バレンタイン・リベンジ ≪後編≫

 

「ただいま戻った。」

昨年とは違って落ち込んでいるものの少しだけ心を軽くして、泰継は自宅に戻って来た。

泰明からの返事はない。

訝しく思って、泰継は泰明の名を呼んだ。

「泰明?」

泰継が首を傾げながら居間に行くと、腕を組んで難しい顔をしている泰明がソファに座ったまま何かをジッと睨んでいた。

「どうしたのだ?」

泰継は泰明に声をかけた。

「か…帰っていたのか?」

泰明はあまりにもそのものに集中していたため、泰継の気配にも気づかなかったらしい。

「先ほど声をかけたのだが…それより何を見ているのだ?」

泰明の視線の先、居間の机の上には山積みのチョコレートがあった。

どれもとてもいびつで不細工な形。それがとても人にプレゼント出来るような代物ではないということは一目見ただけで泰継にもわかった。

泰明はさっきからずっとそのチョコレートとにらめっこをしているのだ。

「困っている。」

ようやく泰明が口を開いた。

「それは見てわかる。どう困っているのだ?」

「あかねがこれを持って来たのだが…」

チョコに視線を落としたまま泰明が言った。

「おまえの神子が持って来たものならば食せばいいではないか? 何の問題がある?」

「だが、これはあかねが作ったものではない。あかねがこんなものを作るものか! それにそんなことはこれが発する気でわかる。あかねが作ってくれたのはこれだ。」

そう言って、泰明は大きな箱に入ったこれまた大きなハート型チョコを泰継に見せた。なるほどそれには昨年同様「泰明さんへv」という文字が書かれている。

「確かに。」

泰継は頷いた。

「特にこのバレンタイン・デーの時期はあかね以外の者が作ったチョコは市販品にしろ食さないことにしているのだ。だが、そのあかねが『一人で食べきれないから食べて』と言ってこのチョコの山を持って来た。だからどうすればよいかと…」

泰明はハーッとため息をついた。

泰継はそのチョコの山から一かけらチョコを取った。そして、目を見開いた。

形は確かにいびつであるが、このチョコから伝わって来る気は…

「花梨…花梨が作ったものか!?」

 

そう。花梨は泰継のために作った失敗作のチョコレートを友人であるあかねに全部あげたのだ。あかねもそのいびつなチョコの山を見て、一瞬びびってしまったが、花梨のうるうるした目を見ていると受け取ってあげなければかわいそうだという気持ちになって、仕方なくすべて受け取ったのである。だが、一人でこんなものを食べきるはずもなく…じゃあ、甘い物好きの泰明さんにも協力してもらおうと思い、自分のチョコを渡すついでにそれらのチョコの山も押し付け…もとい一緒にプレゼントしたのである。

そのように何の因果か巡り巡ってこれらの花梨の手作りチョコは安倍家の机の上に鎮座することになったのであった…

 

「おまえの神子がこれを?」

泰明は驚いて泰継の顔を見た。

「泰明、これをすべてもらってもよいか?」

泰継が言った。

「無論。私にはこれがある。」

と言って、泰明はまたあかねの手作りチョコの箱を見せた。

「1つも残らず持って行ってくれると助かる。」

「感謝する。」

泰継はそう言って、どこからか出来るだけ大きな袋を探して来るとそれにそのチョコをせっせと詰め込んだ。そして、詰め込み終わると

「少し出掛けて来る。」

そう泰明に告げて、外に出掛けて行った…

 

 

*  *  *

 

 

「花梨―っ!!」

花梨の部屋の窓の下で大声で泰継が花梨の名を呼んだ。返事がないので、また泰継は同じように叫んだ。

「花梨―っ!!」

花梨はガラッと窓を開けた。

「止めてください、そんな大きな声で… 何て言って謝って来ようと今度ばかりは絶対許さないんだから!」

花梨は2階の窓から泰継に向かってそう叫んだ。

「私が愚かだったのだ。おまえを悲しませてすまぬ、花梨。だが、おまえのチョコレートはちゃんと受け取った。」

「えっ?」

自分は泰継にチョコなんて一つもあげた覚えがない。

「うそ! チョコなんてあげてないもん。」

花梨が叫んだ。

「いや、もらった。ほらここに…」

そう言うと泰継は手にした袋の中から大きめなかけらを取り出した。

 

――あっ…あれは…

 

そのいびつな形には見覚えがある。セーターを作る前に自分がこさえた失敗作のチョコレート…確かあれはあかねちゃんにあげたはず…

 

