ずっと一緒に

 

 

「京に残ってはくれないか。おまえとずっと一緒にいたい。」

「はい、残ります。あなたのそばにいたいから。」

 

あの最終決戦からすでに1週間。

あかねは泰明の望むまま、現代へは帰らず京に残ることにした。

すでに友人の天真、詩紋、蘭の三人は最終決戦のその日のうちに

龍神が開いた時空の扉を通って現代へ戻り、京に残っているのは

今ではあかねだけとなっていた。

 

その日、あかねは床についてもなかなか寝つくことができなかった。

 

「泰明さん、あれから一度も会いに来てくれないな…」

 

きっと鬼の残した穢れを払うために陰陽師としての仕事が忙しいんだ

そう思いながらもやはり会えない淋しさがこみ上げて来る。

考えないようにはしているのだが、気がつくとまた、泰明のことを

考えている自分がいた。

 

「それにしても、これからどうしよう。」

 

藤姫は

「神子様はこの京を救ってくれたお方、言わば京の民みんなの恩人なのですわ。

 ですから、今まで通り、ずっとこの屋敷にお留まりくださいませね。」

そう言ってくれるけど、京が平和になった今、いつまでもここに居候している

わけにもいかないし…

 

その時

「神子様」

突然、誰かに声をかけられた。今は深夜。それにこの声は藤姫じゃない。

「だ…だれ!?

あかねはとっさに上半身を起こし、身構えた。

すると見知らぬ声の主は静かに答えた。

「このような時分に申しわけありません。我が主がどうしても神子様に

 お目にかかりたいと申し、お迎えにあがりました。」

「主?」

「安倍晴明様です。」

「晴明様…あっ、泰明さんのお師匠さん!」

−−じゃあ、この人はもしかして晴明様の式神さん?

式神は言葉を続けた。

「すぐにお支度ください。」

「今すぐですか?」

「はい。」

あかねは少しとまどったものの

「わかりました。今、支度します。」

そう答えると立ち上がった。

 

晴明の屋敷に到着すると、すぐに晴明が自身であかねを出迎えた。

初めて会った晴明はどうみても30代そこそこにしか見えなかった。

確か四十をとうに越えていると聞いたけれど…。

そしてかなりの美貌の持ち主であった。

琥珀色の双眸もそうだが、どことなくかもしだす雰囲気が泰明に似ている。

 

「こんな夜更けにお呼び出てして申しわけない。」

「いいえ、余程お急ぎの御用だったのでしょう?」

「急ぎ…と言えば急ぎではあるな。」

晴明は苦笑した。

「どうも陰陽師というものは自分の勝手で動いてしまうもので…すまない。

 泰明を救ってくれた方と初めてお会いするのがこのような形になって

 しまって。」

「いいえ。私も泰明さんのお師匠様に一度お会いしてみたかったですから。」

とあかねは微笑みながら答えた。

「神子、そなたは本当にいい娘だ。あの泰明の心を開いたのもうなずける。」

「私なんて…そんな大それた者じゃありませんよ。」

あかねは顔を赤らめながらそう言った。

「いや、謙遜なさるな。そなたはこの京を救い、泰明を救ってくれた恩人だ。

 礼を言う。」

「礼なんて…京を救ったのは泰明さんをはじめ、八葉のみんなが力を貸して

 くれたからです。私ひとりの力じゃありません。」

「そこがそなたのいいところなのだよ。」

晴明はそう小声でつぶやいた。

「えっ?

「いや、何でもない。堅苦しい話はここまでにして本題に入ろう。」

晴明はそう言うと、まっすぐあかねの目を見つめた。

「あれから泰明はそなたのもとに出向いたか?」

その言葉を聞いて、少しとまどったものの

「…いえ。で…でも、きっと仕事が忙しくて…それで…」

と何とか答えた。

「あやつは後悔しておるのじゃ。」

「えっ、何を?」

晴明の意外な言葉にあかねの胸はドクンと一つ鳴った。

「そなたをこの京に引き留めたことを。」

!?

また、胸がドクンと鳴った。

「本当は私に残ってほしくなかった…っていうことですか? 

 だから、会いに来てくれないんですか!?」

あかねはふるえるような声でそう言った。

「そうではない。落ち着け、神子。

 泰明は心の底からそなたに残ってほしいと思っている。共にありたいと…。

 だが、自分のそのわがままな思いだけでそなたの世界や家族を捨てさせて

 しまった…泰明はそれを後悔しているのだ。」

「そんな。私は自分の意志で京に残ったんです。泰明さんが悩む必要なんて

 ないわ!!」

「神子、それを聞いて安心した。」

晴明は柔らかな笑みを漏らした。

「泰明さんはどこです?」

「ここ数日、自室にとじこもったままだ。式神に案内させよう。」

「ありがとうございます。」

あかねが立ち上がり、泰明の部屋へと向かおうとすると、晴明が声をかけた。

「神子」

「はい?」

「泰明を頼む。」

「はい!」

あかねは力強くそう答えると泰明の部屋へ向かった。

 

