時空を越える想い

 

「泰明さん、はい♪」

いきなりあかねから大きな花束を渡されて泰明は首を傾げた。

「あかね、いったいこれは何だ?」

それを聞いてあかねはぷぅと頬を膨らませた。

「ほうら、やっぱり忘れてる〜 今日は何日ですか?」

「今日は長月の十日余り四日だが?」

まだ小首を傾げながら淡々とした口調でそう答える泰明にあかねは半ば呆れ顔で言った。

「もう泰明さんたら〜」

あかねは一度盛大にため息をついてから、顔をくっと上げた。

「そう! 今日は9月14日! 泰明さんの誕生日じゃないですか〜!」

あかねにそう言われてやっと泰明は合点したように頷いた。

「ああ、そうか。今日は私が生じた日か。お師匠が私を造った日だな。」

「そんな言い方しないでください。」

あかねは少し抗議するような目で泰明のことを見た。

「どんな生まれ方をしようと誕生日は誕生日です。私にとってはとってもと〜っても大事な日なんですから。だって、この日に泰明さんが生まれて来てくれなかったら泰明さんと逢うことが出来なかったんですもの。」

「そうだな。あかねの言う通りだ。」

あかねの言葉に泰明は笑みを見せた。

「お師匠が私を造ってくださらなければ、私は神子に逢うことが出来なかった。お師匠には感謝している。」

そう言って宙を見上げた泰明の表情がいつもと何やら少し違うように思えて、あかねは少し不安になってたずねた。

「泰明さん、淋しいんですか?」

「なぜそう思う?」

「だって、晴明様と引き離したのは私だから… 私が泰明さんと一緒にいたいってわがまま言って私の世界に泰明さんを連れて来ちゃって…」

そう言ってうつむいたあかねを泰明はふわっと包み込んだ。

「泰明さん!?」

「あかね、間違えてはいけない。私がおまえと一緒にいたいから、自ら進んでおまえの世界へ来たのだ。そばにおまえがいれば淋しくなどない。それに…」

泰明は続けた。

「お師匠もそんな私のことをわかってくれている。」

「そうですね。」

笑って二人を送り出してくれた晴明のことを思い出して、あかねはやっと笑顔をみせた。

そして、泰明のことをまっすぐ見つめると言った。

「これからいっぱいいっぱい幸せになろうね、2人で一緒に…」

「おまえがともにあれば私はいつでも幸せでいられる。」

「うん、私も…」

そう答えてから、あかねはハッとして思い出したように叫んだ。

「あっ…まだ大切なこと言ってなかった!」

「大切なこと?」

「お誕生日おめでとう、泰明さん!」

そう言って、あかねは泰明の頬にChuっと軽くキスをした。

「ありがとう、あかね。」

泰明は満面の笑みで答えた。

「誕生日とはよいものだな。あかね、これからもずっとこうして毎年私の誕生日を祝ってくれるか?」

「もちろん♪」

あかねも満面の笑みを見せた。

泰明はそんなあかねの顎にそっと手を添えると、その桜色の唇に自分の唇を重ねた。

あかねは頬をちょっと赤らめながら静かに目を閉じた。

 

――お師匠、私は今幸せだ。ほかの誰よりも… 比類なきほど… 今心からそう思う…

 

そんな二人を窓から差し込む月明かりがそっと照らしていた。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

