やがて楽しき【ANNEX】



Part 1「SMAPな日々/その前夜」


その頃、私は大学の論文の仕上げに執りかかっていた…
と言えば聞こえはいいけれど、要は10ヶ月も時間があったにもかかわらず、
提出日の1ヶ月前になっても白紙の原稿用紙を見つめていたわけです。
とりあえず毎日昼過ぎに起きては大学の図書館やら何処やらでせっせと資料を集め
(と言いながら、友達とお茶してる時間の方が長かったんだな。ま、それが楽しかったんだけど)、
夜は左耳にラジオのイヤホンを入れつつ、ワープロ(懐かしいなぁ、東芝RUPO)に向かう日々でした。

確か深夜0時からだったと思うんだけど、『SURF&SNOW』っていうラジオ番組を聴くのが習慣になってて、
その前後の時間もなんとなくラジオを流しながら、ぽちぽちとキーを叩いていたわけです。

なんでこんなツマンナイこと書いてるかというと、
゛私とSMAPの出会いは、いつだったのか?"と考えた時、
思い浮かぶのが、その「ぽちぽちキーを叩いていた」夜だからなのです。
ジャニーズの少年たちが何人かでワヤワヤ喋ってるラジオ番組[※1]
少年隊のヒガシのことは憎からず思っていたものの(当時は“しょうゆ系”とか呼ばれていらっしゃったっけ)、
基本的にアイドルに興味の無かった私は、
「また新しい子供たちが出てきたのねぇ」程度の薄ーい関心度でもって聴き流しておりました。

あぁ、まさか、その数年後、その「子供たち」を目当てに『夢モリ』を見るようになるとは。
さらに、その数年後にはペンライトとウチワをその「子供たち」に向けて振るようになるとは。
当時の私が一瞬でも想像し得たでしょうか?
次に思い出すのは、うちの母。これがまた、ミーハーな人でして。
ある日、彼女が言ったのです。NHKの朝ドラ[※2]に、可愛い男の子が出てるのよ〜。ジャニーズの子なのかしらねぇ?
ゴロちゃん、キミは確かに可愛かったよ。
その時初めて、私の中にひっそりと゛年下のアイドル"というカテゴリが生まれたわけです。

それから『夢モリ』開始前夜までの、私のSMAPに対する認識はどんなものだったか?
正直言って、なんとなく名前を憶えてるのはゴロちゃん1人。
ゴロちゃんと似た雰囲気の子がもう1人いるなぁ…って、
これは木村くん(たぶん、2人とも容姿が正統派アイドルっぽく見えたんで似てると思ってたんでしょう)。
この子って目立ちたがり?って思ってたのが中居くん(後年、心の中で訂正&お詫びしました)。
足が長くて睫毛の長い子ってのが森くんで…えーっと、で、その後が続かなかったんだよね…


※1 どうやら『HI !SMAP』(1988/10〜)という番組だったらしいです。
※2 『青春家族』(1989/4〜)ですね。



【2001/02/11 Greena】

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