特別企画 はらたま、10kmを走る

 

どういった経緯でか、10kmを走らなければならなくなったのである。大変な事態である。
なにしろそんな距離を走り抜いた記憶がない。せいぜい5kmだ。
高校生の頃はバレー部に所属しており、現在もサボりがちではあるがボチボチやっている。が、日常的に走るという行為を行なっていない30歳、果たして大丈夫なのか。

参加するのは奈良県南部にある天川村というところで行われる、その名も「天の川マラソン大会」参加費無料である。
温泉も近くにあるらしい。いい話じゃないか。

ONSEN.JPG - 11,415BYTESこれが温泉。走り終わった後に入ってきました。気持ちよかった。

 

1カ月前〜敵を知る

さて、やると決まったからには勝負に徹するのが私の主義である。これでも結構負けず嫌いなのだ。
そこで今回のメンバーを確認して見る。「敵を知り、己を知れば百戦してなんとやら」である。

メンバー1:後輩NG。今回の仕掛人。陸上競技を経験しており、中長距離が専門。間違いなくメンバー中最強。

メンバー2:先輩OGさん。年齢は確か私と同じ。バレー部のGM(前キャプテン)。レース経験が数回あり、速いはず。それなりのタイムも記録しているようだ。

メンバー3:同期NK。年齢は私より1歳半くらい上だったと思う。
パワー面でメンバー中最強。スタミナもありそうだ。バレー部キャプテン。今回は弱気のコメントが目立つ。

メンバー4:先輩KMさん。年齢は確か32歳。バレー部所属だが、それとは別にアイスホッケーをほぼ毎週やっており、時々ジムにも行っているようだ。日常の運動はメンバーの中で一番多いようだ。最年長だが強気のコメントあり。

メンバー5:後輩YM。年齢は多分28歳。サッカー部所属。なにしろサッカーなのでバレー部よりは走っていそうだ。

メンバー6:私。特記事項無し。

 これはかなりまずいのではないか。客観的に見て最も弱そうなのが私である。英国のブックメーカーに聞いて見ても結論は変わるまい。倍率ドン、さらに倍ではらたまさんに全部である。やけっぱちの大勝負ではないか。
 いつしか健康のための10kmは、私にとってかなり重要な挑戦へと変わっていったのであった。

 

2週間前〜己を知る

 モタモタしている間に2週間が経過してしまった。
 一体なにをやっておるのだ、私は。何かやってみるなら時期的に今ぐらいがラストチャンスだぞ。いいのか走らなくて。走れ。走って己を知るのだ。

 という訳で己の実力を知るために走ることにした。走ってしまえばその時のダメージは数日間残るであろうから、本番までの日数を考えると本当にラストチャンスだ。家からスタートしたとして、10kmとは果たしてどれほどの距離であるのか。車で5km走って、その地点を折り返し地点と設定すればよいだろう。そうだそうだ。そうしよう。

ブロロー。

ブロロー。

結構長いのだね。まだ2kmしか走ってないよ。ん? この信号がちょうど2.5kmじゃないか。ここを折り返しにして5kmに収めたほうが良いかも知れない。いきなり10kmも走ったらなんかヤバそうだし。

 というわけで走りもしないうちからテストコースは5kmに設定されたのであった。なんという根性無しであろうか。
走り終えたらすぐに風呂に入れる様に準備をして、いざ出発。家を出たら緩やかな下り坂が続く。その後川沿いに平坦なコースとなるのだ。

はあはあ。

まだ1kmも走ってないなあ。ちと疲れてきた。

ぜいぜい。

お、折り返し点はまだか。ぜいぜい。

ひゅーひゅー。

い、いかん息が持たん。

ひゅーひゅー。

という訳で約3km地点で歩きを入れてしまったのであった。

 その後息を整えて走り、また歩きを繰り返してゴールである家の玄関に到着したのであった。
タイムはおおよそ24分。歩きが入ってこのタイムということはかなり早い。序盤の走りが私にとって明らかなオーバーペースであったことを示している。そんなまわりくどい表現でなくても、途中で走れなくなったのでそれは明らかであった。

 玄関でしばらく身を横たえてひゅーひゅーとやっていたが、体が冷えてきたので風呂に入ったら目がくらんで倒れそうになった。これは危険だった。


 

