夕涼み

 

「すっかり日が暮れちゃいましたね」
橙色の光で、京を包み込んでいた夕日が西の空へと帰って行く。
すでに消えかけている夕焼けを眺めながら、あかねが何気なく呟いた。
その声を聞きとめて、頼久が深く頭を下げる。
「申し訳ありません、神子殿。案朱の怨霊に時間を割きましたこと、この頼久の力不足です」
その頼久の言葉を、あかねは慌てて否定する。
「え!そんなつもりで言ったんじゃないんです!頼久さんも天真くんも、苦手な属性の怨霊だったのに、頑張ってくれたじゃないですか。おかげでちゃんと、封印できましたし」
しかし、あかねの言葉に頼久は簡単には納得しない。
うなだれたまま、更に謝罪の言葉を口にする。
「しかし、私の太刀がもっとお役にたっていれば、神子殿にこのような夜道を歩いていただく必要もありませんでした」
「そんなことないですってば」
それに、最初から案朱に来る予定だったにも関わらず、青龍の二人と同行を決めたのはあかねだ。
逆に、自分の方が頼久に対して申し訳ない気持ちになる。
あかねは、ちらっと、頼久の隣にいる天真を窺った。
(でも、やっぱり天真くんと一緒にいたかったから・・・)
自分が一緒にいたいと言う理由で天真、そして、彼が最も信頼を置いている頼久を同行者に決めたことは、ただの我侭でしかない。
その結果、木の属性の怨霊との戦いが長引いてしまうのは当然のこと。決して頼久が気に病むことではない。
どう言えば良いものか。言葉を探すあかねに天真が告げる。
「あかね、気にする必要ないぜ。これがこいつの性分ってヤツなんだろ?」
「そうかもしれないけど・・・」
それでも言葉を探そうとした時、ふいに生暖かい風が吹いてきた。
湿度の高い空気が、三人の間を通り抜けていく。肌にまとわりつくような、嫌な風だ。
「気味の悪い風だな」
天真はそう口にした後、ふいに思い出したように口を開く。
「そういえば、ここに最近・・・出るって聞いたぜ?」
その様子は、どこか楽しげだ。あかねの反応を見るかのように、意味ありげな間を置く。
「え?出るって、その・・・幽霊とか怨霊が?」
あかねは、思わず声をひそめた。加えて、頼久が神妙な顔で同じような内容を告げる。
「私も耳にいたしました。多くの者が、ここで人魂を目にしているとか」
「それって、ここの怨霊のかまいたちとは違うんですよね?」
「話に聞いたところじゃ、どうやら違うみたいだな」
二人の言葉を受けたあかねは、怖がる代わりに少し考え、唐突に口を開く。
「私、その怨霊に会ってみたい」
けれど、その提案を八葉である二人が許可するはずもなかった。
いや、八葉でなくとも、得体の知れないものに近づくことを許せるはずもない。それが大切な存在ともなれば尚更だ。
「ダメだ。何かあったらどうするんだ」
「いけません、神子殿。賛成いたしかねます」
即座に、しかも同時に却下されて、あかねは少し二人を睨みながら抗議する。
「そんなにすぐに言わなくてもいいじゃない」
「ばかなこと言うからだろ。ったく、何考えてんだ」
そう言いながら、天真はあかねの頭を軽く叩いた。
けれど、少し拗ねて、頭を抑えながらもあかねは、自分の思いを口にする。
「だって、本当に怨霊がいて、もし苦しんでるなら、放っておけないじゃない」
強い思いを残しながら、儚くなってしまった者たち。
今、京に現れ、あかねたちの行く手を阻む怨霊は、ほとんどがその思いを鬼に利用された、いわば被害者だ。
(そういうのを助けるために、龍神の神子がいるんじゃないのかな・・・)
あかねの言葉に、天真は一瞬言葉を失った。
けれど、すぐに明るく笑う。そして、あかねの頭に優しく手を置いた。
「わかった。その代わり、俺のそばを離れんなよ。いいだろ?頼久、あかねは俺が守る」
「ああ」
あかねの言葉、そして天真の言葉を受けて、頼久も微笑を浮かべた。

天真の言葉に従い、あかねは天地の青龍の間を歩く。
すでに夜を迎えたにも関わらず、辺りの空気はまだ生温い。けれど、川辺までくると、その上を渡る風が涼しさを運んでくれる。
「その怨霊ってどんな感じなのかな?」
京の各地に出没する怨霊。
それは、毎日歩き回っても、とても数日では対処しきれない数だ。
逆に言えば、それだけ悲しみの内にある魂が多いということだろう。
(封印することで、解放してあげられてるのかな?)
「本当は、もっとちゃんと悲しみとか、なくなるようにしてあげたいんだけど・・・」
それは偽善でしかないのだろうか?
京にきて、まだたった数ヶ月。
京のことを何一つ知らない自分が、彼らを救いたいと思うのは、ただの絵空事なのだろうか。
それでも――
自分にできることを、諦めたくはない。

