4k45:ある候補者の転落
政治にシラケムードが漂うようになって久しい。というよりは私の記憶にある、この国の「政治」という言葉に対するイメージそのものがかなり昔からシラケている。物心ついた頃には既にシラケていたのではないか。
それは何故かという話になるとそれこそ様々な要因が挙げられるはずであるが、その中の一つとして選挙活動を挙げてみたい。
選挙カーによる名前の連呼、同じ色の服を着たオニイサンオネエサン、パターンの決まった選挙ポスター、ペコペコお辞儀を繰り返すだけの候補者、郵便受けに入ってくるチラシ。
わかっている。私のように投票するだけの立場の人間も明らかに不勉強だ。第一私はまだ候補者の名前を一人も思い出すことができない。どの候補がどんなことをやってくれそうかを調べもしていない。
ふと思った。
私の様な人間が多い現状だからこそ、とにかく顔と名前を印象づける事を中心にした選挙活動が有効になってくるのかも知れない。ある若い候補者をイメージしてみることにする。
私は想像する。
その候補者は若くして政治に目覚め、ボランティアなどを通じて地域の抱える諸問題にもぶつかり、いつしか周囲の仲間から応援されつつ県議選に立候補することになった。
その選挙区は昔から保守系が強く、党からの支援や資金力も豊富なライバルが勢力を誇っていた。
それでも若き候補者に勝算が無い訳ではなかった。最近の政治離れは現体制への批判が主要因であると考える若き候補者は、新鮮なイメージを売りものにして当選を果たし、現在の政治手法を変えていこう、そしてこの地域を住みよいものにしようと燃えていた。
さて、選挙を戦う上ではそれなりの戦略が必要となる。さっそく仲間を集めて対策会議を開くことにした。
ボランティア仲間が中心の若い選挙対策本部である。会議では従来の選挙手法に対する批判的な意見が大勢を占めた。
「選挙カーで住宅地を走りまわって大音量で候補者名を連呼するのはやめよう。かえってイメージを悪くする」
「同じ色の服を着て手を振って頭を下げるだけなんてのはやめよう」
「選挙用のポスターも顔の大写しと名前だけなんてのはやめよう」
第一若き候補者、コネも無ければカネも無い。あるのは地域に対する愛情、そして情熱である。とても従来の選挙戦手法ではカネが持たないと思われた。
選挙対策本部ではある一定の方針が決まった。政策をまず打ち出すこと、その為に安価な方法としてインターネットを利用すること。若くて新鮮、地域を愛する候補者のことを従来とは違う方法でアピールすること。
インターネット上にサイトを開設し、掲示板とチャットを置いた。Web政策討論ができるようにということである。街頭演説は候補者一人で行い、普段着のスタッフがサイトのURLを印刷したビラを配った。
選挙戦が始まって数日。サイトにはほとんど人が訪れた気配がない。街頭演説も反応は今一つである。どうしてだ。候補者に焦りの色が見え始めた。
ライバル候補と比べて露出が少なすぎる、とメンバーの一人が言いだした。従来の手法で攻めてくるベテラン候補者は圧倒的な物量(音量も)でもって住民に名前を印象づけているようだと。
サイトの掲示板も閑古鳥が住み着いており、書き込みもいたずらめいたものか、ひどく挑戦的な質問(他陣営の者か?)がある程度だった。そもそもこの地域で投票行動を起こす住民はオジイチャンオバアチャンが多く、Webにアクセスする機会が少ないのではとも思われた。
選挙対策委員会は方針の変更を余儀なくされた。とにかく目立たなければ土俵にも上がれない。候補者は真っ赤なジャージを着、自転車に名前を大きく書いたのぼりを立てて町を走り、支援メンバーも蛍光色のおそろいブルゾンを着てビラを配り廻る。それまでは音量を控えめにしていた演説時のマイクも騒音規制ギリギリにまで音量を上げた。
投票日前、自分の名前を青筋立てて絶叫する候補者から、地域への愛情、政治への情熱は伝わっただろうか。
地域住民の印象に残ったのは議員のイスに執着する一人の男の姿だけでは無かったか。−追記−
投票日の3日前にこの4kをここまで書いた私は、自分の選挙区にこの候補者そっくりの人物が立候補していることに驚いた
(それまでどんな候補者がいるのか、調べてなかった)。
戸惑いながらも消去法で候補者を決めてみたところ、この若き候補が残ったため、少々抵抗はあったものの投票することにした。後日、この候補は落選したと妻から聞かされた。
実話である。
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