「今から食すので見ていてほしい。」

そう言うと泰継はそのかけらを口の中に放り込んだ。

形はいびつでも味はまずくても自分を思う花梨の温かい気は十二分に伝わって来る。

1つ食べ終わるとまた1つ、それを食べ終わるとまた1つと泰継は次々にいびつなチョコレートを口に放り込んだ。

「ちょ…ちょっと…」

花梨はその様子を見ていて、あせった。失敗したチョコレートは半端な数じゃないのだ。それに一部材料が…あわわっ、あれを全部食べたりしたら…

花梨は窓を開け放ったまま、急いで自分の部屋の扉を開けると階下へ駆け下りた。

そして、玄関の扉を開け放つとすぐさまそこから飛び出し、今まさに次のチョコを食べようとしている泰継の手にしがみついた。

「そんなの食べたらお腹壊しちゃう。」

泰継はやんわりと花梨の手を自分の手からはずし、その持っていたチョコをほおばった。

「それにまずいし…」

花梨は少し涙声で言った。

「いや、私にはどんな極上のチョコレートよりも美味しく感じる。」

それを聞いて、花梨は泰継に飛びついた。

「泰継さん、ごめんね。ごめんね。」

泰継を両手でしっかり抱きしめたまま、泣きじゃくりながら花梨が泰継に言った。

「おまえが謝ることなど何もない。悪いのは私なのだから…」

「ううん、泰継さんがこの世界のことをまだよく知らないっていうことは十分わかっているのにあんなこと言って…」

「いいのだ。私は花梨を傷つけてしまったのだから、そう言われて当然だ。ただ私が愚かだったのだ…」

「泰継さん…」

「私を許してくれるのか?」

「許すも何も…泰継さん、だぁ〜い好き!」

花梨は背伸びをして、泰継の頬にキスをした。

その後、顔を真っ赤にしてすぐに泰継から離れようとした花梨の手を泰継はそっと掴むと自分の方に引き寄せ、やさしく抱きしめた。そして、今度は泰継の方から花梨の桜色の唇に唇を重ねた。

久々の長い長いキス…

名残惜しそうに互いの唇が離れると花梨が照れくさそうに言った。

「へへっ、甘いね。」

「おまえもな。」

泰継は花梨に向かって微笑んだ。これ以上ないというほど幸せそうな微笑み…

 

出会いから1年5ヶ月…こうして二人は初めて幸せなバレンタイン・デーを一緒に過ごせたのである…

 

 

 

とここで終わったらめでたしめでたしなのだが、実はこれには後日談がある。

 

泰継は花梨が止めるのも聞かず、わずか数日で花梨の作ったチョコレートを見事に完食してしまった。中には塩のたっぷり入ったものやなぜか醤油の入ったものまであったそうだが、泰継の弁によればすべて甘〜く感じたとのことである。

だが、気持ちと体の構造は当然ながら違うもので、泰継は見事にお腹を壊して、その後数日間唸り声をあげながらベッドの住民となったことは言うまでもない。

もちろん花梨は泰継の看病にせっせと通った。だが、なぜか花梨の申し出た“泰継さんのためにお粥を作ってあげるv”という申し出だけは床上げするまで丁重に断られ続けたということだ。

 

泰継がチョコを食べてお腹を壊して寝込んだ…という話を後から聞いたあかねは

「花梨ちゃんったらそんなものを私に食べさせようとしたなんてひど〜い!」

と叫んだそうだが、

「それをまた私に食べさせようとしたのだろう?」

と泰明に言われて、

「エヘッ」

と舌を出して、それ以上そのことには一切触れなかったそうだ。

 

そうそう、こんな後日談もある。

誰も見ていないと思っていた公園での泰継の所業を近所のおばあさんが目撃していて、「緑の髪の毛だった」と証言したことからなぜか全然関係ない泰明に疑いがかかり、その結果まったく身に覚えがないものの、面倒くさかったので泰明が表札代を弁償したということだ。

もちろん泰継自身は本当のことを知っていたのだが、何しろそのころはベッドから離れることができなかったし、それに

「そもそもの事の発端は泰明だったのだから、それぐらいはまあよいか…」

と密かに思って、その真相は永遠に封印され、その後語られることはなかったという。

 

これで昨年のバレンタイン・デーから続いて来たお話はすべておしまいv

たぶんね(笑)

 

≪ おわり ≫

 
Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/
 

[あとがき]

長かった泰継さんの受難期にもやっと終わりの時がまい

りました。泰継さん、おめでとう!!\(^^)

そう!「泰継さんを幸せにしてあげて!」という皆様方

のあたたかい声のおかげで、やっと泰継さんにも幸せな

バレンタイン・デーが訪れたのです!

まあその後ちょっとたいへんなことになったみたいです

が、バレンタイン当日はラブラブで過ごせたので、泰継

さんも許してくれることでしょう♪(←そうか?)

でも、実際にそんなにいっぱいチョコを食べたら、お腹

を壊すだけじゃすまなくて、血糖値が上がっちゃって、

たいへんなことになるでしょうね。

ああ、最後に一言だけ。泰継さんが勢いで公園の表札を

壊しちゃいましたが、良い子の皆さんは泰継さんの真似

をして公共物を壊したりしたら、絶対にダメですよ。こ

れはあくまでもお話ですからね。約束だよ!

 

この作品はフリーにしようかなと最初は思っていたので

すが、ちょっと長くなりすぎてしまって申し訳ないので

フリーにするのを止めときました。それでもいいから頂

戴と言う方がもしいらっしゃいましたら、BBSの方で

お申し出ください。善処させていただきます。

 

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