七 夕

 

「そして、牽牛と織姫の二人は年に一度、七夕の夜だけ会うことを許されたのでした…。

 はい、おしまい♪」

あかねは手作りの本をパタンと閉じると泰明の方を見た。

そして、ギョッとした。そのあかねの目に入って来たものとは…

「わっ!? や…泰明さん、いったいどうしちゃったんですか!?」

泰明は大粒の涙をいっぱい目にためていた。

そして、

「かわいそうだ…」

そう一言言うと、ボロボロ涙を流し始めた。

「えっ?」

「一年に一度しか会えぬなどと…きっと辛いに違いない。」

 

――ああ、この物語のことね。なんだ…

 

今日はあかねが京に残ってから初めての物忌みの日。

龍神の神子である元宮あかねは鬼との戦いがすべて終わった後、泰明の「京に残って

ほしい」という願いを聞いて、この京に留まった。そして、今では泰明の北の方とし

て、泰明の師匠である晴明の屋敷で、泰明と一緒に暮らしている。

京に召還されてすぐのころ、物忌みの日に最初に泰明を呼んだ時、まだあまり親しく

なっていなかった泰明と少しでもコミュニケーションをとろうとあかねは自分の知っ

ている物語を泰明に話して聞かせたのである。そして、これを泰明がえらく気に入っ

てしまって、それ以来、あかねの語りは物忌み時の必修行事となっているのだ。

だから、あかねはこの日のために、泰明が仕事に出掛けていて手が空いている時には

せっせと知っているお話を書き留めて、ネタ本を作っていたのであった…

 

「この話は以前にも聞いたことがある。その時は何とも思わなかったが、こんなに悲

 しい物語だったのだな。」

泰明はまだボロボロ涙を流している。

あかねはそんな様子が微笑ましくて、着物の袂で涙をぬぐってやりながら思った。

 

――ちょっと前まで、この人に感情がないなんてみんなに言われてたんだもんね。

  こんなに感情豊かな人なのに。ふふふっ、ちっちゃな子どもみたい♪

 

そんなあかねの様子に気づいて、少し憮然とした表情で、泰明が言った。

「何を笑っている?」

「だって、泰明さん、かわいいんだもん♪」

「私がかわいい?」

ますます泰明は憮然とした顔になった。

だが、すぐに真顔に戻ると、あかねに聞いた。

「では、あかねは私と会えなくなっても何とも思わないのか?」

「えっ?」

「一年に一度しか会えなくても平気なのか?」

「泰明さん、これ、物語だよ。」

あかねが笑ってそう答えた次の瞬間、あかねはふわっと泰明の腕の中に包まれた。

「私は嫌だ! あかねに一年に一度しか会えなくなるなどと…そんなことはとても耐え

 られない!!」

その言葉を聞いてあかねは苦笑した。

 

――だからぁ、あれは空想のお話なんだけどな。

 

だが、泰明がこんなにも自分を思ってくれている気持ちが何だか嬉しくて、泰明の背中

に手を回すと、安心させるようなやさしい声で言った。

「大丈夫だよ、泰明さん。私はいつでも泰明さんのそばにいるから。」

「本当に?」

泰明は潤んだ目をあかねに向けた。

 

――ホント、こういうところ、純粋っていうか、かわいいんだから。

 

「本当です! 離れてくれって言われたって、私、泰明さんのそばにいるもん!」

「ああ、あかね、嬉しい!! 私も同じ気持ちだ。ずっとおまえのそばにいる!」

そして、二人が見つめあって、今にも口づけしようとした時…

 

「ちゃんと働かないと牽牛のようになってしまうかも知れないよ?」

と言う声が部屋の外から聞こえて来た。

 

「お師匠…」

夕日を背に受けて、軽く笑みを浮かべながら晴明が二人の部屋に入って来た。

「働き者の牽牛は女にうつつをぬかして、仕事をさぼったがために恋人と一年に一度

 しか会えなくなった…」

泰明は真剣な目で晴明を見た。

「そう言えば、おまえは最近夕刻になるとすぐに帰ってしまうね。昔は、毎日遅く

 まで仕事に励んでいたのに…」

それを聞いて、泰明は顔面蒼白になった。

そして、晴明はその泰明にとどめの一言を発したのである。

「もしかすると、そのうちおまえもあかね殿に一年に一度しか会えなくなるかもしれ

 ないね。」

晴明はそう言うと、いたずらっぽい瞳で泰明の方をチラッと見た。

 

「!!」

「泰明さん?」

あかねが声を掛けたが、泰明はもう一つのことしか考えていなかった。

 

――あかねと会えなくなる…

  あかねと会えなくなる…

  あかねと会えなくなるー!!

