噂

 

「少将様、お聞きになりまして? 左大臣様が養女をお迎えになるという噂を…」

それを聞いて、友雅が杯を持つ手が一瞬ピクッとして、止まった。友雅はそれを

周りの女房たちに悟られないようにしながら、さりげなく聞いた。

「ほほう。それは初耳だね。いったいその養女というのはどういうお方なのかな?」

その言葉を聞いて、別の女房が周りの女房をかき分けて、友雅の前に進み出た。

「それがですよ…少将様、聞いてくださいよ! な、な、なんとそのお方はかの

 龍神の神子様だと言うんですから、もう驚きです!!」

友雅は杯の酒を一口飲むと、優雅な仕草で、その杯を卓の上に置いた。

「龍神の神子? それはそれはまた…左大臣殿もいと貴きお方を養女になさるもの

 だね。」

友雅はそう言うと、言葉を切ってから続けた。

「君はその話を誰から聞いたのかな?」

そう言って、友雅はチラッとその女房の方に視線を送った。視線を送られた女房は

真っ赤になってうつむきながら、途切れがちに答えた。

「そ…それは…あの…左大臣様にお仕えしている女房が…『ここだけの話なんだけ

 どね』と言いながら、さも自慢話であるかのように…話していたものですから…」

「あらっ、その話なら私も聞きましたわよ。」

「あらっ、私もですわ。」

「おやおや、この宮中では、政をつかさどる公達よりも君たちの方が遥かに情報通

 と見える。では、私の秘密などもうすべてご存知なんだろうねぇ。」

「い…いえ…少将様のことは…」

「本当に?」

友雅は一人の女房の顎に手をやると瞳を覗き込むようにして、聞いた。

「えっ? えっ? しょ…少将様…」

友雅は真っ赤になったその女房をすぐに解放した。その女房は赤くなったままその

場にへなへなと座り込んでしまった。

 

今度はまた、別の女房が友雅の前に進み出て、声を潜めて言った。

「これも噂ですけど、左大臣様はどうやらその姫を入内させるおつもりらしいです

 わよ!」

友雅のまゆが一瞬ピクッと動いた。

「そうに決まっておりますわ。だってそのような尊きお方を養女に迎えるとなると

 それしかございませんもの。」

「龍神の神子様が中宮になられれば、都はもう安泰ですわね!!」

キャッキャと騒ぐ女房たちを制して友雅が言った。

「君たち入内、中宮…となると宮中では大事だ。むやみに口に出していいものでは

 ないのではないかな?」

女房たちは一瞬シーンとなった。

だが、その沈黙を破るように一人の女房がさも自分だけが知っているというように

自慢げに言った。

「来月の善き日にその龍神の神子様が宮中にお出でになって、帝と対面することも

 もう決まっておりますのよ!」

「帝と?」

「私、聞きましたもの!」

「誰に聞いたんだい?」

友雅は鋭い目で、その女房の方を見た。

その女房は先ほどとはうってかわって、うつ向きがちにか細い声で言った。

「あ…あの…先日…帝の…あの…」

「なんだい? 私に言えないようなことなのかな?」

友雅はその女房の側に静かに歩み寄った。

「私に隠し事をするなんて、淋しいねぇ…」

そして、わざと淋しげな表情を見せた。

「い…いえ!! 少将様! 言います! 言います!!」

「では、話してくれるね?」

友雅は軽く微笑した。

女房はしどろもどろしながら少しずつ言葉をつないだ。

「帝と左大臣様が…話しをしていらっしゃるお部屋の…側を…私が…通りかかった

 時…偶然…聞こえてきて…」

 

――まったく、これでは宮中の機密も何もあったものじゃないねぇ。

 

友雅は一つため息をついた。

「しょ…少将様?」

その女房はおそるおそる聞き返した。

「い…いや、それは確かな情報だね。礼を言うよ。」

そう言うと、友雅はその女房の頬に軽く唇を寄せた。

それを見ていた周りの女房たちからは一斉に叫び声が上がった。

「だがね。そういうことはあまり口にしない方がいいよ。おのが身がかわいければ

 ね…」

そうその女房にひと言言ってから

「みなも、決して口外しないように。私と約束してくれるかい、姫君たち?」

友雅の言葉にみなは一斉に頷いた。

 

「では、今宵はこのへんで失礼しよう。」

「え〜、もう行ってしまわれるのですか? 夜はまだ長いですのに〜」

「また、次の機会にね。お楽しみはまた後日…」

 

