悪夢の序章

 

まず、序章だが、これについては我らは預かり知らぬことゆえ、神子、涙自身に語って

もらうこととする。この部分に関してはちっとも楽しい内容ではないゆえ、楽しい旅行

レポートを期待している者は飛ばしていただいても構わない。

だが、その時の涙の気持ちを共有してくださる…というやさしい方はぜひ飛ばさずに読

んでほしい。

  

 

ことの始まりは3月8日金曜日。旅行出発の前日のこと。

もちろん最初は、涙は明日からの旅行のことを考えてとってもウキウキ気分だった…

 

ところが、午前10時を過ぎても未だに新幹線の切符が到着しない。以前参加した

“プレミアムツアー1”も切符が着いたのは前日だったので大丈夫だとは思ったのだが、

その日は午後から出勤だったし、念のため、JTB京都支店の担当者のもとにおうかが

いのFAXを出した。

 

いつもはすぐに返答があるのだが、その日は30分経っても電話がかかってこなかった…

「何かおかしい…」

その時、何となくそう感じていた。

 

30分以上経過して、JTBの担当者の方から電話がかかってきた。そして、待って

ましたとばかりに涙は電話に出た。当然向こうの返答は「すでに発送しておりますの

で、夕方ぐらいには着くと思います。」そのようなものとばかり思っていたのだが…

実際に担当者の口から出たのは思いもかけない言葉だった。

 

「神凪様(仮名)はキャンセルされておりますよ?」

「はぁ〜?」

耳を疑い、思わず涙は聞き返した。

「私はキャンセル何かしていません!」

「いいえ、キャンセルになっています。」

「旅行代金の方も3月4日の日にちゃんと全額振り込んだはずですが。」

「しかし、お連れ様からキャンセルのお電話をいただいておりますので。」

「いつですか?」

「3月1日の日に確かにキャンセルのお電話をいただいております。」

「でも、おかしいじゃないですか。3月1日の日にキャンセルの連絡があって、それ

 より後の4日の日にお金が振り込まれているなんて…変だと思わなかったんですか?」

「しかし、キャンセルの連絡をもらっていますから。」

「でも、お金の振り込みも書類の送付もすべて代表者になっているのに何でその時点で

 代表者の方に確認の連絡をしなかったんですか?」

「しかし、代表者の方が都合が悪い時、代理の方から連絡いただくこともありますので…」

「でも、お金が振り込まれた時点でおかしいと思い、確認の連絡をしてくださっても

 いいじゃないですか?」

「お金が振り込まれてキャンセルということもよくありますので…」

「へぇ〜、先にキャンセルして、後からお金を振り込むなんてことがよくあるんですか?」

「・・・それはありませんね。」

「でも、これはそういうケースじゃないですか。おかしいと思わなかったんですか?」

「しかし、そちらがキャンセルしたのですから…」

「困ります! すべて準備してしまいましたし、いろんな人にも伝えて会う約束とかも

 しておりますし、何とかしてください。」

 

と押し問答をした末に…

 

「・・・わかりました。それでは、元の通り手配いたします。」

「じゃあ、ツアーに参加できるのですね?」

「その代わり往きの切符を送ることはもうできませんので、往きだけ自分たちで来て

 ください。いただいた乗車料金の半額はお返しいたしますので。」

「これから私も仕事ですし、東京のJTBさんに連絡して、何とか家に切符を届けて

 もらうこととかはできないのですか?」

「いいえ、できません。そちらがキャンセルしたのですから。」

「その場合、差額は出していただけるのですか?」

「あくまでもそちらがキャンセルしたんですから、差額は出せません!」

「そうですか。それでは仕方ないですね。でも、本当にすべて元通りにしていただける

 のですか? 前日宿泊もコースとかバスの号車とかもすべてですね。」

「もちろん、前日宿泊もです。でも、バスの方は…」

「もう友人にすべて連絡してありますし、みんなネットを通しての知り合いですから、

 前日となった今から連絡を取ることもできませんし、A−2でないと困るんです!」

「・・・わかりました。それでは、そのようにします。コースもバスもすべて元の通り

 にします。」

「本当ですね。」

「はい。でも、あくまでもそちらがキャンセルしたんですからね。」

 

そこまでまとまった時、ずっとそばでやきもきして聞いていた母が

「貸して!」

と言って、電話を変わり、しこたま文句を叩きつけた。

母の言によると母に変わった途端、向こうはとても驚いて、姿勢低く謝り続け、

例の“そちらがキャンセルしたから”と言うのを一度も言わなかったそうである。

 

そうこうして合計40分近くの電話の末、ようやく電話を切った。

涙はあわててふるえる手で、要点だけ同行者のミズキの携帯にメールした。

だが、その時点で、家を出なければならない時間まで残り10分弱!

