい、あの入場券なかなか手に入らないんでしょ?」
「彼が頑張ってGETしてくれたんだよv」
「ああ、本当にうらやましい。どこかにいい男落ちてないかな?」

香穂子はぼんやりとストローをいじりながら、隣の席の女子高生たちの会話を聞くとはなしに聞いていた。
もうどれぐらい待っているだろうか?
約束の時間よりも早く来すぎちゃったんで、結構長いこと待っている気がする。
でも、一人彼を待っている…そんな時間も香穂子にとっては楽しい時間であった。

あのコンクールから一年とちょっと。蓮も香穂子も無事三年に進級していた。最上級生ともなると進路指導や補習授業などもあって、科が違うということもあり、二年の時よりも二人でいられる時間はぐっと少なくなった。
むろんあのころから始まった送り迎えは今もずっと続いているので一日中全く顔を会わせないという日はないのであるが、それでも、もっと二人だけの時間を過ごしたいというのが乙女の願望というもので… だから、今日のような時間を香穂子はとても大切に思っていた。

入り口のドアに取り付けられている小さなベルがチリンと鳴った。
そちらに目をやった香穂子の顔が輝いた。
淡いブルーの髪、右袖からチラッと見える腕時計…
香穂子の待ち人、蓮だ。
蓮の方も香穂子を見つけるとまっすぐ香穂子のいるテーブルの方へと歩いて来た。
「遅れてしまってすまない。大分待ったんじゃないか? ここに向かう途中、急に先生に声を掛けられて…」
蓮はそう言いながら、香穂子の向かいの席に腰を下ろした。
「ううん、平気。そんなに待ってないから。」
そういう香穂子のグラスの中には氷しか残っていなかった。その氷も大分溶けてしまっている。蓮の視線に気づいた香穂子はあわてて言った。
「えっ、これ? 今日、すごく暑かったでしょ? で、喉がかわいてたんで一気飲みしちゃって。」
そんな香穂子に蓮は微笑んだ。
「ありがとう。」

――ははっ、ばれてるね、これは…

今日は日曜日。久々に一日中ずっと蓮と一緒にいられると思うと、香穂子は家でジッとしていることが出来なくて、約束の時間よりも大分前に待ち合わせ場所に到着していたのである。

「あれ? 今日は日曜日だよね? 先生って…」
「ああ、音楽科内の発表会のことで…」
「へぇ〜、そんなのがあるんだ。」
普通科の香穂子には初耳である。
「いや、音楽科が全員参加するものでそれほどたいしたものではないのだが。」
香穂子はこんな時は自分が普通科であることが少し淋しくなってくる。
あのコンクールが終わった時、香穂子は金澤と蓮から音楽科へ編入するように薦められた。その方がヴァイオリンをこれからもやって行くと決心した香穂子のためにもなると。
だが、香穂子は二年の半ばで科を変えるよりも高校時代はこのまま普通科で学ぶことを選んだのである。もちろん音楽も好きだけど、ほかにも勉強したいことはたくさんあるし、それに何より今まで積み上げて来たものを途中で投げ出すのが嫌だった。今もその選択は間違っていないと思っている。だけどそれでも今日のような時には蓮と違う科であることをどうしても意識せずにはいられないのだ。

「香穂子」
蓮が声をかけた。
「なに?」
「君はもう進路調査票は出したのか?」
「うん。付属大学の方へ行こうと思って。」
蓮は少し考えてから、香穂子に聞いた。
「学科はどこを選ぶのだろうか?」
「えっ? まだそこまで考えてないけど…」