友雅はサッと立ち上がると、

「では、おやすみ、姫君たち…」

と軽く全女房を見渡しながら微笑すると部屋を後にした。

部屋の中にはボーッとした恍惚の表情の女房たちだけが残された…

 

 

  

部屋を出た友雅はもう笑っていなかった。

 

――帝と左大臣殿の会話までもがつつぬけなんてね…

 

友雅は扇子を弄びながらまたため息をついた…

 

――内裏の女房たちはいい情報源ではあるのだが…帝の会話までが噂話と一緒に

  女房たちに流れているとなると…警備方法を少し考えねばね…

 

 

  

あの鬼との決戦からすでに一年が経とうとしていた。

龍神の神子であった元宮あかねは友雅の「京に残ってほしい」という願いにより、

元の世界に帰らず、この京にとどまった。そして、姉と慕い、ぜひ今まで通り自分

の館に留まってほしいという藤姫のたっての願いで、今でも神子時代と同じように

左大臣の屋敷でお世話になっている。

 

龍神の神子も八葉も一握りの者しか知り得ない極秘事項だった。だから、友雅が

八葉の一人であったということもごく限られた人間しか知らない。そして、龍神の

神子についてもそのはずだった。

だが、人々の間に龍神の神子が京を救ったという噂はたちまちのうちに広がって

しまった。仕方ないことかもしれない。いくら隠していても、あの日、天を割って

現れた白龍の姿を多くの者が目にしてしまったのだから…

 

「神子殿が京に残るということは…」

 

友雅は天を仰ぎ見てそっとつぶやいた。

 

「こうなることは十分予期出来ていたのにね…」

 

 

  

友雅は女房から聞いた情報をもとに調べてみたが、あかねが帝と対面するというの

は、どうやら本当のことらしかった。この時代では貴き身分の女人が直接帝の元に

訪れ、顔合わせをする…すなわちその女人の入内を表す…とも言えないことはない。

ましてや、もし、入内、中宮ともなれば、左大臣の地位はますます不動のものにな

るだろう。こんな好機を左大臣ほどの人物が見逃すはずはない。宮中にいる友雅だ

からこそ、その現実が痛いほどよくわかった。

 

帝が相手となれば、身を引くしかない…それは貴族社会で育った友雅には道理で

あった。だが…

 

――なぜもっと早く、さらってでも神子殿を自分のものにしなかったのだろう…

  まったく臆病者だよ、私は…

  本当に私らしくないねぇ…

 

 

  

「友雅さん、来ないな… お仕事忙しいのかな?」

あかねが京に残ってからというもの、友雅は三日と開けずあかねのもとを訪れていた。

だが、このところ十日ほど彼は全く姿を現していない。仕事が忙しいんじゃないかな

とも思うのだが、今まではそんな時は必ず文が来た。

それに今日は友雅の誕生日である。京では誕生日を祝う習慣がないと聞いてはいたが、

あかねはどうしても祝ってあげたくて、絶対その日は来てねとずっと前から約束して

いたのだ。友雅も「約束しよう。」と微笑みながら言ってくれたはずなのだが…。

それなのに日が暮れてもまだ彼は姿を現さない。

「約束忘れちゃった…っていうことはないよね。友雅さんに限って。」

あかねはお誕生日のプレゼントにと心を込めて作った匂い袋をグッと握り締めた。

その匂い袋からは友雅の好きな香がほのかに香った…

 

あかねには友雅がいつも不真面目で人をからかうような態度を見せながらも、本当は

責任感のあるとっても頼れる人物だということがわかっていた。その証拠にやるべき

ことはいつもちゃんと誰よりも立派にやり遂げてくれる。そして、いざという時には

八葉の誰よりも頼りになる。そして…誰よりも自分を大切に思ってくれている。

そんな友雅の内面にいつしか惹かれ、自分の家族や友人、今まで生きてきた世界をす

べて捨ててでも、彼のもとに残りたいと思ったのである…

本当はすぐにでも彼のもとに行きたかったのだが、やはり京の習慣や教養を少しでも

身につけてからの方がいいだろうという左大臣と藤姫の勧めにより、今まで通り館に

残り、友雅が来ない日はせっせと習い事に励んだ。最初は拙かった琴も簡単な曲なら

演奏できるようになったし、手習いの方も最初の物忌みのころに書いていたものとは

比べ物にならないくらい上達した。そして、一通りの教養を身につけたころ、左大臣

から嬉しい計画を聞いたのである。そのことも今日、友雅に自分の口から告げようと

思っていた。

 