今までにないほどの高速で何とか支度をすると会社へと向かった…

 

ミズキとは休み時間がずれて、連絡が取れない。

ああ、こういう時には泰明のような冷静さがほしい!

何とかいつも通りに仕事をしているつもりだが、やはり仕事をやっている間もツアー

のことが気にかかり、いつものように集中して行うことができない。

でも、それを回りに全く気取らすことはなかったらしいので、“涙ちゃん立派”と

自分で自分を誉めてあげたい…

 

ミズキとようやく連絡がついたのは午後の5時40分ぐらいのこと…

 

その電話でやっと涙はこの事態に至ったすべての原因を理解する。

そして、その事実を簡潔にまとめあげるとまたJTBにFAXした。

 

その原因とはつまりこういうことである。

多くの神子たちがしていることだが、今回のツアーは抽選ということで、念のため

涙もミズキも別々に葉書を出していた。代表者名が違うので、大丈夫と思っていたが、

どうやらJTBさんはそこまでお見通しのようで、一団体の扱いにしたようである。

そこまでは、よくあることである。だが、その先がちょっと違っていた。

 

すべての始まりはJTBさんが“代表者一人”に出すはずの葉書を、どういうわけだか

誤って、私とミズキの両方ともに出してしまったことである。本来なら同行者の方には

“代表者に通知を送った”という内容の葉書が届くはずだったのだそうだが…。

 

そして、私の方に一日早く着いた。そして私は当然その旨をすぐにミズキに連絡した。

翌日、ミズキは自分が代表者になっている葉書を受け取った。そこには当然、“もし

キャンセルする場合は3月1日までに連絡すること”と書いてあった。私のところにも

葉書が届いて、そして自分のところにも葉書が届いて、期日までに連絡しないと二重に

お金を取られるのではないかと考えたミズキはもう日にちがないこともあり、すぐに

JTBに“自分が代表者になっている葉書の分”のキャンセルの連絡をした。

 

その際、私(涙)の分も間違ってキャンセルされてしまうことを恐れ、(実際には残念

ながらその通りになってしまったのだが…)“私が代表者になっている分の方は”と

何回も念を押したそうである。

ところが、まずいことに向こうの台帳には涙が代表者になっている分しか載っていな

かった。だから、ミズキの努力も全く通じず、JTBは涙が代表者になっている分を

何の疑いもなくキャンセル扱いにしてしまったのである。

 

そして、さらに悪いことは重なるもので、これに関しては私は直接、電話では聞いて

おらず、母にのみ言ったそうだが、JTBはその出発前日のあの時点で、お金の振り

込みに関してはまったくチェックしていなかったのだそうである。お金を管理してい

る部門は別にあり、そこから入金状況をまったく聞いていないとのことだった。

それでは、キャンセルした後でお金が振り込まれていることを不信に思うわけがない。

お金が振り込まれていることを担当者は知らなかったのだから。

 

そのようなことをすべて理路整然とまとめたFAXを受け取ったJTBの担当者から

夜、電話があり、結局往きの新幹線代の差額も返してくれることになった。

そして、最後には私も担当者の方も旅行に今日のもやもやを持ち越さないようにと完

全に和解して、楽しい旅行にすることを約束しあい、電話を切った…

そこで、やっと一安心。

仕事がやっと終わったミズキから再度電話があり、ことの次第をすべて話し、翌日の

約束を取り付けた。

 

そして、サイトのカキコの返信と留守用のBBS画像をUPして、その後、この交渉の

ために遅れに遅れた荷造りをあわててやり始めた。

カメラを旅行鞄に入れようとして、ふと液晶表示に目をやると、何と電池が切れかかっ

ているではないか!! カメラの電池などめったに切れるものではないのに。こんな時

になぜ? 本当に悪いことは続く。

そして、夜中に電池を買いに近くのコンビニに走る。ちょうどカメラに合う電池を見つ

けてホッとして、それを買って帰った。

すべての準備が終わって、やっと床に着いたのは夜の2時半ごろ。精神的疲れと肉体的

疲れでぼろぼろの状態。

 

「本当に大丈夫何だろうか…」

一抹の不安を胸に残したまま涙は短い眠りについた…

 

 

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