泰継さんの誕生日♪(2) 当日編

 

泰継は庵の前の切り株に腰掛けて、ぼんやりと北山の木々を眺めていた。

ここに腰を下ろしてからどれぐらい時が経っただろうか?

今日は泰継の誕生日

いそいそと花梨と一緒に庵まで帰って来たところまではよかったが…

誕生日祝いの準備をするから外で待っていてくれと花梨に扉の外に押し出されてから

もうかなりの時間が経過したような気がする。

泰継にしてみれば、祝いの宴などどうでもよかった。

そんなことよりも一秒たりとも花梨と一緒に過ごせない時間の方が泰継にとっては

大問題であった。扉一枚隔てているだけだが、その向こうに花梨がいるのにそばに

いけないとは…

だが、当の花梨がそれを望むのだから、不本意ではあるが、従うしかあるまい。

「はぁ〜〜〜〜〜」

泰継は長いため息をついた…

 

やがて、一時ほどたったころであろうか…

「泰継さ〜ん、お待たせ〜vv 準備出来たよ〜♪」

と扉の向こうから花梨の明るい声がした。

「ああ、今行く!」

泰継は嬉々としてそう答えると、立ち上がり、庵の戸を開けた。

すると…

パンパーンというすさまじい音が鳴り響き、何かが頭の上に降って来た。

 

――な…なんだ!?

 

頭の上のそれを手に取ってよくよく見ると、紙で出来た色とりどりの紐のような

ものであった。

「花梨、これは?」

泰継は冷静に聞いた。

「な〜んだ、もっと驚いてくれるかと思ったんだけどな〜」

花梨がちょっと残念そうに言った。

「これはクラッカーと言うんですよ。私たちの世界でお祝いをする時に使う道具なん

 です。」

「これも幸鷹に作ってもらったのか?」

泰継は無意識に着物の中にサッと手を入れると、少し不機嫌そうに聞いた。

「はい♪ あっ、でも、泰継さんのお誕生日用にと大分前に頼んどいたんですよ。」

花梨はあわててつけ足した。

「泰継さんに言われてから一度も幸鷹さんに会っていませんから。」

「そうか、ならばよい。」

泰継は取り出しかけた呪符をしまうと、にっこり微笑んだ。

「はぁ〜」

花梨はそれを見て、安堵のため息をついた。そして、

「それよりも…泰継さん、こっちこっち」

と花梨は泰継の袖を引っ張って、泰継を庵の中央付近に置かれた机の前に連れて来た。

先ほどは急に頭の上に降って来た紐が気になって、目に入らなかったのだが、机の上

には何やら置いてあるようだ。すぐそばまで来て、初めてそれを目にした泰継は…

「!?」

・・・しばし絶句した。

「ふふっ、今度は驚いてくれたみたいですね。」

花梨がその泰継の様子を見て嬉しそうに言った。

「こ…これは何なのだ!?」

「これがバースディ・ケーキです。」

「これがおまえの言っていた…」

「そうですよ。バースディ・ケーキ! 私が腕によりをかけて作ったんですよ。」

「…だが、このろうそくは??」

その上には所狭しと色とりどりのロウソクが無数に立てられていた。しかもその上には

ご丁寧に1本1本火が灯してある。

「ああ、これですね。言いませんでしたっけ? 私たちの世界では、ケーキの上に

 年の数だけロウソクを立ててお祝いする習慣があるんですよ。泰継さんは今年で

 91歳だから、ジャスト91本! よく1本で何歳とかって略してしまう人も

 いるんですけど、私はそういうのは嫌いだし…

 いや〜っ、立てるのも火を点けるのもたいへんだった〜」

花梨は額の汗を拭いながらそう言った。

「そ…そうなのか!? おまえの世界の習慣…」

泰継は珍しくまだ少し目をぱちくりしながらそう言った。

「そして、お誕生日の歌を歌って、目をつぶってお願い事をしてから、泰継さんが一息で

 このロウソクの火を吹き消すんです。」

「私が?」

「ええ、そうです。」

花梨はニコニコしながらそう言った。

泰継はジッとゆらゆら目の前で揺れるロウソク群を見た。

 

――これだけのろうそくの火を私に一息で吹き消せというのか!?