ふと――

突然、あかねの目の前に光が灯った。最初はひとつ、続けて二つ三つと広がっていく。
「あかね!」
「神子殿!」
あかねを守ろうと二人が身構える。頼久が刀に手を添え、天真が印を結ぶ。
けれど、その二人をあかね自身が制した。
「待って二人とも。これ・・・」
あかねは、その光を両手ですくった。
「蛍だよ」
あかねの手の内で、蛍がふんわりと光を放つ。強く主張するものではないけれど、確かなもの。
案朱の夜にやさしく灯る蛍の光。
「怨霊の正体はこれか」
あかねの手の蛍を見つめながら、天真が呆れたように笑った。
「蛍を怨霊と間違えちゃうなんて、ちょっとおかしいね」
あかねは楽しそうに笑みをこぼした。
京の人々の心から、余裕がなくなりつつある今、素直に蛍を愛でることができなくなっていたのだろう。
けれど、あかねがこうして気づいたように、きっと、少しずつ皆が気づいていくに違いない。
きれいなものを見つけたうれしさ、それを分かち合える喜び。
そうやって、優しい思いは広がっていくのだと信じたい。
「神子殿、私は念のため、この辺りを見回ってまいりますので、先に館へお戻りください。天真、神子殿を任せたぞ」
あかねの様子を見守っていた頼久はそう告げると、その場を離れていった。
言葉をかける間もなく去っていく後ろ姿に向かい、手を振っていたあかねは、やがて天真の隣に並んで歩き出した。
「それにしてもおまえ、全然怖がらないな」
当てが外れて、密かにがっかりしながらも天真はそう尋ねた。
幸か不幸か、あかねがその思惑に気づく様子は全くない。
「うん。だって、天真くんも頼久さんも怨霊に負けたことないじゃない」
「そりゃまあ、そうだけどよ」
「それに、今だってこうして、天真君が一緒にいてくれるんだもん。全然怖くないよ」
それは、偽らざるあかねの本心。
そして、その言葉とともに、あかねは満面の笑みを浮かべた。
「っ・・・」
ふいをつかれた天真は、視線を逸らし、この場が暗闇であることに感謝した。
「そういう顔、他のヤツに見せんなよ」
ぼそっと呟く言葉の意味がわからず、あかねは、きょとんとしたまま天真を見つめる。
「え?それって?」
聞き返すあかねに、天真はやけになったのか、声を大きくした。
「俺以外の男に、笑いかけてほしくねぇって言ってんだよっ!」
天真はそれだけ言うと、怒ったように先に歩いていった。
やがて、その後ろ姿を見送っていたあかねは、幸せそうに笑みをこぼした。
天真がそばにいてくれること、自分が天真のそばにいられること、その全てがうれしい。
そして、あかねは先に歩く天真を小走りで追いかけると、そっと手をつないだ。

SAK様『Aerial beings』

http://isweb9.infoseek.co.jp/novel/amdsak/index.html

≪SAK様コメント&直筆暑中見舞い≫

暑中見舞い、そして残暑見舞いを兼ねて書かせていただきました。
「怪談(?)」「蛍」と、ちょっと夏らしさを意識してみました。
蛍といえば、私が子供の頃は、お祭りの帰り道なんかに結構見かけたものですが、最近はほとんど見ませんね
いなくなってしまったのか、もしかしたら私が見落としているんでしょうか?

えっと、ちなみに写真は一応私の直筆です・・・
雰囲気だけ出ればいいやと思って縮小したんですが、筆跡、結構わかりますね・・・(汗)
家の庭の、咲きそめののうぜんかずらを添えてみました。


 

[涙のひと言]

SAK様が暑中見舞いフリーとして配布していたものを

いただいてまいりました。頂き物としては初めての天真

小説です。

神子としてのあかねちゃんのやさしさがこの短い文章の

中に表れていて、とっても温かな気持ちになります。

怨霊の正体は何と蛍! 怖がる心で見たら、確かに人魂

や怨霊だと思っちゃうかもしれませんね。

ラストの方のさわやかなラブラブ具合もこの二人には、

とてもらしくて、実にいい感じです。

でも、最初の方の好きな八葉を連れて行きたいというあ

かねちゃんの気持ち、すご〜くわかりますね。私も苦手

なところに行く時でも絶対泰明さんを連れ行きましたか

ら。彼が苦労することがわかっていてもついつい…ね。

そして、SAK様の直筆の挨拶文♪ ふふっ、セットで

いただいて来ちゃいました! お花も添えてあって、

とっても雅ですね。

SAK様、こんな素敵なお話をどうもありがとうござい

ました!

 

 

SAK様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

 

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