クリエイな人

 


 クリエイティブな人(以下クリエイな人と略す。エのところで切ると某携帯情報端末の様なことになってしまうのでイのところで切ってみた。特別な意味は無い)になりたいものである。ここでいうクリエイな人とは「他の人では代替のきかない価値を創り出すことができ、それを生業とすることが出来る人」の事である。オリジナリティを感じさせる何かを自分の内面から発生させることが出来、それを生業とすることが出来る人である。アーティストである。この辺りクリエイティブという言葉の本来の意味と異なる部分もあると思うが、他に適当な言葉を思いつかなかった。申し訳ない。
 生業とするからには発生物の価値を他人に認めてもらい、その価値に対して対価を得なければならないのでここのところが難しい。だから誰もがクリエイな人になれる訳ではない。そういうことである。

 私はクリエイな人ではない。私なりに価値をあげていこうとしているつもりであるが、私の価値というものはメーカーの一社員としての知識と経験、ほんの少しの技術といったもので構成されており、これらは同じ様な仕事をしておれば、すぐに手に入るものである。代替えがきく。つまり私のやっておる仕事というものは、私で無くても出来る仕事なのであった。しいていうならプロダクトな人(以下プロダクな人と略す)とでもいおうか。そういうのなのだ。自覚せよ、自分。

 そういったわけで、クリエイな人になれない私であるが、実際にクリエイな人として地位を確立する人はほんの一握りであるのが事実。目指している人や、それを気取っている人はもっと多いと思われるが。せめて何も生み出さない人、ノットプロダクな人にならぬよう、精進するのみである。多くの人はプロダクな人として世の中を支えているのだから。
 そしてプロダクな私はこんな感じの駄文を書き放つことで気分だけクリエイな人っぽくなって楽しむのであった。ちょっぴり悲しくもあるが、今くらいが気楽かも。


 さて、そんな私が外出先から車で帰ってきた時の事。会社の駐車場は試作工場や倉庫の横にあるのでそこに車を停める。
「凄い車ですね」
横にいるST君が言うのだ。見てみると、駐車スペースの横に見たことも無い外車がとまっている。
これはクリエイな人の車だ。間違いない。良い暮らしをしているのである。
そこにいかにもそれらしき格好の人が通りかかったのである。オシャレなコートにマフラー、鼻ヒゲのロマンスグレーなのである。
「あ、あの人ですよ。きっと」
私もそう思う。
 倉庫の中にはスタジオがあり、新商品のカタログ用写真を撮ることになっているのだ。せっかく作った商品、購買意欲をかきたてるような感動的なカタログ写真で行きたいものである。そのためにはクリエイな人の力が必要なのだった。会社の宣伝担当が契約したのであろう。


 私は想像する。
 目の前にいるクリエイな人の仕事っぷりといったら凄いのである。なにしろ生み出したモノに対する評価が低くなってはいかん。厳しい世界なのである。
まずスタジオ内には弟子達がアシスタントとして待機しているのである。弟子達はセッセと機材のセッティングを進めている。

「よし、始めるぞ。おいそこなにやってる早くしろ」

 クリエイな人の指示が飛ぶのである。何度もフラッシュがたかれる。数枚の写真が出来上がった。

「……だめだ!やり直し!」

出来上がった写真は素人目には素晴らしい仕上がりなのだが、クリエイな人は妥協しないのである。

「エッジが効いていない」

言わんとすることは何となく伝わるが、素人には理解できない駄目出しなのだ。

「ぐっと入ってこない。こんなんじゃない」

「パンチが足りない」


「イントロもっと利かしてもっとヘウ゛ィな所から。ぐっと」

言っていることの意味が素人に伝わりにくく、文章としても尻切れ蜻蛉な方がクリエイっぽい。
もっと行っちゃえ。

「もっとストレートに曲げていかないと伝わらないんだよ。浅くかつディープに。」

言葉の意味が矛盾していても良いのだ。それこそクリエイっぽいかも知れない。

「駄目。もっとアップでローして。そう。キメは長ーく。ああ、駄目だ駄目だ」

出来上がった写真は素晴らしいのだ。最初の一枚目から。撮影は数十枚に及び、もはやどれがどれやら見分けがつかぬ。しかし、クリエイな写真家を目指して弟子入りしているアシスタントのA君(仮名)は思うのであった。


 師匠の言葉を理解しないままに作業を続けているが、今の自分は正しいのか。自分にもわかる言葉で指示を出して下さいと師匠にお願いするべきではないか?


 しかしそれを口に出してしまうとクリエイな人への道が完全に閉ざされてしまうのではないか。不安から黙りこんでしまうA君なのであった。
 撮影は深夜に及ぶ。スタッフ一同疲れはてているのである。そしてA君はある誘惑にかられるのだ。


次に仕上がる写真を最初の一枚目とすり替えたら、一体どうなるだろうか?


間違いない。そんなA君は私と同じ、ノットクリエイな人だ。


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