「でも…いったいどうしちゃったんだろう…」

今までのように館を抜け出して様子を見に行きたかったが、もうすぐ左大臣の養女に

なる身…そうそう簡単に今までのような無茶な行動を取るわけにも行かなかった…

 

 

 

 

やがて、女房が渡殿を渡る音が近づいて来た。

「あの、あかね様…」

女房が声を掛けた。

「友雅さんが来たんでしょ? お通しして。」

「ですが…」

女房は少し口ごもりながら言った。

「どうしたの? 何かあったの?」

女房が答える前に足音がして、友雅があかねの部屋へ入って来た。

「やあ、神子殿。失礼するよ。」

そうあかねに声を掛けると女房の方を向き、

「ご苦労だったね。下がっていいよ。」

やさしい言葉ではあったが、有無を言わせぬ強い語気を含んだ口調でそう言った。

「は…はい。し…失礼いたします…」

女房は消え入りそうな声でそう言うと、そそくさと下がって行った。

 

「友雅さん、今日はどうしたんですか?」

あかねが友雅に聞いた。

だが、友雅から返事はなかった。

龍神の神子だった頃は平気で誰とでもすぐ側で話をしていたのだが、正式に京に残る

ことになってからは京の慣わし通りに殿方と話す時は几帳越しに話すようにと言われ、

八葉の皆と話す時でも几帳が設置されていた。

だが、今はそんなことなど構ってはいられない。何か様子がおかしい友雅が気になっ

て、あかねは几帳を払いのけると友雅に近づいた。

 

――わぁ〜、酒くさ〜

 

あかねは思わずその臭いに退こうとした。

だが、そんなあかねの腕を友雅はしっかりとつかまえた。

 

「もう。友雅さんったら、今まで飲んでたんですか? 心配して損しちゃいました!」

あかねは頬を少し膨らませると抗議するような目で友雅を睨んだ。

「ふふふっ、私を心配してくれたのかい? 神子殿が? 嬉しいねぇ…」

友雅はあかねの腕をつかんだまま少し微笑を浮かべて、そう言った。

だが、その微笑もいつもとは少し違っていた。

「友雅さん、お酒くさ〜い!!」

あかねはその手から逃れようと少し体を逸らしてそう言った。

「神子殿のせいだよ。」

友雅は急に真剣な顔つきになると、そう言った。

「えっ!? 私のせい?」

「君は左大臣殿の養女になるのだってね。」

「そ…それは!?」

友雅はあかねの目を見つめたまま

「やはり本当のことなのだね。」

そう念をおした。

「・・・はい。」

友雅は悲しそうな瞳で言った。

「何で私に言ってくれなかった?」

「黙っていて、ごめんなさい。でもね、私、突然言って、友雅さんをびっくりさせて、

 喜ばそうかな…なんて思って!」

あかねは観念したのか、謝った後、明るい声でそうつけ加えた。

「私がそんなことを聞いて喜ぶと思うのかい?」

友雅は少し声を荒げてそう言った。

「と…友雅さん?」

あかねはびっくりして聞き返した。

「君は“左大臣家”の養女になる…それがどういう意味を持つのか知っているのかい?

 養女になるということは、君が政治の道具に使われるということなんだよ。」

「ち…違う、友雅さ…」

「違わないよ!」

友雅はあかねの声をさえぎってそう言った。

「左大臣殿ほどの方がこの好機を逃すと思うのかい? わかってないのは神子殿だよ。

 君が入内すればもう私には手の届かない存在になってしまう。嫌だ! 誰にも渡し

 たくない! 君は私のものだ!!」

そう言うと友雅はつかんでいる腕を引き寄せ、その桜色の唇に強引に口付けた。

 

――と…友雅さん!?

 

あかねは友雅から離れようともがいた。だが、逆にその場に組み伏されてしまった。

友雅は覆いかぶさるようにして、さらに深く口付けて来た。あかねはさらに抗ったが、

男性の強い力の前にはその抵抗など微々たるものだった。

 

――友雅さんのことが好き…で…でも、こんなの嫌だ!!

