ケイ子さんのこと

 

 いつものようにテレビを見ていた。
いつものニュース番組で毎日のように伝えられている悲しいニュース。
殺人事件があったらしい。被害者の家族が記者会見で何か喋っていた。
僕はそれをいつものように見ながら隣でテレビを見ているケイ子さんに話しかけた。
「悲しいニュースだね」
「そうね。悲しいニュースね」
ケイ子さんは言った。

 ニュースの後、この曜日はドラマを見ることにしている。悲しいテーマを扱ったドラマのはずであったが、どうにも感情移入出来ない。母親役の女優がどうにも下手なのと、子役が上手すぎるところに原因があるような気がする。脚本は良いと思うのだが。

「なんだかわざとらし過ぎて悲しくなれない」

「ドラマを見て無理に悲しい気持ちというものにならないといけないの?」

 ケイ子さんは悲しいという感情を持たない。いや、悲しみだけではなく全ての感情を持たないのだった。人間そっくり(女性を模して)に作られているが、会話機能を持つ家事ロボット(アンドロイドというのか?)なのだ。会話を成り立たせる為に必要な疑似感情を持ってはいるが、あくまで補助的なものだ。先のニュースに対して悲しい、と言ったのは僕の話に調子を合わせたか、ニュースの内容が殺人事件であったという状況から疑似感情を構成した結果だろう。

「そんなことはないよ。出来の良くないドラマを見て、無理に悲しくなった振りをすることは無いんじゃないかな」

「じゃあニュースでも?」

 ケイ子さんは悲しいという感情について多少興味を持っているようだ。
ケイ子さんにも興味という概念は存在する。興味のあるものについては積極的に情報を集めようとするし、興味が無い話題については聞きながしているように感じられる時がある。これにもちゃんとした設計上の理由があるらしい。父から聞いたのだが。
ユーザーと自然な、広がりのある会話を行う為には豊富な知識とある程度の個性が必要となる。そのためには様々な場面で情報を採り入れ、「個性」を作りあげていくことが重要なのだが、人工知能ともなれば扱う情報は膨大なものであるため、全方位に知識を収集していく訳にはいかない。そんなことをすればあっという間に記憶装置の容量をオーバーしてしまう。そこでロボットの「興味」にある程度偏りを持たせ、情報の取捨選択を行う設定をしてあるということらしい。その結果、時間とともに世界で一人(一台?)の個性らしきものが確立されていくように設計されているのだ。
 ケイ子さんは犬や猫よりは魚、野球よりはサッカー、そして人間に興味を持っているようだ。そしてロボットである自己の存在についても。

「ニュースは本当にあった出来事だからね。ドラマとは違うさ」

「でもニュースだからって無理に悲しむ振りをすることは無いと思うわ。同じようにテレビに映ってるし、ニュースに出ていた被害者の家族も、私にはそんなに悲しそうに見えなかった」

「被害者の家族は悲しいに決まってるじゃないか。それを見て僕らも悲しくなるんだよ。ドラマとは違う」

「テレビに移っている時点で現実かどうかの判断は付けられないんじゃない? ニュースも嘘かもよ? それでも悲しくなる?」

「ニュースが全て嘘かどうかなんて誰も考えないよ」

「テレビが本当の話だと言っているから、皆が悲しんでいるから、だから悲しいだなんてバージョンの低い私の疑似感情と対して変わらないんじゃない?」

時々ケイ子さんは妙な事を言う。またバグだろうか。

「悲しい時って人間は涙を流すものなの?」

「流さないときもあるよ」

 言いながら僕は思った。最後に泣いたのはいつだっただろう。よく思い出せない。それほど長いこと泣いていないということか。
ケイ子さんが言う様に、僕は本当に悲しい気持ちになっていないのだろうか。皆が悲しんでいるから悲しくなっているように感じていただけなのだろうか。


 話している間にケイ子さんの動きが急に鈍くなり、そして止まった。これはバグだ。ケイ子さんはシステムにどこか欠陥が生じて、時々自動充電機能が働かなくなる事がある。幾つかパッチ(修正用プログラム)をあててみたが、まだうまく行っていないのだ。
僕は意外に(?)重たいケイ子さんを向かい側にある彼女専用の椅子に座らせた。これはクレードル(と呼ばれる充電用の椅子)である。本来ならバッテリー残量が少なくなったらケイ子さんが自分で椅子に座って充電を行う様になっているはずなのだが。


そのとき玄関のチャイムが鳴った。父が帰宅したのだ。
玄関に行き、カギを開ける。

「お帰り、父さん」

父は部屋の中に入るとまたか、という様な表情をした。

「ケイ子はまた充電しなかったのか」

「うん。なかなか修正もうまく行かなくて」

「まあいい。気長にやるさ。それよりおまえは自分の椅子に座っているんだろうな。ケイ子がこんな調子なんだからしっかりたのむぞ」

「わかってるよ、父さん」

僕は父の言葉に調子を合わせた。

時々父も妙な事を言う。


他の4kコラムへ

はらたまhomeへ