4k41:伝染する

 

 カレーうどんは伝染するという話をご存知だろうか。これはうどん屋さんに行ってカレーうどんを頼んでみたりすると、周りの人たちもつられてカレーうどんを頼んでしまうという現象である。
 これはかなり事実に近いところを突いていると思われ、最近社員食堂で試してみたところ同様の現象を確認することができた。

今回は伝染する話である。

 カレーうどんについて、考えられる原因としてはやはりその匂いの影響であろう。
うどんを食べようかと思った人はまあ間違いなく腹が減っており、そんな人にあのスパイスの匂いは強烈な刺激となるはずである。カレーというものは多くの日本人が支持している人気の高い味であるから、結果「伝染」してしまうのであろう。隣で食べられると猛烈に食べたくなる。同様のものにカップ焼そばなどがある。

さて、今回はカレーの話ではなくて伝染の話であった。

 古来より、あくびも伝染すると伝えられている。
一人があくびをすると隣の一人もついあくび。ああ、うつっちゃったよとか言ったりして。

 ところが賢明な皆様には既にご存知の通り、あれは伝染しているわけではなく、その場があくびを誘発しやすい環境であることが多い。要するにその場所の酸素濃度が低くなり、酸素不足を察知した脳が指令を出して少しでも多くの酸素を採り入れようとする生理的な作用があくびである。
 であるから職場であくびをしている人を見かけても、気合いの問題などといってそのあくびの人を責めてはいけないのである。その部屋が酸素不足になりかけているだけかも知れないではないか。
あくびの人を責めている最中に自分があくびをしてしまうなどという失態を演じてしまう可能性もある。
但しそのあくびの人は前日夜更かしして遊んでいたのかも知れないのであるが。

 さて、今回どうして伝染の話になっているかというと、今乗っている電車で咳が伝染しているのである。
咳が伝染しているのだ。変じゃないか。

それまでの車内は比較的静かであった。この電車は急行だからしばらく止まらないのである。

と、一人の乗客が咳をした。げほおうげほおうげえほおお、てな感じで非常にウェットな感じの咳である。もう少し穏やかにやって頂きたいものである。
んもう、やだなあと思いはするが風邪なのであろうから仕方がない。まあお大事にという感じであったのだが、その時私の隣に立っていた乗客が咳を始めた。ええん、えっええっんん、てな感じで咳払いの延長みたいな咳である。
オトウサン、今の咳、うつったんですか? 風邪?
その時私の後ろに立っていた乗客が咳を始めた。ごおおっふ、ごっふごっふといった感じの比較的ドライな咳である。
こうなると何か車内に勢いのようなものが発生してしまい、次々と乗客は咳をし始めるのであった。
ごっふごっふ、えっええんんん、こふこふ、げえほおお。

 ちょっとおかしいのである。
さっきまで10分ばかりの間、皆静かであったではないか。最初の一人を除けば皆症状はそれほど重くはない。無理して咳をしているようにすら聞こえる。

これがくしゃみであれば理由は思いつく。花粉だ。
車内に花粉が進入してきたとするなら、花粉症の人が次々とくしゃみを始めることもあり得る。
が、花粉症で咳をすることはあるまい。だから花粉ではない。

ああ思いついてしまった。
2番目、3番目、それから以降に咳をしたオトウサン方。あなたたち、ちょっとだけ我慢すれば咳をせずにすむ状態だったでしょう。そこに酷い咳をする人が現れたものだから、なんだか咳を我慢していては損だと、こう思ったでしょう。
3番目以降のオトウサン方、今のうちにやってしまおうと、そう思ったでしょう。
いやいや私はそんなことを考えてはいなかった、そうあなたは言うでしょう。ごもっとも、頭で考えて咳をする人はいませんな。しかし、奥底では考えているはず。
あ、今咳した人。どう考えても切羽詰まった感じじゃなかった。便乗したでしょう。警告。厳重注意。

そんなことを考えながらプチプチとこの文章を書いていると不意に私も何かにむせ込みそうになってしまった。

必死でこらえ、咳をせずに済んだのだが、何だか損しているような気がしないでもない。

文章を書いているうちに咳ブームは去ったようで、また静かな車内に戻った。ふう、やっと終わったか。

しばらくして、ふと「今自分が咳をしてみたらどうなるだろうか」と考えたのだが、どうしようか迷っているうちに目的の駅についてしまった。

今思えば検証してみればよかった。


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