御簾を開ける音に泰明は不機嫌そうに振り返った。

「お師匠、放っておいてくれ。もう少しだけ…」

振り向いた泰明の目に映ったのは、晴明ではなく、最も会いたかった最愛の人…

「神子!? どうしてここに」

「泰明さんがちっとも来てくれないんで、私から来ちゃいました!」

「こんな夜更けに女がひとりで出歩くなど危ないではないか! まして、

 龍神の神子であるおまえが。いくら鬼がいなくなったとはいえ、

 まだ穢れはあちこちに残っている。それに夜の京は危険だ!」

「大丈夫ですよ。式神さんがいてくれたし…あっ…」

「また、お師匠か…。双ヶ丘の時といい、お師匠は変に気を回しすぎる。」

「いいお師匠様じゃないですか。泰明さんを心から愛してらっしゃるんですよ。」

「………」

「泰明さん?」

「神子、私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか。」

「取り返しのつかないこと?」

「自分がおまえに残って欲しい…ただその気持ちだけで、おまえを京に引き留めて

 しまった…」

「でも、それは…」

「神子が京に残ってくれると言ったあの時、私は喜びで一杯だった。

 ほかのことは考えられなかった。だが、天真や詩紋がおまえの世界に

 帰って行くのを見た時、思ったのだ。本当はおまえもあの中に

 いるべきではなかったのかと。」

「泰明さん…」

「おまえの世界にはおまえの家族がいる。おまえの友も。そして、おまえの生活がある。

 それらをすべて奪ってしまう権利が私にあるのだろうか。

 これもおまえが私に教えてくれた感情…。

 昔の私だったらこんなことを考えることはなかった。

 だが…。」

泰明はそこで一度言葉を切った。

「神子、私の顔を見ろ。」

「?」

「まだ呪が…封印が残されたままだ。」

「えっ!? でも、それは一度解けたんじゃないですか。その後、泰明さんが

 自分の意志でもう一度封印したんじゃ…」

「ああ。私もそう思っていた。だが、いくら自分の意志で解こうと思っても

 この顔の呪は解けないのだ。」

「泰明さん…」

泰明は自嘲気味に笑みを浮かべると言葉を発した。

「つまり…私はまだ“人間(ひと)”にはなりえていなかった…ということだ。

 神子、私はいつ壊れるかわからない存在。人間でもない私がおまえを本当に

 幸せにできるのか。私などが…。」

あかねはその泰明の言葉を遮って言った。

「泰明さん、もうそれ以上言わないで。そんなあなただから私は京に残ることに

 したんだよ。誰よりも私のことを大事にしてくれる、そんなあなただから。

 でも、もしかしたら、そのあなたのやさしさが、その弱さが封印を解くのを

 妨げているのかもしれない。」

「私が弱い?」

「あなたはきっと自分で自分に呪をかけているんだよ。『自分は人間ではない。

 人間になれるはずがない。』そういう呪を…」

「神子…」

「泰明さん、この世で最初の人間っていうのを知ってますか?」

「最初の人間?」

「ええ。アダムと言って、神様が土で作ったんですよ。女の腹から生まれたわけ

 じゃない。」

「!?」

「女の腹から生まれようが、人間に作られようが関係ない。苦しみ、悩む魂を持つ存在、

 それが人間なんです。あなたは悩み苦しむ心、人を慈しむ心、そして人を愛する心を

 持っている…だから、立派な人間だよ。」

「神子!!」

「私が愛してる限りあなたは壊れることなんてない。それに私は自分の意志で

 この世界に残ったんです。後悔なんかしてない。泰明さんが私のすべて

 だから…。」

「神子…。おまえはやさしい。おまえに言われると本当にそう思えてくるから

 不思議だ。本当におまえは後悔しないのか? 故郷を捨て、私と共にいる

 ことを。」

「故郷はいつも私の心の中にあります。でも、泰明さんはひとりしかいないから。

 だから、もう悩まないで。ずっと一緒にいようね。」

「ああ、神子。もう離れない。ずっと…ずっと一緒にいよう。」

「泰明さん…」

「神子…」

泰明はそっとあかねを抱きしめた。

そして、ふたりは自然に唇を重ねた。

今まで会えなかった時間を取り戻すかのような長い長い口づけ…

 

やがて唇がそっと離れ、そして目を開けて泰明の顔を見たあかねは思わず叫んだ。

「泰明さん、封印が! 顔の色が!!」

「!?」

「ああ、おまえのおかげだ。おまえの言う通りだった。私は自分で自分に呪を

 かけていたのだな。おまえと共にいることで私は人間でいられる。

 おまえを心の底から愛しいと思うことで…おまえから愛されることで…。

 おまえのおかげで再び封印を解くことができた。ありがとう神子。」

泰明は再びあかねを抱きしめた。さっきより強く、その存在を確かめるように。

 

「神子、もう夜も遅い。今夜はこの屋敷に泊まって行け。明日の朝、私が送る。

 部屋を用意させよう。誰か…」

「泰明さん。」

あかねは泰明の言葉を遮ると真剣な眼差しで言った。

「私、ここにいます。泰明さんのそばにいたいんです。」

「神子!? 何を言っている? 自分で何を言っているかわかっているのか!?」

「わかっています。ただ、あなたと一緒にいたいの。あの最後の戦いの日以来、

 ずっと会ってなかったんだもん。あなたと一緒にいたい。一時でも離れるのは

 いや!!」

「…私もだ」

泰明はあかねを抱き上げるとそのまま寝所に運んで行った。

そして、やさしく褥に横たえた。

泰明は、琥珀色の双眸で、じっとあかねを見つめた。

「泰明さん?」

「本当に私でいいのだな?」

「泰明さんだからいいんです。ほかの誰でもない。泰明さんがいいんです。」

「神子…」

「もう神子はやめてください。名前で…“あかね”と呼んでほしい。」

「あかね」

「泰明さん」

泰明の唇が下りてきた。

あかねはそっと目を閉じた…

 

そして、ふたりだけの甘い甘い夜は更けて行った。

 

ずっと一緒だよ。

 

ずっと…

 

ずっと…

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

私の『遥か』創作の第1作であります。書きたい書きたいという気持ちが高まって書いた作品なので、それなりの愛着があります。

この続きは裏で…

なんて、裏サイトなんてないんですけどね、実際は。(^。^) 

 

 

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