 

あかねの頬に涙が伝った。

そして、今しもあかねの着物に友雅が手を掛けようとしたまさにその時…

友雅の喉下に鋭い刃が音もなく、スッと突きつけられた。

 

「神子殿をお放しください、友雅殿!」

静かだが、強い語調で声の主はそう言った。

 

 

「逢瀬の最中に無粋だとは思わないのかい、頼久?」

友雅は己が喉下に刃を突きつけられても少しもひるまず、視線だけを頼久に向けると

そう言った。

「神子殿をお守りするのが、私の役目です。神子殿に害をなすのであれば、たとえ

 あなた様と言えども見逃すことはできません。」

「害をなす?」

「神子殿は泣いておられます。」

頼久にそう言われて、友雅はハッとしてあかねの方を見た。

あかねは大きな両目に涙をいっぱい浮かべてしゃくりあげている。

「神子殿…」

それを見て、友雅はすぐにあかねを解放した。

あかねは身体を起こし、几帳の影に身を寄せた。

頼久は友雅に突きつけていた刃を納めた。

 

「わ…私は…」

「神子殿の名誉のためにも今宵のことは見なかったことにいたします。

 ですが…わかっていらっしゃいますね、友雅殿?」

友雅は力なく立ち上がるとヨロヨロと歩いて行った。

そして、部屋の出入り口付近にある柱にそっと手を掛けると、振り返らずに

「すまない、神子殿…」

とひと言言って、部屋から出て行った。

 

「神子殿、大丈夫ですか? 女房をお呼びした方がいいですか?」

頼久が心配そうにあかねに声を掛けた。

あかねは顔面蒼白になりながらも弱々しい声で言った。

「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます、頼久さん。一人にしてもらえます?」

「かしこまりました。では、何かございましたらすぐにお呼びください。」

頼久はそう言うと、部屋を辞して行った…

 

「友雅さん…」

あかねは一人になると、小さな声でそうつぶやいた…

 

――いけないのは、私だ。誕生日に驚かせてようなんて…そんな馬鹿なことを考えて

  秘密にしたばっかりに友雅さんをすっかり傷つけて、誤解させてしまった。

  どうしよう…

 

 

 

  

その日からぷっつりと友雅は左大臣家には姿を見せなくなった…

頼久にもちゃんと事情を説明し、一応分かってもらったから、友雅が訪ねて来ても

追い返すなんてことはないはずである。あの夜のことは友雅とあかね以外は頼久しか

知らないのだから…

あかねは誤解を解こうと、何通か文を送ったのだが、その返事が返って来ることは

なかった…

 

あかねはたまりかねて、左大臣に相談した。

「どうしましょう、お義父さま…」

「ふむ。あやつもああ見えて頑ななところがあるな。まあ、そこがまたいいところ

 でもあるのかもしれぬが…」

そう言ってしばらく考え込んでいた左大臣だったが、やがてポンと手を一つ叩くと

言った。

「これはもう強硬手段に出るしかあるまい。」

「強硬手段?」

あかねは怪訝そうな顔で左大臣を見た。

「ふふふっ、見ておれ!!」

「お義父さま、もしかして、面白がってます?」

「いやいや、な〜におまえたちの幸せのためだ。あの方に一役買ってもらおうぞ!

 ふははははっ!」

 

――やっぱり面白がってるじゃな〜い

 

 

 

そして、そのままいく日かが過ぎた…

 

 

 

ある日、友雅は帝が緊急のお呼びだと言うことで、すぐに内裏に参内した。

「帝が私に…緊急とは…いったいどのようなご用なのだろうか?」

 

「失礼いたします。」

そう言って、部屋に入った友雅の目に正装したあかねの姿が飛び込んで来た。

 

――み…神子殿? これはいったい!?

 

「友雅か? 入りなさい。」

帝が声を掛けた。

「ハッ」

友雅は一礼すると部屋の中に入った。

 

「ふふっ、驚いているみたいだね。」

帝は御簾越しに面白がっているふうに声を掛けた。

「は…はい。ここにまさか神子殿がいらっしゃるとは…」

「はてさて、これで役者は揃ったな。」

左大臣が声を発した。

「そのようだな。友雅、左大臣はこの龍神の神子殿を養女に迎えたそうだよ。」

「はい…」

「何だ、知っておったのか? つまらん。」

帝は少しガッカリしたようにそう言った。

「貴族に嫁ぐからにはやはりそれ相応の身分が必要であるからね。」

「はぁ〜?」

友雅は意外な帝の言葉に顔を上げて、聞き返した。

「“はぁ〜”はないだろう、友雅。おまえはこの神子殿を北の方に迎え入れるの

 だろう?」

友雅は仰天した。そして、あわてて左大臣とあかねの方を見た。

二人は微笑みながら友雅のことを見ている。

帝が口を開いた。

「私も八葉としてこの京のために尽くしてくれたおまえに何かしてやりたいと

 思っていたのだよ。だが、八葉はごく少数の人間しか知らない極秘事項。表立って

 何かするわけにもいかぬし…そんな時に永泉から神子殿はおぬしのためにこの京に

 残ったということを聞いての…」

その後を受けて左大臣が言った。

「そして、帝から直々に私に話があったのだ。この神子殿を正式におぬしの北の方に

 迎えられるよう私の養女にしてはくれまいかとな。ほんにおぬしも幸せものじゃ!」

左大臣はそう言うと、大きな声で笑った。

 