 

ジッとロウソクを見つめている泰継をしり目に花梨はどんどん自分のプログラムを進めて

行った。

「じゃあ、お祝いの歌を歌いますね。」

花梨はそう言うと“Happy Birthday”の歌を綺麗な透き通る声で歌い始めた。

いつもなら花梨の歌に聴き入る泰継だが、今日はさすがに目の前のロウソク群が気になっ

てしょうがない。

 

――だが、確か花梨はこれを吹き消す前に“お願い”を唱えると言った。きっとこの行事

  は花梨の世界の重大な呪いに違いない。ならば…やるしかなかろう…

 

泰継は腹を決めた。

そして、ちょうど泰継がそう決心した時、花梨の歌が終わって、花梨がパチパチパチと

拍手した。その音に泰継はハッとして、花梨を見た。

「じゃあ、泰継さん、心の中でお願いを唱えて、ロウソクの火を消してください。」

花梨は明るい笑顔でそう言った。

「・・・・・わかった。」

泰継は素直に目をつぶると心の中で願った。

 

――花梨がずっと私とともにいてくれるように

 

そして、さらにつけ足した。

 

――このろうそくの火を一息で吹き消して、花梨の教えてくれた呪いが成就できるように!

 

そして、おもむろに目を開けると、ジッと目の前に並ぶロウソクの火を見つめた。

泰継は思いっきり息を吸い込んだ。そして、スウ〜ッと少しずつ息を吹きかけて、ロウソ

クの火を1本1本消し始めた。律儀な泰継にはまとめて吹き消す…という考えは全く思い

浮かばなかったのだろう。ちゃんと端から1本1本消して行ったのである。

最初のうちはよかったが、60本目ぐらいになるとさすがに少し苦しくなって来た。

それでも泰継は吹き続けた。

「あと少しだよ! 頑張って、泰継さん!!」

花梨はそんな泰継を無邪気に応援した。

 

――花梨が望むのなら頑張るしか…

 

泰継は頑張って息を吹き続けた。70本、80本…と少しずつ消えたロウソクの数も増え

て行った。

「すごい! すごい! 本当にあと少し!!」

花梨は興奮したようにそう言った。

 

その声を聞いて、泰継は顔を赤くしながらも最後の力を振り絞って、息を吹き続けた。

きっと人になる前の泰継ならば、91本のロウソクぐらい、難なく吹き消せたのだろう。

だが、人になってもう9ヶ月以上…いくら他の者よりは強靭とはいえ、やはり人間として

の肺活量しか持ち合わせていない泰継にはこれが地獄の苦しみに感じた。

だが、花梨の期待を裏切るわけには行かない。

86本、87本…消えたロウソクの数は増えて行く。

そして、88本、89本、90本…

「あと1本だよ、泰継さん! 頑張って〜〜〜」

花梨の声援はピークに達した。

 

そして…もう半ば意識を朦朧とさせながら泰継は最後の1本のロウソクを根性で吹き

消した…

そして、その後、すぐに床に倒れると苦しそうにゼエゼエ息をした。

「すごい!! 本当に全部消しちゃった!! さすが私の泰継さんだね♪」

 

苦しい息の下でも花梨が“私の”とつけてくれたことに少し口の端がほころぶ。

 

