Sweet Valentine's Day

 

「安倍く〜ん」

一人の見知らぬ女人が手を振りながら泰明の方へ走り寄って来た。

「何だ?」

泰明は不機嫌そうに振り向いた。

だが、その女の子はそんなことなど全くおかまいなく

「これ、受け取って!」

と小さな包みを差し出した。

「いらぬ。」

そう短く言うと、泰明は踵を返して立ち去ろうとした。すると

「安倍、受け取ってやれよ。かわいそうだぜ。」

なれなれしく泰明の肩にポンと手を乗せる者があった。

見ると、それは世話好きのゼミの先輩である。

「だが、いらぬものはいらぬ。」

さっきの女の子はもう半べそをかいている。

「安倍、女の子が勇気を振り絞ってわざわざ持ってきてくれたんだ。受け取って

 やるのが、礼儀というものだぞ。」

「それが、この世界の流儀なのか?」

「流儀? そんな大げさなもんじゃないが、まあ、そうと言えばそうだな。」

泰明は小さくため息をついた。

「…わかった。」

そう言うと泰明は女の子から包みを受け取った。

女の子の顔がパーッと明るくなった。

「ありがとう、安倍くん!」

そう言うと、女の子はまた駆け去って行った。

 

それを遠巻きに見ていた女の子達がドドッと泰明のもとに駆け寄って来た。

「な…なんだ!?」

そのあまりの勢いに泰明は一歩退いた。

女の子達は次々に大きな包み、小さな包みを泰明に手渡した。

そして、気がついた時には、いつの間にか泰明のもとにはうず高く包みの山が

築かれていた…

 

「まったくうらやましいやつだな。」

隣にいた先輩が大きなため息をつきながら、そう言った。

それを聞いた泰明は

「これが欲しいのか? 欲しくばすべて差し上げるが…」

と真顔で言った。

「いや、いらないよ。人のもんもらったって、こればかりは嬉しくない。

 それは、君がもらったんだから持って帰ってやれよ。」

「そういうものなのか?」

「ああ、そうだ。」

「わかった。」

泰明はそう言うともらった包みをカバンに入れ、入りきらなかった分は手で

抱えて歩いて行った。

 

泰明の背を見つめながら、先輩は

「まったく女どもはどうしてああいうのがいいのかねえ。確かに美形は美形だが、

 俺はどこかピントがずれてる気がするんだがなあ…」

そうつぶやいた。その時である。もうかなり先を歩いていたはずの泰明が急に

クルッと振り向き、

「何か言ったか?」

と問いかけてきた。

「い…いや、別に。何でも…」

「そうか。」

そう言って、泰明は再びクルッと前を向くと、またスタスタと歩いて行った。

その後ろ姿を見送って、先輩[名なし(^。^)]は、フゥーッと大きくため息をついた…

 

安倍泰明、22才。某有名大学史学科の4年生。

学生をやりながら、時折、悪霊祓いのバイトをしているという。

超美形に加えて、少し謎めいたところとそっけない物言いが余計に女の子の心を揺さ

ぶるらしい。

 

泰明と言えば、当然理系…と思うのだが、意外にも彼が選んだのは史学科。

なぜ史学科などというところを選んだのかと言えば、龍神の神子であったあかねが、

京に召喚されてから平安時代の歴史にえらく興味を持ち、ぜひ史学科に進みたいと

ひと言言ったからに他ならない。

同じキャンパスで同じ研究室であかねと学ぶため、泰明はあっさりとこの学科を選んだ

のである。泰明はあかねのことしか頭にないのだから…。

年齢差の分は泰明が大学院に残り、あかねに合わせる予定である。

 

だが、あかねにしてみれば泰明が史学科を選んだことが少々不満であった。

泰明が自分と一緒に学ぶため、自分の希望した学科を選んでくれたのは嬉しいのだが、

“文学部”と言えば、当然女の子達の巣窟である。クラスやゼミの集まりなどで女の子が

接近する機会も多いだろう。

泰明に限っては大丈夫…とは思いながらも、やはり一緒にいない時間は気が気ではない。

だから、学校が終わるとあかねは毎日、泰明のいるキャンパスに向かった。

 

