4k44:ホントウのオワリ

 

○月○日
 あの日から何度目かの土砂降り。
 この季節にこれだけの雨は珍しい。今日はひょっとしたら、と思ったらやっぱり起こった。道路を渡ろうとした犬が車にはねられた。ジョンと呼ぶことにする。せめて俺だけでもジョンの事を覚えておいてやろうと考えた。野良犬のようだし。


○月△日
 新学期が始まったようだ。
入学式か? かなり気合いの入った出で立ちの母親に手を引かれ、男の子が道を渡っていく。少し心配になる。自分が入学式の頃はどうだったかと思いだそうとしたが、記憶は薄ぼんやりとしていた。少し寂しくなる。


○月×日
 近所で飼われているらしい犬が電柱にマーキングしていく。
 ここは俺の場所だよ。お前のじゃない。何とか言ってやってくれ、ジョン。


△月○日
 最近ここを通りがかる可愛い娘を発見。ちょっと浮気ぎみかな。
 浮気という言葉にちょっと空しくなる。


△月△日
 あの娘はクミちゃんという名前らしい。名前は普通だが、なかなか笑顔が素敵だ。クミちゃんファンクラブ設立を宣言。会員は俺だけだ。アホか俺は。


△月□日
 自分について考えてみる。
 あの日以前の俺は、今ほど考えることをしなかったのでこの変化に自分でも驚いている。何か考えるのに書くものが無いというのは不便だ。

 もちろん結論出ず。


×月○日
 新入学の男の子は風邪でもひいていたのか、ここ数日見かけなかったので心配していた。
 今日は久しぶりの学校ではしゃいでいる様子。道路には気をつけろよ。


×月△日
 何やら怪しげな霊能力者みたいのが怪しげなお祓いを始めた。
 おいおい周辺住民。こういうのじゃなくて、他にやることあるだろう。まずはいっつも黄色点滅な信号をどうにかしてもらえよ。
 ああ、それが出来ないからお祓いしてるのか。


×月□日
 自分についてまた考える。
 わかってはいるが、認めたくないこと。俺が既に生きていないということ。
 何故俺はここにいるのか。よく言うジバク霊という奴なのだろうが、自分は特に現世に対して未練もないし、誰かに恨みがあるわけでもない。
 実際はジバク霊というより残留思念とでも言おうか、とにかく意識がここにあるというだけの状態。どう定義しようが誰にも知ってはもらえないことなので考えても無駄なことに気づく。
 でも考える事と、この場所を観察すること。他にすることがないのでまた考える。 

 なぜ俺はここに「ある」のか?


□月×日
 昔の彼女(と言っても正式に別れた訳では無く、死に別れ)が男と通りがかった。
 何だか複雑な心境。
 だが特に未練を感じていないことに気づく。

 そう言えば彼女、何て名前だったっけ。


□月△日
 クミちゃん、仲間入り。
 フキンシンだが少し嬉しくなる。いやいや本当は悲しいことだ。
 クミちゃんは原付でここを通りがかったときに車と接触した。見ていてとても悔しかった。何とかしてくれ警察。
 クミちゃん、無事(?)ジバク霊仲間として俺と話をする。
 クミちゃんも特にジバク霊になった原因には心当たりが無いという。誰も恨んでないらしい。
 ジバクという字がわからなくてクミちゃんに聞いてみたが、手元に書くものがない(あっても書けないけど)のでなかなか要領を得ず。
 字を書かなくなって随分経つからか、漢字が思い出せない。まあ、書く必要も無い訳だけど。


□月○日
 またオハライ。
 だからそんなの無駄だって。俺も成仏(?)してないじゃん。それより事故の原因を取り除けよ。
 クミちゃんの事故を俺のせいにされてるようでムカついた。


□月□日
 マニアらしき人間が最近多い。
 この辺りの写真を沢山撮っていく。写るわけ訳ないじゃんとか言いながらも「シェー」とかアホなポーズをとってみる。クミちゃんにもウケた。
 写ったら面白いよな。ジバク霊が「シェー」してんだよ。写っても多分心霊写真としては認められないよな。イメージ違うし。

 でも、ジバク霊は深刻であるものだなんて誰が勝手に決めたんだ?


?月?日
 信号機が新しくなった。横断歩道もついた。
 さすがに2人も死亡者が出ると何とかしてもらえるものらしい。これであの小学生も大丈夫かな。自分たちの死が無駄にならなくて良かったということでクミちゃんと一緒に喜ぶ。

 あれ今日、何月何日だったっけ。


?月?日
 クミちゃん、生きていた頃の事をどんどん忘れているらしい。そういえば俺もそうだ。
 少しずつ自分の意識が薄れていくのを感じる。
 あくまでジバク霊というかザンリュウ思念に過ぎない俺たちにも終わりのトキというのはあるらしい。
 考えてみればあたりまえの事。死んだ人間が皆俺たちみたいになって、永遠に意識を残すんだとしたら、その辺に死んだ人の意識がうじゃうじゃしてるはず。そうでないということは、今の俺にもいつか本当の終わりが来るということだ。

 それに気づいた今、少しだけ寂しくなった。

 ほんの少しだよ。そんなに深刻じゃないって。

 

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