綴る言の葉

 

綴りたい言葉など、何一つ見つからない――

物忌みを明日に控えて、あかねは手にした浅葱色の紙をじっと見つめた。
筆をとっては置き、またとる。それを幾度か繰り返し再び筆を置いてぽつりと呟いた。
「全然わからないよ・・・」

物忌みの朝――

「あー、くそっ!」
頼久と対峙した天真は、何度目かの打ち込みを軽々と弾かれて苛立たしげに呟いた。
高い位置から、あるいは低い位置からの攻撃。そのどれもを隙のない所作でかわしていく。
ずいぶんと息のあがっている天真に比べて、頼久は表情すらほとんど変えない。まだ及ばない実力の違いを改めて気づかされる。
けれど、苛立っているのはそのためばかりではない。
今日はあかねの物忌みのはずだ。
この世界に来て以来、物忌みの日に傍にいたのは自分だ。けれど、その度に届いていた文が昨日は届かなかった。
何かあかねに避けられるようなことをしただろうか。それとも――
(他のヤツを呼んだのか?)
途端、焦燥感が押し寄せる。そしてそう考えたほんの一瞬、集中力が大きく途絶えた。
「っ!!」
頼久の攻撃をかわせなかった天真の腕に、くっきりと跡が残る。そう時間をおかずに痣になるだろう。
常と異なる天真の様子に、頼久は剣を下げ口を開いた。
「何かあったのか?」
「何もねぇよ」
答えたものの、理由もなく苛立つはずがないと頼久はわかっているだろう。
無言のまま次の言葉を待つ頼久の様子に、天真はひとつ息をつくとその場に腰をおろした。
「・・・あかねの傍に、自分以外のヤツがいると思うと落ち着かねぇんだよ」
子供じみた、ただの嫉妬であることは十分に自覚している。決まりの悪さに、天真は眉をしかめたまま言葉を続ける。
「龍神の神子ってだけじゃない、あいつ自身を守ってやりたい。絶対誰にも傷つけさせたりしない」
『八葉』としての自覚には欠けているのかもしれない。それでもこの想いだけは変わるはずもない事実だから。
頼久もそれを指摘するだろうか。けれど、彼は何を言うでもなくただ黙ったまま耳を傾ける。
出会ったばかりのころならば、何を考えているのかわからないとその態度を責めたことだろう。
けれど今は違う。頼久が自分の行動を信頼してくれているのだとわかっているから。
「だから、つまり・・・」
更に先を続けようとした天真の言葉を、一つの声が遮る。
「天真くん!怪我してるの!?」
突然現れたあかねに驚き、天真は勢いよく立ち上がった。
「なっ、おまえ今の話・・・」
今の話を聞かれたのだろうか。焦る天真に、あかねはきょとんと首を傾げる。
その様子からすれば、幸い聞かれていなかったようだ。
(ホントにいいのかはわかんねぇけどな)
複雑な心境で天真は大きく息を吐き出した。
「うわ〜、痛そうだよ」
まるで自分自身が怪我したかのようなあかねの表情に天真は笑みをこぼした。
「おまえがそんな顔してどうすんだよ」
「それはそうなんだけど。でもちゃんと手当てした方がいいと思うよ」
あかねの言葉に頼久が軽く頭を下げながら口を開く。
「神子殿、藤姫様に薬をいただいてまいりますので」
「ありがとうございます頼久さん。じゃあ、お願いできますか」
けれど、二人の言葉に当の天真は、軽く手を振って答える。
「このくらい平気だっての。頼久、さっさと続きをやろうぜ。今日こそ一本とって・・・」
天真は言いながら、すでに歩き出していた頼久を引き止める。
今にもその場を離れていきそうな天真の様子に、あかねは慌てて口を開いた。
「だめだよ!そ、それに今日は物忌みだから傍にいてほしいから!」
天真を引きとめようととっさに言ったその言葉に、あかねははっとして顔を赤くする。
「わわっ、違うよ!あ、違わなくて!えっと・・・」
文ではなく直接。しかも大声で告げたそれは偽りない本心であるから。はっきりと肯定することも、ましてや否定することもできない。
天真もつられるように顔を赤くして、わずかの間言葉を失う。
二人のその様子に、頼久は微かに口元をほころばせて告げる。
「では、天真と先に部屋へお戻りください。後ほどお届けします」