「あかね!」

あかねを見つけて、笑顔でこちらに歩いて来る泰明を見て、あかねは一瞬凍りついた。

そんなあかねを見て、泰明が駆け寄って来た。そして、心配そうに声をかけた。

「どうしたのだ、あかね!? 気が激しく乱れているが…」

あかねは、何とかやっと聞き取れるぐらいのか細い声を発した。

「泰明さん、それ…」

あかねは泰明の膨らんだカバンと紙袋から溢れんばかりの包みの山を見つめている。

「ああ、これか。私はいらぬと言ったのだが、ゼミの先輩が受け取るのが、

 こちらの世界の礼儀だと言ったので、仕方なく受け取って来た。」

泰明はそう説明した。

あかねは大きくため息をついた。

「どうしたのだ? やはり受け取ってはいけなかったのか? それならばすぐ返して来る!」

そう言って、今にも駆け出して行きそうな泰明をあかねは制して、

「いいよ、泰明さん。一度受け取ったものを返すなんて、それこそ礼儀に欠けるよ。

 でも、次からは絶対もらわないでね。」

と力なく言った。

「すまない、あかね。こちらの流儀がよくわからなくて…」

あかねは少し淋しそうに笑った。

「しょうがないよ。少しずつ覚えて行こう。それに、私もその女の子達の気持ち、少しは

 わかるから。」

「気持ち?」

泰明はキョトンとして聞き返した。

「まっ、いいや。仕方ないね。こんなステキな彼氏を持った宿命っていうか…あきらめよう。」

あかねは急に泰明の腕にふわっと包まれた。

「や…泰明さん?」

「あきらめる必要などない。他の誰が何を言ってこようと、私が愛しいと思うのはおまえ

 ひとりだ。おまえしか目に入らぬ。それでは、だめか?」

「だめじゃないよ。すごく嬉しい!!」

泰明はニコッと笑顔を見せると唇を近づけて来た。

「や…泰明さん、こんな人目のあるとこで…どっか他のとこ行こう、ねっ!!」

とあかねは真っ赤になってあわてて泰明の胸を両手で押した。

泰明は残念そうにあかねを離して

「わかった。」

とボソッとつぶやいた。

あかねはホッと息をついた。だが…

「他のところならばいいのだな?」

泰明のことばを聞いてあかねの頬は再び赤くなった。

 

そして、パンパンに膨れたカバンとA3サイズの紙袋を持ち、泰明はあかねとともに

自分の家へと向かった。

 

家に着くと、

「はい、泰明さん。これ。」

と言って、あかねは綺麗にラッピングしてある小さな包みを泰明に手渡した。

泰明がその包みを受け取ると、あかねははにかみながら

「私が作ったんだよ。ちょっといびつになっちゃったけど。」

と言った。

「作った?」

泰明が聞き返した。

「あかねが私のために作ってくれたのか?」

あかねは微笑みながらうなずいた。

「ありがとう、あかね。とても嬉しい。」

泰明は必殺の満面の笑みを浮かべながらそう言った。

泰明は包みを開いた。小さな箱の中にはハート型のかわいいチョコがいっぱい詰まっていた。

「食していいか?」

「うん。泰明さんに食べてもらうために作ったんだもん。」

泰明は大事そうにチョコを一つ摘まむと口に運んだ。

心地よい甘さが口の中いっぱいに広がる。それからあかねのやさしい気も…

「おいしい? 泰明さん。」

あかねが心配そうに聞いた。

「ああ。」

泰明はまた満面の笑みで答えた。

あかねの顔にも笑みが浮かんだ。

 

「だが」

チョコを全部食べ終わると、泰明は言った。

「こんなに女人から包みをいっぱいもらうとは、いったい今日は何の日なのだ?」

あかねはちょっと意外そうな顔で聞き返した。

「泰明さん、バレンタインデー知らないの?」

「ばれんたいんでー?」

「そうだよ。一年で一回、女の子が好きな男の子に告白できる日なんだよ。」

「告白? なぜ見知らぬ者が私に告白などするのだ。理解できぬ。」

「それは、泰明さんがカッコイイからだよ。」

「くだらぬ。私は友雅ではない。」

あかねはくすっと笑った。

「確かに友雅さんならこの世界に来たら大喜びしそう!!」

「友雅などこの世界に連れて来てはならぬ!」

そう言うと、急に泰明はあかねの手を引き、その腕の中に包み込んだ。

泰明に倒れ込む形になったあかねは

「きゃっ」

と小さく声を上げた。

「あかねのそばにいるのは私だけでよい。」

「泰明さん、例え話だよ。」

「例え話でもイヤだ。」

「もう…」

そう言いつつもあかねは嬉しそうに笑った。

 