「実は…」
そう言いながら蓮は一枚の紙を出した。
「?」
「先ほど言った発表会は付属大学の音楽科への選考会も兼ねている。俺はもう推薦枠ですでに決まっているので、関係ないのだが。」
「そうなんだ。」
香穂子は蓮の差し出した紙を見ながら言った。
「君は音楽科へ進むつもりはないのか?」
「えっ?」
香穂子は顔を上げた。
香穂子とて考えなかったわけではない。だけどもともと付属大学に行くつもりで外部受験用の勉強は特別していなかったし、新たに音楽科を受け直して受かる自信はさすがになかった。
かと言って常識から考えても普通科から大学の音楽科へのエスカレートというのはまずあり得ないだろう。
「私には無理だよ。」
「なぜだ?」
不思議そうに蓮が聞いた。
「外部受験して受かる自信ないし…」
「? 付属大学に行けばいいんじゃないのか?」
「だって、私、普通科だよ。学内選考でも確か項目なかったし、きっと無理だよ。」
「だから、あの時編入していれば…」
蓮が小さくつぶやいた。
「えっ?」
「先生に聞いてみたらどうだろうか? まったく可能性がないというわけではないと思うが。」

「えっ、でも…」
香穂子は口ごもった。前回普通科からコンクールに出たというだけでもあれだけ風当たりが強かったのだ。ここでまた特別扱いしてくださいとお願いしてはまた人から何を言われるか…
「君は俺と一緒に学びたいと思わないのか?」
蓮が香穂子の目を見つめて言った。
「そりゃあ、私だって…」
確かにヴァイオリンをやっていて楽しいし、蓮と一緒にキャンパスライフを送るのは香穂子にとっても素敵なことに違いない。でも、自分の将来をそういうことで決めてしまっていいかと思うとやはり迷ってしまう。
だから、あの時普通科を選んだのだ。
だが、再び今面と向かって蓮にそう言われてしまうとやはり迷いが生じる。
「俺は君と一緒に切磋琢磨出来たらと思っている。俺が唯一のライバルだと思っているのは君だけだから。」

――ライバル?

その言葉に香穂子は少し引っ掛かりを覚えた。

「まあ、まだもう少し時間はあるし、考えてみてくれ。あっ、そろそろここを出ようか。少し早めに行った方が良い席で聴ける。」
「そうだね。」
香穂子はそう言うと立ち上がった…

 

 

*  *  *



「音楽科か…」
香穂子はベッドの上に腰掛けると天井を見つめ、そうつぶやいた。
そう言えば、蓮とつき合い始めてから一緒に出掛けるところといえば、音楽関連のスポットばかりだった。今日のコンサートもそうだし、楽器店とかCDショップとか、たまに違う場所へ行っても蓮の口から出て来るのは音楽の話ばかり。
今までただ一緒にいることが嬉しくて別段それを気に掛けたことはなかったし、自分が知らなかった音楽の世界を見聞きすることはそれはそれで楽しいことであった。だけど、考えてみればそれってすごく不自然なことじゃ…

――蓮くんって私のことどう思っているんだろう?

考え始めるとすごく気になる。

――でも、今さら「私のことどう思ってますか?」なんて聞けないよね…

それにライバル=\―蓮が何気なく言ったこの一言が香穂子の心の奥底に小さなしこりとなって残った…


《つづく》

 
Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/
 

[あとがき]

2005年5月に完売した初のコルダ本「L 〜elle〜」

からの再録です。この作品のために本のページ数が当初の

予定よりもはるかに多くなってしまったという…幻の名作ならぬ迷作です(笑) この作品を書いたのは『コルダ』…

というか蓮くんにはまりたてのころでもうもう蓮くん作品

が書きたくて書きたくて夢中になって書いたのを覚えてい

ます。

L 〜elle〜」が完売してから結構経つのでその本の中

からどれか作品をサイトに再録しようかと思っていたので

すが、自分で一番気に入っている作品ということでこの作

品を選びました。でも…長いです! この作品はサイトに

収録するにしては半端じゃなく長いです! しかもオフ活

動をしながらのUPになりますので不規則更新となる可能

性大という(汗) そんな感じではありますが、蓮くんファ

ンの方に最後までお付き合いいただけたら、嬉しいです。

 

くんから音楽科内の発表会兼選考会のことを聞いて、心

揺れる香穂子…さてさてこの後どうなるのでしょうか?

次回UPをお楽しみにv

 

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