水 華

 

泥のなかから生えながら、それは清らかな華をもつ。
優雅にたゆたうその華は、朝の光に導かれて花開く。

 

 

〜水華〜



「泰明さん、早く、早くっ」

まだ夜が明け切らないなか、往来に嬉しそうな少女の声が響く。
少女のそのはしゃぎように青年もわずかに口元を緩めて返事を返す。

「そんなに急がなくてもよい」
「だって早くしないと日が昇っちゃう。咲いちゃうよ」

久しぶりに泰明と出かける喜びも手伝って、あかねは笑顔が絶えない。
泰明に視えるあかねの気はいっそう美しくその輝きに目を細める。


『蓮の咲く音が聞きたい』

しばらく仕事で京を離れると伝えに来た泰明にあかねがねだったのがこれである。 忙しくなかなかあかねのもとにこれない泰明だがほんの少しの時間を見つけてはこうしてあかねのもとに来る。それは本当にわずかな、一言二言交わすだけのことであったがあかねには何よりも楽しい、大切な時間だった。
しかし京を離れるとなればそれすらかなわない。
寂しい・・・その思いはあるがわがままは言いたくない。彼の負担にはなりたくない。 でも・・・・寂しい。約束があれば待っていられる。それを楽しみにしていればきっと少しは寂しさも薄まるかもしれないから。だからほんの少しだけのわがままを・・・とあかねがねだったのだ。
帰ってきたら連れて行ってほしいと。
もちろん泰明に否は無く、必ずと約束をした。
あかねは―――泰明もだが―――その約束だけを楽しみにあえない寂しさを、やり過ごしていた。

そして今日、ようやくその約束が果たされた。
あかねのはしゃぎようもうなづけると言うもの。

やがて目的の場所に着くとあかねはほっと息をついた。

「よかった、まだ咲いてない」

あかねがそういって振り返ると、泰明はわずかに苦笑を浮かべた。

「だからあわてずともよいといったのだ」
「だって、うれしいんだもん」

泰明の答えにあかねが満面の笑みで答えた。
あかねはじっとしているのがもったいないとばかりにあっちを見たりこっちを見たりして時間をつぶしていった。

空はだんだんと白みゆく。
泰明はすっとはしゃぐあかねの腕を取った。

「あかね、もうすぐだ」

泰明に促されてあかねも水面に目を向ける。
じっと息を殺してその瞬間を待つ。

パカリ 音と共に、花開く。
まるで産声を上げるかのごとく。
開いたその中央から光が渦巻いて昇っていく。

あかねは驚いて泰明を振り返る。

「泰明さん、いま光が・・・」
「見えたか?蓮は浄化の力を持っている。花開くそのときに天に昇っていく」
「ふーーーん・・・」
泰明の説明に、あかねは再び花へと目を向ける。

パカ・・・・パサリ・・・・パカリ・・・・・

次々と花開く。
あかね達の目の前で次々と光が生まれる。

朝湯気の中、浄化の気が立ち上る。
天空を目指すそれはとても清廉であかねの気と似ている。 その光景にひかれるようにあかねが前に踏み出すと蓮の気はあかねを包み、それから天へと昇った。

それはまるで同じ気を持つあかねをも誘っている様で・・・・。

不意に泰明はあかねの腕をつかんだ。

「行くな」
「えっ・・・?」

泰明はぐっと力を入れてあかねを引き寄せた。
抱きすくめられ、急に様子の変わった泰明にあかねは少しあわてる。

―――天に行くのかと思ったと言ったらお前は怒るだろうな。蓮の気と共に空に還っていくように見えたのだと言ったら・・・―――

しばらくあかねの髪に顔を伏せ泰明はあかねを抱きしめていた。

「・・・水に入るつもりか?」
「えっ・・と、あ、ごめんなさい」

知らす踏み出していたあかねはかなり水際まで出ていて泰明の言葉をそのまま素直に取った。だが謝っても泰明は一向にあかねを離さなかった。

「泰明さーん、もう大丈夫ですから離してください」
「いやだ」
「いやだって・・」

泰明の答えに顔を赤くしてあかねはこまってしまった。どーしようとぐるぐる考えていると泰明がいった。

「目を離すとお前はすぐにどこかに行ってしまう」
「そんなこと、ないですっ」

少しお説教のような泰明の言葉にあかねはぷぅっと膨れて反論した。
もともとじっとしているようなものではなく、外の風や光が似合う、自由が似合う少女なのだ。泰明も光の中にいる彼女が好きだから外に出ること自体に何か言うつもりはない・・・・・・ないが、心配なのだ。あかねは一人で出かけてしまうから。
泰明はあかねの顔をのぞき込む。

