泰継さんの誕生日♪(1)  準備編

 

本当のサブタイトル(長すぎて上に載せられなかったの…)

準備編または幸鷹の受難とも言う…

「ゆっきたかさ〜んvv」

いつもにも増して明るい花梨の声を聞いて、幸鷹は思わずため息をついた。

花梨がこんなテンションで自分のところに訪ねて来るのは決まってとんでもないお願い

をする時だから…

幸鷹が自分と同じ世界から来たと知って、しかも物理学の天才だったということまで聞

いてからというもの、花梨は何かあるとすぐに幸鷹のところに「これ作って!」だの

「あれ作って〜♪」だの無理難題を頼みに来るようになった。今では泰継を選んで、彼

と一緒に暮らしているとは言え、花梨に密かな思いを抱いていた幸鷹である。惚れた弱

みでついついそのわがままを聞いてあげてしまうのだった。

でも、いつもいつも聞いてばかりいられない。今日こそはきっぱり断ってやる!と思っ

ていた幸鷹だったのだが…

 

「幸鷹さん、実はお願いがあるんです。」

花梨は案の定、目を輝かせて、幸鷹に言った。

 

――ほら来た! ここはやはり先にきっぱりと…

 

そして、幸鷹は少し強い語調で花梨に言った。

「ダメですよ。また、とんでもないことをおっしゃるのでしょう、あなたは…」

「え〜〜〜っ、ダメなんですか〜?」

花梨は必要以上にガッカリした声を上げた。そして、

「話も聞いてくれないんですか〜?」

とうるうるした瞳で幸鷹に訴えた。

「うっ…」

幸鷹がこのうるうる攻撃に耐えられるはずはない。

「は…話だけなら…」

幸鷹はプイと横を向いてそう答えた。

ここまで来れば、勝負の行方はもう目に見えている。

「私、泰継さんのお誕生日お祝いをしたいんです!」

花梨は今までうるうるしていたとは思えないほど明るい声で幸鷹に言った。

「誕生日の? それはいいことだと思いますが、確か泰継殿の誕生日は秋ではありませ

 んでしたか?」

まだ陽気もようやく暖かくなり始めたころのことである。いくらなんでもピントがずれ

すぎている。

「でも、無事思い通りのパーティーを実現するには、早いうちからいろいろやっておか

 ないと!!」

花梨は「うん!」と決心したように頷いた。

幸鷹はこの時さらに嫌な予感がした。

「私、バースディ・ケーキを作りたいんです!」

「ケーキですか? でも、こちらの世界には道具や材料が…」

「そこでです! 幸鷹さん、ズバリその道具を作ってくれませんか?」

「はっ〜?」

幸鷹は目をぱちくりさせて言った。

「材料はもう彰紋くんが用意してくれることになってるんです。さすが東宮様! 大方

 の材料を揃えてくれることになってるんですよ。日本で手に入らないものは翡翠さん

 があるルートから手に入れてくれると言うし♪ さすが、海賊ですよね! 国際的!!

 でも、ケーキ作りの道具となると…幸鷹さんしか頼める人がいないんです!!」

幸鷹は一瞬目の前がクラッとした。

「ですが、いつも申しておりますようにあの世界の文明をこちらの世界に持ち込むとい

 うことはですね…」

いつものように幸鷹が言い出した。

「大丈夫です!! 庵の中でしか使いませんから! あんな山奥の庵誰も訪ねて来やし

 ませんよ。それにもし変な人が来そうになったら泰継さんに結界を張ってもらえばい

 いし…だから…ねっ? ねっ? 幸鷹さん!」

そう言って花梨は両手を組み、お願いポーズを取った後、最上級のお願いのうるうるし

た瞳で幸鷹をジッと見つめた。

幸鷹は一つため息をついた。

「…わかりました。で、何を作ればいいんですか?」

幸鷹が観念したように言った。

「じゃあ、いいんですね!? ありがとうございます、幸鷹さん!!」

そう言って花梨は幸鷹に抱きついた。

「か…花梨さん。(///)」

「あっ、ごめんなさい。ついつい嬉しくて♪」

 

――こ…こんなところを泰継殿に見られたら、殺される!!

 