1週間前〜できることをやる

 テスト走行を終えて、自身の弱点(呼吸器系統)と限界(多分5km)を知った私は、翌日作戦を練った。勝負に徹するという方針に変わりはない。だが、テスト走行の結果から、体を大事にしなければならないこともまた痛感したのであった。
 Qからは、歩いてしまっては完走とは言わないと釘をさされてしまった。痛いとこつくな。

 まずは方針の転換が必要である。
・歩かず、「完走」すること。これは全体のペース配分を考える上でも重要なことだろう。
・メンバーの中でビリにならない。目指すのは「常勝」ではなく「不敗」である。

以上の基本方針をもとに作戦を立てることにした。
・勝負の相手は先輩Kさんと後輩Yとし、他のメンバーとの勝負を避ける。
 強敵のペースに合わせてしまうと、私の体が持たないことは安易に予想できる。基本方針1に反しないような走りをこころがけよう。
・序盤のペースを抑える
 限られた資源を有効に使うためである。一旦へばるとそこで勝負が終わってしまう。もう一つの勝負は「完走」であるのだ。

さて。レースまでの時間で私に出来ることは何であろうか。
その1、「カーボローディング」である。これはレース前数日間の食事を炭水化物richにし、体内にエネルギーとなる糖分を蓄積することで、持久力を最大限に引き出すという手法である。これだ。これしかない。
その2、情報戦を仕掛ける
他のメンバーに話を振り、状況を窺う。テスト前に隣の奴に「全然勉強できてねえよ、ヤベエよ」とか何とかいいながら自分のペースを掴む様な行為である。

さて本番までの一週間、昼の社員食堂では定食にプラスしてうどんを食べる私であった。もはやこの段階になっては、走ってみても自分の体内から何かが擦りへってしまうだけであろう。そんな浪費はしないのだ。エネルギーを溜めこむのみだ。炭水化物だ。
 そして、レースに参加する予定の他メンバーの様子を伺う。先輩Kさんと後輩Yちゃんはテスト走行を実施していないとのこと。ふっ愚かな。それでは当日のペース配分もままなるまい。
 自分はテスト走行を5kmでやめたくせに、勝手に精神的優位に立ったつもりの私なのだった。

 

レース前〜イベントを楽しむ

 天の川マラソン大会は奈良県天川村主催の参加費無料イベントである。
 通常マラソン大会では参加費がかかるもののようであり、「天の川マラソン大会」が無料であるのはイベントによって村に人を呼んでくる事が目的であるということなのだろう。第6回を迎えるということは、それなりに成果をおさめているものと思われる。
 いよいよ当日、同期Nとともに朝から車で出かける。同じ奈良県とはいえ、天川村は遠い。
朝早くに出かけて山道を車でぐるぐる、ぐるぐる。

 それでも予定よりはかなり早く山間にある天川村に到着。村の案内所で会場がどこか教えてもらう。
 会場は小学校のグラウンドか、広場にイベント用のテントが並んでおり、いかにもといった雰囲気であったが、予想外のものが一つ。

BANNKOKKI.JPG

 万国旗だ。

 嗚呼これでは運動会ではないか。

 さて、受付開始の11時までにはまだ時間がある。あまりに寒いので車の中で時間をつぶす。駐車場にあるテントの中では、ぼたん鍋の仕込みが行われている。寒い。早く食いたい。

 そのうち会社の知り合いメンバーがぼちぼち集まってくる。
女性もいるぞ。5km走るとのこと。よくやるなあ、君。

「でも、走るかどうかまだ迷ってるんですよ」

ここまで来て迷ってるって……。

「風邪気味なのと、二日酔いで」

……。

 参加受付を済ませて記念品とゼッケンを受け取った頃には会場に集まる人の数も増えてきた。ああマラソン大会って感じ。

KINENNHIN.JPG - 63,821BYTES記念品である。ボールペンだ!


 
 レース前にふるまわれたぼたん鍋を2杯食べてしまう。ふー美味しかった。

 

TONNSIRU.JPG - 83,877BYTES本当に美味しかった。寒かったしね。

 

 あーばかばか俺の馬鹿。走る前にこんなに食べる奴があるか。
だって寒かったんですもの、美味しかったし。
何を言っておるか、勝負はどうなったのだ勝負は。

 そうこうしているうちに開会式が始まるということで、グラウンドに並ばされる参加者一同。
 村長に村議会議長といった方々の挨拶の後、何故かオリジナルの変な体操をやらされる。寒かったので、体操をしっかりやってみた。テープかCDが壊れていたようで、同じ動きを何度もやることになり、台の上で見本をやる役目を負った体操のお兄さんも少し困っていた。

 開会宣言の後、いきなり目の前から花火が打ち上げられた。あまりに距離が近く、静かな村を引き裂くような轟音が響いたため、どよめく会場。思わずうおーとかうほほーとかひやーとか声が出てしまった。私同様に轟音にびびる参加者達は、およそ百数十人と推測された。おまけに上空から何かの破片が降ってくる始末。おーこわ。思わず破片を拾いに行ってしまったぜ。

HAHEN.JPG - 153,989BYTES花火ですね。

 あれ?俺って今日は走りに来たんじゃなかったっけ?