 

そして、泰明はあかねの両肩にポンと両手を置くと、言った。

「あかね、すまぬ。今から出掛けて来る。」

「えっ? えっ? 泰明さん?」

あかねはびっくりして聞き返した。

 

「お師匠、今から陰陽寮に出仕する。」

「ああ、行っておいで。」

泰明は晴明に一礼すると、大またで、部屋を後にした…

 

「はははっ、泰明は本当に素直な子だねぇ。」

晴明は泰明の出て行った方を見て、笑いながらそう言った。

だが、そんな晴明の後ろで何やら強い気が立ち昇るのを感じた。

 

「せ・い・め・い・さ・ま〜〜〜〜〜〜!!!!!」

晴明が振り向くと、物凄い形相であかねが自分のことを睨んでいる。

「もう晴明さまったら、泰明さんが純粋なのをいいことに〜〜〜

 ひどいじゃないですか〜!! 泰明さん、すっかり信じちゃいましたよ!

 いったいどうしてくれるんです!!」

 

あかねのあまりの剣幕に晴明はちょっと後ずさりしながら言った。

「まあまあ、あかね殿。落ち着いて、落ち着いて…」

「これが落ち着いていられますか〜〜〜!!!」

「まあ、私の話を聞いてくれ。」

「どんな話があるって言うんですか!」

あかねの怒りはまだ収まらない。

「これもみなおまえたちのためなのだよ。」

「へっ?」

あかねはちょっと首を傾げた。

「明後日は何日だい、あかね殿?」

「明後日ですか? 7月7日ですけど…」

「そう7月7日…七夕だ。」

「そうですけど…」

あかねは怪訝そうな顔で晴明の方を見た。

「あかね殿がこの京に来て初めての七夕だ。あやつと一緒に過ごしたいと思わない

 かい?」

「そりゃあそうですけど…」

あかねはまだ疑いの目で見ている。

晴明はコホンと一つ咳払いをすると続けた。

「今日、明日だけ頑張って働いてもらって、明後日にはかわいい泰明に休みをとら

 せてあげようという親心じゃないか… ああ、あかね殿にまで疑われてしまう

 なんて、悲しいね…」

そして、チラッとあかねの反応を見た。案の定、あかねはうるうるした瞳で自分の

ことを見ている。

 

――やったー!!

 

「晴明さま、そこまで私たちのことを考えてくれていたんですね。それなのに

 私ってば… ごめんなさい、晴明さまのことを疑ってしまって!!」

「いいのだよ、あかね殿。わかってくれればそれでいい。さあて、一夜飾りに

 ならないよう今日のうちに笹の用意をしておいた方がいいと思うよ。」

「そうですね。そうします! ありがとうございます、晴明さま。」

明るい顔でそう言うと、あかねは庭に下りて行った。

 

その後姿を見送りながら晴明は思った。

 

――ふふふっ、あかね殿も泰明に負けず劣らず純粋だね。はぁ〜、助かったよ。

  今日、明日中に片付けなければならない面倒な仕事があるのだけれど…

  まあ、泰明なら私の代わりが十分果たせるさ。

  明後日には休みがとれるのだから、それでいいだろう? 泰明、あかね殿…

 

庭に出たあかねはいい笹を探しながら思った。

 

――晴明さまの考えてることなんてお見通しですよ〜だ。きっと自分の仕事を

  泰明さんに押し付けたのね。でも、明後日、泰明さんと一日中ずっと一緒に

  いられるんなら、その方がいいもの♪

  だまされたふりするのもたまにはいいよね!

 

はてさてどちらが一枚上手だったのやら…

その夜と次の日、純粋で真面目な泰明は一人せっせと仕事に励んだのでありました。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

10000HIT御礼作品第三弾であります。やっぱ

り1本ぐらいは泰明作品を連ねたいと思いまして!

この作品は、犬の散歩をしながら、「そういえば明後

日は七夕だね…」と考えていて、ふと思い浮かんだ作

品です。

以前、私が書いた「ピノキオ」という作品で、あかね

ちゃんが泰明さんに物語を聞かせる…というのを書い

たので、その続編みたいな感じで読んでくださるとい

いと思います。

素直で無防備な泰明さんなら物語にもそのまま感情移

入してしまうんじゃないかと思いまして♪

今回のお話では珍しく、あかねちゃんが純粋な神子そ

のものという感じではなく、少々したたかに描かれて

おります。でも、それも泰明さんと一緒に一日休日を

のんびり過ごしたいがため。まあ、かわいいじゃない

ですか。(^^)

この作品は10000HIT御礼として2002年

7月末日までフリーとして配布しておりました。お持

ち帰りくださった神子様方、ありがとうございます。

 

 

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