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〜ノワール・ウィッチ〜

  砂糖菓子で作られた

架空の城

柔らかに降り続く

suger snow

優しく踊る

マジパン人形

ふわふわ漂う

甘い香りに包まれて

 

 

デュシリスの城には塔がある。

魔女の幽閉された塔がある。

城の北側、「沈黙の森」と呼ばれる広大な森の奥に聳え立つ白亜の建造物。

誰も昇らぬその塔に黒い魔女は今もある。

現世に飽いて、それでもなお、黒の魔女はそこにある。


「魔法使い!!食事!!」

不機嫌極まりない声が眠りを妨げた。

重い瞼を持ち上げると橙色の光りが視界に滲む。

魔法使いは力を込めて、ゆっくりと瞼を押し上げた。

開けた視界に見なれた煉瓦造りの壁が映る。

同時に、背中に床の堅さと冷たさが伝わってくる。

魔法使いはぼんやりと自分の周囲を確認した。

そこは魔法使いの住む小さな部屋だった。

のろのろと自分に纏わりついていた毛布を引き剥がす。

立ち上がると、低い天井が一層低くみえた。

魔法使いはそのままの姿勢で停止した。

違和感がした。

天井はもっと遥かに高くなかったろうか?

褐色の部屋にもう1つのイメージが重なる。

高く、その先に彫られた翼有る神の使いの姿。

白い衣を纏った背の高い男。

彼に泣きつく誰かの声。

泣く―――女の声。

「…母さん?」

目を開く前に誰かが泣いている姿を見た気がした。

その面影を辿る。

彼の意識は未だ現と夢の合間にあった。

『ガツン!!』

呆けていた魔法使いの頭に衝撃が走った。

部屋の隅にある天蓋付きベットから1冊の本が投げつけられた。

魔法使いの顔よりも大きな分厚い本は見事に彼の叩頭部に命中した。

本は盛大な音をたてて床に落ちる。

その音に負けない大音量が部屋中に響く。

「さっさと食事におし!」

ベットの下から魔法使いとさして年の変わらない少女が顔を出す。

緩やかに腰まで流れる漆黒の髪、整った鼻筋、大きな青い瞳。

色の褪せた白いドレスはレースとリボンに覆われて、重たく床へ続く。

黙っていれば人形のような少女だった。

しかし、彼女は両の腕を腰にあて、寝台にスクッと立つ。

その表情は絶食中の狼か、はたまた、縄張り争い中の虎、

もしくは、西の果てにあるという悪魔の国の魔王の様だった。

「一体、いつまであたしを待たせるつもり?

 あたしの食事より夢の方が大事ってわけ?」

鼓膜を突き破りそうな怒鳴り声である。

魔王という表現は正しいかもしれないと魔法使いは溜息をついた。

足元に落ちた本を拾う。

「申し訳ありません。

 でも、物は大事にしなくちゃダメですよ。あぁ、痛い」

そう言いながら、2人分の食事を取りに階段を降りていく。

背後でもう1度、少女が叫ぶ声がした。

「はいはい、今、持っていきますよ」

飢えた獣ほど手のつけられない物はない。

魔法使いは手馴れた様子で螺旋階段を降りた。

5周ほど回転した所で鉄格子の扉に出会う。

魔法使いは扉の前でポケットから鈴を取り出した。

「食事」

呟くと1回だけ鈴を振る。

リンという澄んだ音と同時に足元から暖かい気配が立ち昇った。

腹の鳴る音が響く。

扉の前に銀の皿に盛られた食事がきっかり2人分、置かれていた。

パンとスープと果物。

パンは香ばしい匂いを放ち、スープからは湯気が立ち昇っていた。

魔法使いはそれらを銀のトレーに乗せて、来た道を戻った。


「アーニャ、食事ですよ」

魔法使いが部屋に戻ると、少女はベットにうつ伏せに寝転がっていた。

トレーを渡すと、彼女は横にある椅子に座るように促す。

魔法使いは言われた通りにした。

部屋にある家具はベットと椅子だけだった。

テーブルも鏡台もなかった。

2つの家具と2人の子どもだけで狭い空間はいっぱいだったのだ。

「あれ?」

椅子へ近寄った魔法使いは、そこに乗せられた本に目を奪われた。

階下へ降りる前にアーニャにぶつけられた本だった。

「あんたの誕生日プレゼントよ」

アーニャは当たり前のことのように言った。

魔法使いは驚いて彼女と本を見比べた。

「あんたがここへ来てから今日で調度7年目よ。忘れてた?」

魔法使いは首を立てに振った。

本当に、そんなことは忘れていた。

「ばか者」

魔女が笑って呟く。

「…ありがとうございます」

魔法使いは礼を言うと本を開いてみた。

改めて見ると、本は随分と古い代物だ。

タイトルページには金の文字で『魔獣の書』と記されていた。

「『魔獣の書』・・・知らないな?」

「あんた、この部屋の本はあらかた読んだでしょ。

 それはあたしの秘蔵本。大事にしなさいよ」

魔法使いは笑った。

アーニャは我侭で乱暴だったが、ちゃんと自分のことをみていてくれる。

毎年、魔法使いに「誕生日」を用意してくれる。

「ありがとうございます。本当に」

笑いながら、いつまでもこの生活が続けばいいのにと思った。

 

また続いてしまいました。無事にエピローグまでいけるのか?

さて、Top詩に登場以来1年。やっと魔法使いの登場です。

まだ魔女の弟子という感じですね。(早く成長してほしいです)

 

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