 

1周目〜良く覚えていない

 スタートの合図とともに参加者はトラックを周り始めた。いよいよというか、ようやっと走ることにあいなったのである。

 トラックをまず2周してからコースに出るのだ。ボチボチ走りながらメンバーの様子を窺う。
後輩Nはスタート時から前の方におり、こちらはマークするつもりがない。相手になると思っていないからだ。その他メンバーは見える範囲にいる。よしよし予定通り。

 ハアハアしかしこのコースってどんなんだろう、下見なんかしてないからなあ。ハアハアげげっ!なんじゃあこの坂は。
 ヒイヒイどういうことだ。こりゃ走って登るような傾斜ではないぞ。階段があってもおかしくない。
 ゼイゼイやっと登りおえたゼイゼイ今度は砂利道ではないか走りにくいのう。
 ガーンなんじゃあこの下り坂は。わー転ぶ転がる落ちる擦りむく痛いよう。

 いや、実際転倒したわけではないのだが下り坂もまたランナーにとって大きな負担となることが身に染みた。ペース配分なぞあったものではない。全行程の半分以上が急なアップダウンの難コース、素人の私は転倒覚悟で下り坂だけぶっとばす作戦をとった。はっきり言っておすすめ出来無い。危険だ。
 一杯一杯の走りでスタート地点に戻って来る。約5kmのコースを2周しなければならないこの大会なのだった。
 まだ、まだ走らんといかんのですか。もう5kmも、そう5kmも走ったとです。もう充分じゃなかですかあ。
 言ってみてもまだ半分。同じ坂をもう一度走らなければならないのだ。精神的にかなり参る。

2週目〜もっと覚えていない

 2週目に入る時点で私の位置はメンバー内で3番目。予定ではもう1人前にいても良かったのだが、まずまず順調のはずであった。
 もちろん本人はその場で倒れて寝てしまっても良いというほど疲れていた。特に心配されていた呼吸器系統である。要するに息が続かない。吸っても吸っても酸素が足りぬ。

 いっそのこと少し歩いてしまおうかと何度も思ったが、Qとの勝負もある。意地だけが足を運ばせていた。

 7kmあたりの地点で先輩KMさんに抜かれる。給水所で水飲んで復活やと話しかけてくる。ちっ余裕見せてやがる。KMさんはものすごい勢いで私を抜き去った。勝負その1である。この人に負けてはならぬ。
 相変わらず坂の続くコースで必死に追いつくと、KMさんを横目で見ながら我慢比べであった。
 KMさんは色々と話しかけてくる。走りながらだ。余裕かましているというより私に対する揺さぶりであろう。私は全く余裕がないので返事を返すので精一杯であったが、坂を登り下りしているうちにKMさんを再度引き離すことに成功した。策士策に溺れるというやつである。ニヤリ。
 あと1kmと言うところでターゲットを再設定。さっき私を抜いていったどこかのオジイチャンである。このオジイチャンには負けない。そう決めてついて走ることにした。したのだがこのオジイチャンが速い。だめだ。ターゲット変更である。
 今。今私を抜いていったオッチャンにしよう。このオッチャンには負けない。そう決めて走ることにし
 だめだ。ターゲット変更である。
 今、今私を抜いていったジジイにすることに
 おのれジジイ。速いではないかいや私が遅いのだおのれおのれえええ。

 さて瀕死の私がゴールしたのはスタートから50と数分経ってからであった。

 なんだ1時間切ってるじゃないか。喉元過ぎてなんとやらである。目標を達成してしまった私は妙な自信をつけてしまい、レース後もぼたん鍋をおかわりしてしまうのでした。

※体を壊します。普段走っていない人はいきなり走らないようにして下さい。
 レース後、冒頭の温泉に行ったのですが、立ちくらみがして倒れそうでした。

おしまい。

尻切れとんぼ?

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