「神子殿は無事裳儀もすませたことだし、さっそく善き日を泰明にでも占って

 もらって、婚礼の儀を行うとよいぞ。」

そう言って、帝も笑った…

 

「私からのささやかな贈り物だ。受け取ってくれるかな、友雅?」

「はい。最高の贈り物をありがとうございます。いつまでも大切にいたします。」

友雅は深々と頭を下げた…

 

 

 

 

「本当に神子殿も人が悪いね。どうして一言私に言ってくれなかったのかい?」

左大臣家にあかねを送って行った友雅は通されたあかねの部屋で、ため息まじりに

そう言った。

「私があれほど悩んだのはいったい何だったのか…」

「だって、友雅さんをびっくりさせたかったんだもん。」

「確かに驚いたけどね…本当に心臓に悪いよ。秘密にしていいことと悪いことがある。」

「ごめんなさ〜い。」

あかねはちょっとシュンとなった。

「だが、勝手に誤解した私も悪かったのだ。左大臣殿のことも疑ってしまって…

 本当に悪いことをしたね、君の義父上になった方なのに…」

「やっぱり私がいけなかったんです。最初からちゃんと話しておけば、友雅さんも誤解

 することなんてなかったのに… 勝手に一人で盛り上がっちゃって、変な考え起こし

 ちゃって…」

「もういいよ。結果として、こうして最高の宝を手に入れられたのだからね。」

「友雅さん…」

あかねは頬を赤らめてうつむいた。

 

「この前の続きでもするかい?」

いきなり耳元で囁かれてあかねはびっくりして顔を上げた。すぐ目の前に友雅の顔が

ある。

友雅はあかねがうつむいている間にそっと足音も立てずに、几帳のうちに忍び入って

いたのである。

あかねはさらに頬を紅潮させた。

友雅は少しあかねから離れて言った。

「はははっ、冗談だよ。皆がこれだけお膳立てしてくれたんだ。ちゃんと正式な形で

 妻問いさせていただくよ。」

そして、悪戯っぽい瞳であかねを見ると一言つけ加えた。

「それに…お楽しみは後にとっておいた方が楽しみが増すからね。」

「もう友雅さんったら! 知りません!!」

「はははははっ」

友雅が笑った。

あかねもしばらく頬を膨らませていたが、そのうち笑い声を立て始めた。

二人の笑い声が明るく部屋の中に響いた。

 

笑い終えると友雅は真剣な目であかねに言った。

「私の北の方になってくれるね、あかね…」

「はい、友雅さん…」

あかねはそう答えてからハッと気づき、顔を上げた。

「初めて名前で呼んでくれたね。友雅さん、嬉しい!!」

あかねは満面の笑みでそう答え、友雅の首に飛びついた。

 

そして、二人は自然に唇を重ねた。

 

唇が離れてからもしばらく二人で見つめあっていたが、突然、あかねが思い出した

ように言った。

「あっ、そうだ!」

あかねは漆塗りの箱から小さな袋を取り出し、友雅に渡した。

「お誕生日の贈り物です。あの日、渡せなかったから…」

「私に? あかねが作ってくれたのかい?」

「そうですよ〜 針目はちょっと汚いけど、心がいっぱいこもってるんですから!」

「ありがとう、嬉しいよ、あかね。」

 

そう言うと、友雅は再びあかねを抱きしめた。

そして、二人は匂い袋からほのかに香る香りに包まれながら、二度目の長い長い口付け

を交わした。

 

――好きだよ、友雅さん。いつまでも一緒にいてね。

 

――好きだよ、あかね。もう二度と離れない。これからはいつも一緒だ。

 

夏の陽射しが少し差し込み始めたころ…

二人が三日夜の餅を食べるのももう間近である。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

10000HIT御礼作品第二弾は友雅作品であります。

いつも当サイトを訪れてくれます友神子様にお礼の意味を

込めて書きました。

このお話の中で最初に思い浮かんだのは頼久が友雅の喉下

に刃を突きつけるあのシーンです。最初はもっと甘々の話

になるはずだったのですが…書いているうちにこ〜んな話

になってしまいました。(^-^ゞ

この作品は10000HIT御礼として2002年7月末

日までフリーとして配布しておりました。お持ち帰りくだ

さった神子様方、ありがとうございます。

 

 

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