+ 風に降る花 +

細波のような音がする。
真央は鳴り続く拍手を聞きながら、そんなことを考えていた。
仄暗い客席から続く拍手は途切れることなく続いていた。誰も席を立つものはなかった。
永遠に途切れないかに思えるそれに答えるべく、退場して行った役者達が帰ってくる。
一際明るく照らし出された舞台に汗だくになった出演者が勢揃いした。
にこやかに今回の芝居の感想を述べるその人たちは、しかし、同じ衣装を着けていながら
先程まで舞台の上に居た彼らとは確かに違っていた。
先程までの芝居とは違った、現実の彼らだった。
演技は終わり、役者は残り・・・そして、あの舞台に居た彼らは何処へ消えた?
真央は自分を熱に浮かせている彼を探した。
役者の話声とそれに笑う観客の声が耳に届く。
まだ拍手の音は鳴り止まない。
 
細波のような音が続いていた。
まだ途切れないのかと真央は感心した。
この拍手が止むまで出演者たちは何度でも帰って来るのだろうか?
確信犯という言葉が頭に浮かんだ。
観客達は知っていてやっているのかもしれない。
誰もが祭りの終わりを迎えるのが嫌なのだ。
確かめてみようと真央は辺りを見まわした。
そして、気づいた。
音は拍手でも細波でもなかった。
それは木の葉が揺れる音だった。
真央の周りには誰も居なかったし、そこは舞台でもなかった。
柔らかい陽射が真央の身体を照らしている。
首を巡らせると、生い茂る緑の植物とどこまでも遠い空がみえた。
いつくかの白い花弁が、その中を泳いでいる。
左の方には古びた木の縁側がある。
耳をそばだてると、何処かで小さく流れる水の音が聞こえる。
真央は小さな庭に立っていた。
不思議なことに地面が奇妙に近かった。
常時より低い視界に黒い塊が入ってくる。
足だった。
動物の、それも決して大きくないものだった。
つやのある黒光りするような毛が生えていた。
イヌやネコの足に似ている。
どちらかだろうと本体を見るために足を動かした。
黒い足も動いた。
もう1歩動く。
黒い足も動く。
真央が動くと足も動くようだった。
「ぱしゃり」
足が水をたたいた。
面白がって足を動かしていた真央は水溜りに踏みこんでしまっていた。
そこに映った自分を見て驚いた。
映っていたのは猫だった。
1匹の黒猫が水の底にいる。
金色の目が真央を見ている。
白くて長いヒゲが揺れる。
家屋の側から風が吹いてきた。
真央は顔をあげた。
目に砂が入る。
細めた瞳に人影があった。
ひょろりと背の高いが、顔色の悪い、痩せた男が庭先に立っていた。
手には刀を携えている。
どこか遠くを見るような目が自分を映している。
真央も相手を見返す。
刹那。
視線の衝突で小さな火花が起きた。
男の刀が鯉口を切る。
突風が男から噴出す。
真央の小さな躰は風に吹き飛ばされた。
 
ざわざわと、細波の音が耳に届く。
おそるおそる目を開くと、そのは客席だった。
真央はほっと息をつくと、身体の力を抜いた。
手にうっすらと冷たい汗が浮かんでいた。
眠っていたのだろうか?
まさか彼に切られる夢をみるなんて。
真央は苦笑いを浮かべた。
もうカーテンコールは終わったらしい。
役者たちが舞台へ戻ってくる気配はない。
真央は席をたった。
会場出口の扉をくぐり抜ける。
外は5月の柔らかい風が吹いている。
その風に連れられて何枚かの白い花弁が真央の頭上に降り注いだ。

 

「風を継ぐ者」というお芝居を見て考えた話。

が、ほとんど芝居に関係ないですね。

お勉強が嫌いな私は時代の下調べもしてません(汗)

フィクションですから、脅迫状は送らないでください(-_-;)

注意:もちろんお芝居はすっごくよかったです。感動物!

 

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