+  目次 + + 伝言 +

 

+ カインの領国 +

〜時ノ記憶 Bc17〜

  時の流れる夢狭間

はらはらと舞う風ヶ花

「僕を呪ってよいから」と

赤い目をして泣く子ども

その姿さえ夢に化し

流れ消え去る時狭間

 

 

その鏡は1つの魔によって創られた。

目的を達成する為の道具として。

使用者の意のままに世界のあらゆる場所を映し出す魔鏡「幻楼鏡」

キョウは世界を映し出す鏡であり、世界を繋ぐ橋でもある。

掛け橋たる鏡は窓に縁取られ遥か彼方を描く。

それはたった1つのモノを映し出す為に創られた。

たった1つのモノの為に巨大な魔力を授けられた。

創造主が消えた今もなお衰えることのない魔力を。

カインは曇ったまま何も写さない鏡面を見つめる。

「どうして、あんな約束をしたのさ。破魔−」

誰も居ない部屋、誰も聞かない呟き。

声は鈍色の鏡の中へと消えていく。

 

子どもは泣いていた。

小さな生き物の抜け殻を抱いて泣いていた。

手の中から次第に失われていく温もり。

もう開かれることのない赤い目。

その代わりに流れ続ける赤い血。

死んでしまった兎を抱いて子どもは泣く。

「ごめんね、ごめんね、ごめんね…」

繰り返される謝罪の言葉。

後悔はなかったが、涙は止まらなかった。

兎が死んでしまったことが悲しかった。

朽ち果てた古い遺跡で、子どもは兎を屠った。

生きる為に命を屠った。                       

 

そこが祭壇だったことを覚えているものはいない。

植物の生い茂る古い遺跡。

社はとうに朽ち果て、神域は緑の森に飲みこまれた。

植物が繁茂し、ごく稀に鳥や獣が通り過ぎる。

既に人類は滅亡しかかり、同時に彼ら一族も絶えかかっていた。

祭られるべき神は人に忘却され魂だけが静かにまどろむ。

彼は目覚めるはずはなかった。

愚かな人類と共に消滅へ向かうはずだった。

けれども、贄は捧げられた。

封じられた祭壇に広がっていく血の匂い。

闇の色の空気がゆっくりと動き出す。

…さて、手始めに何をしようか。                     

 

「オバケ?」

彼が目覚めて初めに聞いた声は子どもの声だった。

緑の瞳の子どもが1人、祭壇の前にしゃがみこんでいた。

「我を目覚めさせし者、汝の願いをいうがよい」

彼は人間に出会ったときの常套句を告げた。

子どもの手には小さな兎の屍があった。

流れた赤い血がどす黒く変色していた。

それが自分を目覚めさせた贄。

子どもには願いを叶える権利があった。

もちろん、願いに相応しい代償は別に頂く予定だが。

しかし、子どもは目を見開ききょとんとしたまま繰り返した。

「あなた、オバケ?」                            

 

子どもは毎日のように彼に会いにきた。

彼に笑って話しかけた。

自分のこと、家族のこと、世界のこと。

子どもの言葉によって彼は自分達がやりすぎたことを知った。

彼と彼の弟達の悪戯は世界を修復不可能なまでに破壊していた。

最早、人類に再生のみこみはなかった。

それは、すなわち、自分達の滅亡をも意味していた。

彼は辛抱強く時を待った。

子どもはまだ願い事を口にしてはいなかった。

契約は未だ交わされていない。

だから彼は待った。

滅亡の時は緩やかに近づいている。

子どもにとっても、自分にとっても。

 

「助けて!」

子どもは息をきらしながら遺跡へかけこんだ。

額に大きな傷があった。

そこから赤い血がどくどくと流れる。

視界が赤く染め上がっていく。

背中には一回り大きな子どもが背負われていた。

そちらは既に意識がなかった。

少しずつ失われてゆく温もり。

子どもの心を死んでしまった兎が過る。

子どもは恐怖に震えながら叫んだ。

「お願い、助けて!アベルを助けて!」

黒い羽音が静かに響いた。                       

 

一体、いつまで眠ってるんだい?

この生き方を選ばせたのは君なのに。

あの瞬間から君は僕を所有した。

君にとってはほんの退屈凌ぎ。

僕にとっては偶然の幸運。

僕には君の力が必要だった。

だから君に従った。

君の契約に頷いた。

ねぇ、いつまで待たせるのさ。

君が仕掛けたゲームの結末が、もうすぐ始まるよ。

曇った鏡の奥で、何かが淡く発光する。

カインは小さく笑った。                          

 

魔法使いは何処へ行った?…すみません。カインと破魔です。

夏休み企画Stroy編で書いていた原稿です。

余力がないので企画はWard編のみで終わりそうなのでUP。

本当はお話中盤までは書かない予定だったお話です。

+ next + + back +