+ Top + + 伝言 +

+ 木下闇 +

お帰りなさいな お帰りなさいな

小さな小さな迷いの子

早くしないと間に合わなくなる

                
   緑茂る巨木があった。根は地中深くに伸び、幹は届くことのない天を目指す。幾重にも重なる葉が太陽の光を遮り、新緑のカーテンを木陰に落とす。その影から、音楽が聞こえる。  
   木陰では一人の少年が歌をうたっていた。少年は緑色の着物をまとい、同色の帽子をかぶっている。時折、朱い飾り紐が風に揺れる。歌声は高く、言葉は人が聞き取れる物ではなかった。それは、小鳥のさえずりの様であり、木の葉が風にそよぐ音の様でもあった。  
   ふいに少年が顔を上げる。ゆっくりと振り返った。  
   そこには、どこから迷い込んだか、子供が一人いた。まだ幼い5・6歳の男の子である。呆気にとられた様子で少年を見つめている。  
  「どこから来たのだい?」  
  少年は人の言葉で尋ねた。  
  「わかんない。お母さん、知らない?」  
  子供が答える。声に不安と嗚咽が混る。  
  「迷い子か。僕も迷子なんだ。君と同じだね。おいで」  
  少年は優しく微笑して子供を招いた。子供はそれにすがりつく。  
       眼の奥にひどく嬉しそうな鈍い光が宿る。  
   強い風が木の枝を大きく揺らした。辺りがざわめく。  
   風に揺れる飾り紐と少年の唇だけが奇妙に朱い。   
     
   夕刻、もう日も暮れる頃、一人の母親が息子を探して歩いていた。エプロンをしたまだ若い女である。何度も何度も息子の名を呼んで、歩きつづける。けれども、夜になっても答える声はなかった。  
     
どこからともなく歌が聞こえる。
物悲しい歌声は巨木の幹から流れ出ていた。
 
お気をつけなさい お気をつけなさい

緑の木陰と翠の魔物

ここは人の記憶の裂け目

 

懐かしいお話しです。高校生の時に書いた短篇。ホラーのつもりで書いてた。

でも、あんまり恐くないですね。この「緑の子供」は連作詩「水緑幻想詩」に出てます。

 

+ next +