天真は部屋へは行かずにすぐ傍の階へと腰を下ろし、あかねもその隣にすとんと座り込んだ。
そのままじっと天真の様子を窺っていたあかねがやがて口を開く。
「天真くん、ホントに大丈夫?」
あかねの座る位置からは天真の怪我をした腕は見えない。その腕を覗き込むようにしながら尋ねる。
「たいしたことねぇよ」
答えて天真はあかねの頭を軽く叩く。その叩かれた頭を押さえながらあかねは満面の笑みを見せた。
「良かった」
「・・・」
心底安堵していることがわかるその笑みに、天真は息を吐き出す。
(無意識ってのが、タチ悪ぃよな・・・)
無防備な表情を自分以外の人間の前でも見せているのかもしれない。そう思うと気が気ではない。
「でもどうして怪我したの?」
「っ・・・」
何気ないあかねの問いに答えられず天真は言葉を失う。本当の理由など言えるはずもない。視線を逸らしたまま呟くように口を開く。
「あー・・・何でもねぇよ」
納得したのかしないのか。軽く首を傾げるあかねに、今度は逆に天真が問い掛ける。
「それより、今日は物忌みだろ?何で誰もいないんだよ」
ここからでも、あかねの部屋の様子を窺うことはできる。そして今、部屋に人の気配は感じられない。
「それは・・・えっと・・・」
自分以外の男を頼ったわけではないという安堵感と、それでも自分が呼ばれなかったことに対する焦りと。
二つの感情の入り混じった複雑な心境のままの問い。
自嘲気味に小さく笑みをこぼして、天真は話を逸らすために口を開いた。
「どうせ、文を出し忘れたとかだろ?」
けれど、天真のその言葉をあかねは勢いよく首をふって否定する。
「違うよ!」
驚く天真の様子に気づかず、あかねは先を続けた。
「あのね、いくら書いても全然違うんだよ」
「違う?」
聞き返す天真に頷いたあかねは俯き、手を伸ばす。伸ばしたその手が天真の衣の裾をぎゅっと握り締める。
「天真くんはいつも傍にいてくれて。私もがんばろうって思わせてくれる」
気が付けば傍にいて背中を押してくれる。前へ向かう勇気を与えてくれる。自分の弱さに負けそうな心を守ってくれる。
「ずっと一緒にがんばりたいって思うのに・・・落ち着かないの」
自分自身ですらつかみきれない、まだ咲き初めの淡い感情。
「でも、一緒にいないのも落ち着かなくて」
物忌みの朝、いるはずの場所に天真がいない。些細なことのはずなのに大きすぎる喪失感。
「だからね、言いたいことたくさんあるのに全然うまくいえなくて。言いたい言葉にならなくて」
傍にいてもいなくても、鮮やかにその姿を思い浮かべることは出来るのに。
ここにある気持ちは手にとることも、うまく言葉にすることすらできなくて。
あかねは、衣をつかんだ手に力をこめる。
「・・・」
天真は微笑みあかねの頭を指先で軽く叩く。髪の先に触れるようにそっと。
「いいんだよ、おまえはそのままで。前向いて笑ってろよ」
その笑顔を守るのは他の誰でもない。自分だけだと思うから。
きっと焦る必要などない。
(ああ、そうだな)
自分のできること、やるべきこと。少しずつでも踏み出す一歩が自分の目指す道へとつながっているのだと思える。
大切に思ってくれていること、そしてそこに確かに自分と同じ気持ちがあること。それだけで今は十分だから。
例え言葉にできなくても、伝わるものもあるのだと教えてくれる。
「ほら」
天真は立ち上がり、手を差し出す。
「?」
「どうせ部屋の中でじっとなんてしてらんねぇだろ。庭の散歩くらいならつきあってやるよ」
「うん」
あかねは、うれしそうに笑みをごぼして天真の手をとった。
こうして歩いていく未来が、明るいものであることを確かに感じながら。

 

SAK様『Aerial beings』

http://aerial-beings.raindrop.jp/

[涙のひと言]

SAK様が20000HIT記念創作として期間限定

でフリー配布していらしゃったものを頂戴してまいり

ました。

私も前に「逆さのてるてる坊主」という作品で、物忌

みの日に一緒にいれなくて落ち込む泰明さんというの

を書きましたが、同じようなシチュエーションでも人

によって随分違いますね(笑) 天真くんったら、何て

わかりやすい! 頼久さんもちゃんと天真くんのこと

を理解していて…ほんといいですね、こういう関係♪

自分の気持ちに気づき始めて、一緒にいることが嬉し

いんだけど、落ち着かないあかねちゃんも実に初々し

くてかわいいです。例え言葉に出来なくてもそっと伝

わるものがある…くぅ〜、青春ですね!p(≧▽≦)q

この二人には熱くボッと一瞬で燃え上がる恋よりも、

二人でゆっくりと育んでゆくこのような恋の方が似合

うと思います。

SAK様、素敵なお話をどうもありがとうございまし

た!

 

SAK様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

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