「晴明、何をしておるのじゃ? 月見にはまだ少々早かろう?」

月を一人見上げながら杯を傾けていた晴明の耳にバサッバサッという羽音とともにそんな声が聞こえて来た。

突然聞こえた声にも少しも驚くことなく晴明は答えた。

「今日は特別な夜だからな。」

「特別な夜?」

「誕生日を祝っていた。」

「誕生日?」

紅牙沙はますますわけがわからないというように首を傾げた。

「神子殿の世界では生まれた日をお祝いするのだそうだ。素敵な慣わしじゃないか。私もそれに倣っているのだよ。」

「神子?」

そう反芻してから、紅牙沙はポンと手を叩いた。

「そうか、今宵は泰明を造った日か!」

「やっと思い出したか?」

「うんうん、そう言えばあの日もこんな月が出ていたのぅ。」

紅牙沙は月を見上げて目を細めると、部屋の中に飛んで来て、晴明の向かいにドカッと腰を下ろした。

「泰明は今ごろどうしているんじゃろうなぁ?」

「おそらく…」

晴明は酒を一杯あおぐと言った。

「神子殿と共に誕生日を祝っているのではないか?」

「まるで見て来たような口ぶりじゃな。」

紅牙沙はどこからともなく目の前に湧いて出た杯に別段驚くこともなく、そのままそれに酒を注いだ。

「ああ、私には見えるのだよ、二人の幸せな様子が…」

そう言うと晴明は月を見上げた。

その横顔が何やら淋しそうで…

「晴明…」

「ん?」

「泰明を神子と一緒に神子の世界へやったことを後悔しておるのか?」

「いいや。」

晴明は首を左右に振った。

「泰明の幸せが私の幸せだ。泰明は神子殿のおかげでやっと“幸せ”という意味を知ったのだ。私は神子殿に感謝しているのだよ。どの世界にいようと二人が幸せであればそれでよい。」

「晴明!」

そう言うと紅牙沙は晴明のそばに飛んで来て、晴明の首に片手を回しつつ、もう片方の手でその頭をぐしゃっと撫でた。

「何をするのだ!?」

さすがの晴明もこの行為には驚いたらしく抗議するように叫んだ。

紅牙沙はなおも晴明の頭をぐしゃぐしゃと撫で回しながら言った。

「ほんにおぬしはいいやつじゃのぅ〜 わしはいつまでもおぬしのそばにいてやるゆえ、安心するがよい。」

「何もいてくれなくてもよいが?」

「冷たいやつじゃのぅ。まあ、いい。」

そう言うと紅牙沙はやっと晴明を解放した。

「ささ、今日は我らが息子の誕生日だ。朝まで飲み明かそうぞ。」

紅牙沙は空いた晴明の杯に酒を満たした。

晴明は笑ってその杯を手に持つと、紅牙沙の持つ杯に軽くカチャンと自分の杯をぶつけた。

「?」

「乾杯と言うのだそうだよ。神子殿の世界の祝いの挨拶だそうだ。そうだな。たまにはお前と二人で飲み明かすのも悪くない。」

「言ってくれるわ! ははっ…はははははっ」

そうして、二人はほとんど同時に酒をあおった。

 

晴明は再び月を見上げた。

 

――泰明、幸せになりなさい。たとえ違う時空にいようとも私はいつでもおまえたちの幸せを

  祈っている…

 

「晴明?」

紅牙沙が怪訝な顔で晴明を見た。

そんな紅牙沙に晴明はにこっと笑い掛けた。

「ささっ、では今度は私が注いでさしあげよう。」

そう言うと、晴明は紅牙沙の杯を満たし、自分の杯にも酒を注いだ。

 

笑いながら夜通し酒を酌み交わす二人をやさしい月明かりがそっと照らしていた。

 

 

 

 
Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/
 

[あとがき]

泰明さん、お誕生日おめでとうございます!

ということで、久々に書いたお誕生日創作でございます。

急に書きたくなって突発的に書いてみました()

私の中で晴明様はいつでも泰明さんのお父さんですから♪

泰明さんもそれをきちんとわかっていて、どんなに遠く…

たとえ時空を離れていてもちゃんと二人は心のどこかで通

じ合っている…そんなことを感じ取っていただけたら嬉し

いです。

 

それにしても、泰明さんのお誕生日に泰明さん創作をまと

もに上げたのって何年ぶりかな? 来年もちゃんと上げら

れるとよいなv(←来年のことを言うと鬼が笑います・笑)

 

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