「こないだ外に出て屋敷を騒がせていたのは誰だ?」
「うーーー、でも、すぐに泰明さんが見つけるじゃないですか」
「当然だ。お前の気を読み違えるはずがない」

さらりと耳元で言われたその内容に、あかねはますます赤くなっていく。
その言葉はうれしくも恥ずかしくもある。あかねは力を抜いて泰明に身を預けた。

「・・・どこに行っても、必ず泰明さんが来てくれるから、だから・・・」

その声音にあかねは淋しいのだと悟り、泰明の心がちくりと痛む。いや、本当は泰明もわかっている。忙しいとは言えなかなか会うことが出来ない。淋しくないわけがないのだ。
あかねが外に出てしまうときは、長く会えなかったときがほとんどだ。
迎えにきた泰明と屋敷に戻るまでのほんの少しの時間。それがほしいのだ。それでもあかねはいつも笑っていて何も言わない。むしろ忙しい泰明のことを気遣っている。
今回のこのおねだりもすまなそうに言い出した。

「すまない」
「泰明さん?」

突然そうつぶやいた泰明にあかねはキョトンとする。泰明はあかねを離した。

「このあとはどうする?」
「えっと・・・泰明さん、お仕事ですよね?」

泰明の意外な言葉にあかねは驚いて確認した。あかねは泰明が朝だけ付き合ってくれるのだと思っていたから。
蓮の咲く音を聞きたいといったのは、もちろんそれが見たかったのもあるが、朝なら泰明も時間が取れるだろうという思いもあった。

「今日は休みだ」

泰明から出たその言葉をしばらく頭で繰り返し、ようやく飲み込むとあかねは目を見開いた。

「本当?ホントに?」

あかねの念を押すようなそれに泰明がうなずく。と、あかねが泰明に飛びついた。

「あかねっ」
「うれしい!!じゃあ今日はずっと一緒にいられるのね」

はじめは驚いた泰明だが喜びをあらわにはしゃぐあかねに泰明の顔もやさしくなる。

「どうする?」

泰明は再び尋ねる。

「えーーとね、市に行きたいの。それから・・・それから・・・、うん、糺の森に行きましょう。泰明さんも静かな落ち着いたところのほうがいいでしょう?仕事で疲れてるし」

あかねの言葉に驚いて泰明は目を見張る。
自分を気遣ってくれる、その心がうれしい。
しかしあかねは本当にそれでいいのだろうか。
泰明の体調を思うあまり自分の心を殺してしまってはいないだろうか? あかねは優しすぎるから、自分よりも人のことを考えてしまう。

「だめ・・・かな」

なかなか答えない泰明にあかねが少し心配そうにのぞきこんできた。泰明は安心させるように微笑んだ。

「かまわないが・・・お前はそれでいいのか?」

あかねが望むなら泰明はかなえてやりたい。他に何かあればという思いで泰明が聞き返す。

「それがいいの!泰明さんといれるんだもん。二人でゆっくりしたい」

その答えに泰明の心が温かくなる。自分といることを何よりも望んでくれる。泰明もあかねと共にあることが何よりの望み。 泰明はあかねに手を差し伸べた。

「では、行こう」

差し出されたその手に少し恥ずかしそうに手を重ね、あかねはうれしそうにうなずく。

一日はまだ始まったばかり。

 

桂華様『水晶の華』
http://homepage3.nifty.com/suisyoubana/

 

≪桂華様コメント≫

相変わらず忙しい泰明さんと寂しいけど我慢してるあかねちゃんです。

そしてやはりちょっと不安な泰明さん。それでも幸せなお二人・・・・。

何かみょーなものを書いてしまった。

[涙のひと言]

桂華様のサイトでオープン記念としてフリーで配布していたものを

いただいてまいりました。

いつもお仕事で忙しくて、なかなか一緒にいられない…

そんな泰明さんとちょっとでも一緒に過ごしたいと思う

あかねちゃんの気持ち、すごくわかります! そして、

泰明さんの気持ちも。

蓮の花が開くところは思わずその情景が目の前に浮かぶ

ぐらい素敵ですよね。その気に神子が連れて行かれてし

まうのではないかと思って、思わずあかねちゃんを抱き

しめてしまう泰明さん。そして、お互いを気遣いあう二

人…とっても素敵なお話ですね。

桂華様、心温まる素敵な作品をありがとうございました!

 

 

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