幸鷹は思わず辺りを見回した。だが、泰継自身もその式神らしきものも見当たらないの

で、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「で、具体的には何を作ってほしいんですか?」

「ぜ〜んぶです!!」

「全部と言いますと?」

「幸鷹さん…」

「はい?」

「私…ケーキって一人で作ったことがないんで、どんなものがいるかわからないんです。」

花梨が少し沈んだ声で言った。

「作り方がわからなくて作ろうとしているんですか?」

幸鷹がびっくりして、そう言った。

「あっ、ママの作るのを手伝ったことはあるんですよ。材料の買い出しに行ったことは

 何度もあるからどんな材料が必要かもわかるし。」

「では、道具の方もわかるのではないですか?」

幸鷹はそう聞き返した。

「でも、手伝ったのって小学校の低学年のころ一度きりだし、よく覚えていないんだよ

 ね〜」

花梨は呑気にそう答えた。

「・・・わかりました。では、こちらで必要なものを用意します。ですが、本当に大丈

 夫なんですか?」

「何が?」

「材料と道具が揃っても自力で作れるのですか?」

「ああ、そのこと?」

花梨は明るくくったくない笑い声を立てると言った。

「幸鷹さん、教えてくれるでしょ?」

「は〜っ!?」

「だって、幸鷹さん、外国暮らしも長かったし、お菓子の一つや二つ作ったことがある

 んじゃないですか?」

ニコニコしながら花梨が言った。

「そ…そりゃあ、ゼミのパーティーとかで、一緒に作ったこともありますけれど…」

「心強いな〜 よろしくね♪」

そう言って、花梨は可愛く微笑んだ。

「あっ…あの、花梨さん?」

「あ〜っ、泰継さんがもうすぐ帰って来る。帰らなくっちゃ!!」

花梨はそう言うとそそくさと立ち上がった。

「じゃあ、幸鷹さん。そういうことでよろしく〜」

そして、足早に帰ろうとした花梨は振り返って

「くれぐれも泰継さんにバレないようにね〜」

とひと言つけ足すと、また駆け出して行った…

 

そして、9月の初旬、花梨のもとには立派なオーブン代わりの石窯を始め、取手付の

泡立て器や軽量スプーンまで必要な道具すべてがしっかりと届けられたのである。

もちろんそれに詳細なレシピの書付が添えられていたことは言うまでもない。

 

それにはこんな文が添えられていた。

 

  私はまだ命が惜しいので、そちらまで教えに行くことはできません。

  図解して書いておきましたので、このメモを見ればおそらく一人でも作れるかと

  思います。

  先日、あなたにこれを依頼された後、なぜか一週間ばかり原因不明の高熱で寝込み

  ましたので…

  いえ、偶然とは思うのですが、念のため

 

安倍家から依頼された仕事から帰って来た泰継は不思議な形状の石釜を見て

「これは何だ?」

と花梨に聞いた。

他の細々とした道具は棚とかにしまうことができたのだが、これだけはさすがにしまう

ことが出来なかったのである。

「これはね、私たちの世界のオーブン…を模したものです。これで鳥とかを焼くととっ

 てもおいしくできるんですよ。」 

「おーぶん?」

「泰継さんにおいしい料理を作ってあげようと思ってvv」

花梨はそう言って、ニコッと泰継に笑いかけた。

いつもならこれで泰継が微笑み返してくれるのに今日は憮然とした表情をしている。

花梨は気になってたずねた。

「どうしたんですか、泰継さん?」

「この道具からは幸鷹の気を感じる。また、あいつに会ったのか?」

「えっ? だって、こういうの幸鷹さんに作ってもらうのが一番いいし…」

「何度言えばわかる!」

そう言うと泰継は花梨を思いっきり抱きしめた。

「私は今のままで十分なのだ。おまえさえいてくれれば、それでいい。おまえの世界の

 便利な道具などいらぬ。だから、あいつに会うな!」

花梨はクスッと笑いながら言った。

「泰継さん、それ、ヤキモチ?」

「・・・そうかも知れぬ。」

「大丈夫だよ、私の心は100パーセント泰継さんのものだから!」

「ひゃ…ひゃくぱー…」

「ぜ〜んぶっていうこと!」

花梨はそう言うと、泰継の唇に自分から口付けた。

泰継はやっと少し笑みをもらすとさらに花梨を強く抱きしめ、二人は長い長い口付けを

交わした。口付けにうっとりしていた花梨は泰継が自分の着物に手を入れて何かをスッ

と飛ばしたのには気がつかなかったけどね。

 

それからしばらくの間、幸鷹がまた原因不明の高熱で生死の境をさまよっていたという

のを花梨が聞いたのは、泰継の誕生日がとっくに過ぎ去った後だったということである。

 

「今度こそ絶対何があっても花梨さんの頼みは聞かないぞ〜〜〜」

病床の中で、今まで以上に堅く心に誓う幸鷹であったそうな。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

あとがき]

「泰継さんの誕生日♪」というタイトルにもかかわら

ず、泰継さん自身はほとんど出てきませんでしたね。

今回はサブタイトルにもあるように幸鷹さんにちょっ

と気の毒な役どころを演じてもらっちゃいました。  

でも、花梨ちゃんにかわいくお願いされたら、また決

心がゆらいじゃうんでしょうね。かわいそうな人!!

私自身はデコレーションケーキなど作ったことは一切

ありません。というか、今では少しは食べられるよう

になったんですが、生クリームが全く駄目だったんで

生クリームだらけのショートケーキなど、見るのも嫌

だったんですから(笑) だから材料や道具の詳細は

適当にごまかしてしまいました。はははっ  

この作品はWやっすーBirthday企画として2002

9月末日までフリーとして配布しておりました。お持

ち帰りくださった神子様方、ありがとうございます。

 

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