ややあって、泰明は言った。

「そうだ。そういう意味のものなら、やはりこれは受け取れぬ。青嵐、雄飛、刹羅、夢双!」

「主様、ここに。」

呼びかけに応えてすぐに式神が姿を現した。

「これらすべてを送り主に返してまいれ。」

「えーっ!? これらすべてをですかぁ?」

雄飛が思わず声を上げた。

だが、泰明が一瞥すると

「ぎょ…御意のままに…」

四体の式神は包みをすべて抱えると、たちまちのうちに姿を消した…

 

「いいのかな。何か彼女達がかわいそう…」

「いいのだ。あかねがそばにいてくれさえすればそれでいい。他の女人の告白などいらぬ。」

それを聞いて、あかねは泰明の腕の中で嬉しそうに微笑んだ。

 

「あっ、いけない!!」

あかねが突然声を上げた。

「どうしたのだ、あかね?」

「もうひとつ泰明さんにあげるものがあるの。」

そう言うと、あかねは泰明の腕からすり抜けて、自分のカバンのところへ行った。

そして、ガサゴソなにかを探し始めた。やがて

「あった!!」

と声を上げると、手に何やら小さな包みを持って泰明のところに戻って来た。

「はい、泰明さん。」

そう言うと、その包みを泰明に手渡した。

「これは?」

リボンのかかった小さな小さな包みを受け取った泰明は不思議そうにそれを見た。

「ふふっ、開けてみて。」

あかねは微笑みながらそう言った。

泰明はリボンをほどき、包み紙を開けた。

中から出てきたのは小さな黄色い箱。

表には『菊花』と書かれている。

「あかね、これは?」

あかねは目を輝かせて言った。

「さがしたんだよ〜、これ! なかなか見つからなくって、あちこち聞き回って、

 やっと見つけたの。泰明さん、この香り好きだったから。」

「あかね!」

泰明は再びあかねを強く抱きしめた。

「この世界ではこの香はないと思っていた。私のためにおまえが探してくれたのだな。

 本当に嬉しい!! ありがとう、あかね!!」

「よかった。泰明さんがそんなに喜んでくれて。」

泰明の腕の中で、あかねは微笑みながらそう言った。

 

あかねを見つめていた泰明の目にやさしい光が宿った…

そして、あかねの耳元に唇を寄せると

「香は夜焚くものだ。あのころのようにおまえに焚いてほしい。」

そうささやいた。

「泰明さん、それって!?」

あかねは耳まで真っ赤になって聞き返した。

「今宵はおまえとともに過ごしたい。だめだろうか?」

泰明は不安げな瞳であかねをじっと見つめている。

「だめなわけないじゃない!! 私だってずっと泰明さんのそばにいたいもん!」

あかねは泰明の胸に顔をうずめた。

泰明はまたこぼれるような笑顔を見せた。そして、真顔に戻ると

「あかね、愛している。」

そう言ってあかねの顎に手を添えると唇を寄せた。

あかねはそっと目を閉じた…

 

そして、その夜は菊花の香りに包まれて、幸せな恋人たちは至福の時を過ごしたのである。

 

あの、チョコを返却された女の子たちはどうしたかって?

それはかわいそうな式神さんたちにまかせることとして…

 

今宵は幸せなふたりをそのままに…

Happy Sweet Valentine‘s Day!

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

2002年バレンタインフリー作品として書きました。

現代編でも甘々ラブラブです。

『ギャグって…』以外では、現代バージョン初物で〜す。

涙は現代物って、どうも苦手で…。いかがでしたでしょうか?

ちなみにこの物語の設定は、一応“初お泊り”となっています。

京編にくらべて、こちらは進行が遅いので(o^.^o)

菊花の香は前に一度購入したのですが、あまりに小さな箱なので

「えっ、これ?」って最初びっくりしてしまいました。

だ〜れ? 菊花の香はコーエーの通販で簡単に手に入るなんて

夢のないことを言うのは? あっ、私か(^。^)

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