起き上がれずにまだ床に大の字になって、苦しい息をしたままの泰継がさすがに心配に

なって来て、花梨は泰継のすぐそばに膝をつくと、泰継に声を掛けた。

「泰継さん、大丈夫ですか?」

泰継は心配そうに自分を見ている花梨の方を見ると

「問題ない。お前の望みは何でも私が叶える。」

と花梨の頬に手を添えながらちょっとかすれた声で言って、うっすらと微笑んだ。

「でも…」

花梨はさすがにちょっと罪悪感を感じた。別に自分たちの世界でも一息で消すことに

それほど深い意味はないのだ。そりゃあ一息で消せるにこしたことはないけれど、

必ずしもみんながそうしているわけでもない。でも、泰継になら出来ると思って

ついつい調子に乗ってたきつけてしまったことに後悔の念が広がって来た。

泰継がズルもせず律儀に言われた通りやることはわかっていたことなのに…

 

だが、そんな花梨に息も大分整って来た泰継がやさしく言った。

「花梨、気が沈んでいる。おまえが気にする必要などない。私の体力が及ばなかった

 だけのことだ。だが…おまえの世界の呪いを成就できてよかった。

 これで、私の願いは叶う…」

そう言うと、さらに花梨の瞳を覗き込んで言った。

「今日は私の生じた日を祝ってくれるのだろう? おまえの笑顔が見たい。」

花梨はそれを聞くと少し安心して微笑んだ。そして、

「じゃあ、私、ごちそうの準備をするね…」

そう言って立ち上がりかけた花梨の手を泰継は自分の方に引き寄せた。

「キャッ…」

手を引かれて、思わず泰継の上に倒れこんでしまってあわてている花梨をやさしく抱き

しめると泰継は言った。

「ごちそうなど後でよい。」

「えっ? えっ? でも、ごちそうも、ケーキもまだ食べてないし、それにプレゼント

 だって…」

泰継は花梨を抱きしめたまま微笑みながら言った。

「問題ない。私にはおまえが最高のごちそうであり、ぷれぜんとであるのだから…」

それを聞いた花梨は、泰継の腕の中で、耳までゆでだこのように赤くなった。そして、

「泰継さん…」

と小声でつぶやいた。

「さあ、私の誕生祝いに最高のぷれぜんととやらをいただこう!」

泰継はそう言うと花梨の唇に自分の唇を重ねた。

そして、その夜はいつもにも増して二人は甘〜い甘〜い夜を過ごしたのである…

 

もちろん花梨の作ったごちそうもケーキもプレゼントも次の日しっかりいただいたこと

は言うまでもない。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

だが、考えることの好きな泰継にはこの日からまた一つ新たな考え事が加わった。

それは

「花梨の世界の習慣と聞いたが、年を重ねれば当然ろうそくの数も増えるはず。花梨の

 世界の老人はみなあれだけの数のろうそくを一息に吹き消す体力を持ち合わせている

 のだろうか? この世界の老人にやらせれば、きっとたちまち命を落としてしまうこ

 とだろう。この世界の老人と花梨の世界の老人にそれだけの差異があるとは…ふむ…

 人となった今でもまだ人のことはよくわからぬ。まったく人というものは奥が深い…」

しばらくの間、一人頭を悩まし続ける泰継であった。

 

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

いや〜っ、泰継さん、現代の老人にだって出来ませ

んよ、こんな無茶なことは!っていうか誰も試して

みる人なんかいないだろうし() それにしても…

ああ、こんなお話になっちゃったよ。(TOT)

愛しの泰継さんをこんな苦しめ方をしてしまって…

わぁ〜っ、ホントごめんよ、泰継さん!!

泰継さんは、ギャグキャラじゃなかったはずなのに

どこで歯車が狂ってしまったんだろう?

でも、ラブラブのシーンもあるから許してね〜

このお話は、単品でも楽しめると思いますが、一応

「準備編」および同人誌『ギャグって泰継さん』の

中に収めてある「誕生日は一緒に」の続編となって

います。あっ…だからギャグになっちゃったのか…

この作品はWやっすーBirthday企画として2002

年9月末日までフリーとして配布しておりました。

お持ち帰りくださった神子様方、ありがとうござい

ます。

 

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