4k47：めーと鳴け
今も昔も私は羊である。
成長がない。そろそろ羊から卒業しても良い頃ではないかと思うのである。かといって今すぐに牧羊犬になることが出来るのであれば、とうになっている。なれないから困るのである。
飲み会があったとしよう。新入社員の歓迎会とか、異動になる人の送別会などが良い。そういう「幹事が必要な」規模の飲み会が行われたとする。
私が所属する部署の男性は特に頼りない羊ばかりであって、会社から一次会会場へ向かう道すら調べておらぬ。
近くにいる別の羊についていくばかりの「特に頼りない羊」である私はノロノロと前にいる羊についていく。
先頭を切って前方10mほどを歩いているのは、NG室長とMY氏である。私は隣を歩く羊、ST君に話しかけた。
「あの二人、妙に自信満々やな」
「いやあ、あの二人が道を知っているとは思えませんよ」
「大丈夫なのか。あの二人についていっても」
「近くにAYさんがいるから大丈夫でしょう」
なるほど。AYさん。牧羊犬である。ちなみに女性である。電車に乗ると私は隣の席に着き、オスの羊2匹に話しかけた。
「NGさん、会場までの道わかるんですか」
「いや、知らん」
「MYさんは」
「僕も知らないんだよね。ははは」
己を棚に上げておくが、全くだらしない羊たちである。
ちなみに私は一次会会場までの地図を画像ファイルにして、胸ポケットに入っている情報端末内に保存してある。であるからして、群れからはぐれるという最悪の状況に至った場合でも、自力で会場に行くことが出来るはずである。もっとも、重度の方向音痴である私は地図を使わずに済むことを強く願っているのだが。
「あんたら道も調べてへんの」
あきれた様に牧羊犬AYさんは言う。何を言われようがこの人を見失っては行けない。4匹の羊が路頭に迷うからである。
「駅はどこだったっけ」
「心斎橋でしたよ。確か」
本当にあきれた羊たちである。駅は心斎橋で良かったようだ。羊たちはゾロゾロと改札を通っていった。
「4番出口ですよ。私にまかせてよ」
歩いているのは8番以降の出口がある方向なのである。出鱈目を言ってはダメですよ。羊MYさん。ニヤニヤしてないで。
そして一行は牧羊犬の指示に従い一次会の店に着くのであった。さて幹事役の人間が予約を取ったのは一次会の店のみである。一次会さえ終われば最低限の幹事業務は終わりである。自分に幹事の順番が廻ってきたときの事を考えれば、幹事には過剰な役割を要求するべきではない。
さらに、勝手な羊ばかりが集まった我が部署は2次会に行くか行かないかもその場になってみないと全く予想できない。そのため、いつしか幹事も2次会の手配をすることがなくなっていたのだ。羊たちの世話は大層疲れる作業なのである。
一次会が終わると店を出た羊達はその辺りにたむろしてメエメエと立ち話を始める。これといってこの後の行動予定は無いのである。皆が皆他の羊が動き出したら動く羊であろうと思われる。
ここに牧羊犬が一匹いれば、ワンと一鳴きすれば羊達はゾロゾロメエメエと二次会会場に向けて移動を始めるはずなのだが。どうだ。誰も牧羊犬にはなろうとしないか。
それもそうだ。こういった場面で牧羊犬になるには存在感と行動力、気の効いた店を選ぶ事が出来る位の情報力を兼ね備えていなければならない。そうでない者がうかつに牧羊犬の役を引き受けようものなら、勝手な羊達は口々に文句を言い出し始めるかも知れない。自分達はついてきただけであるのに。だから今日も私は羊である。せめてついていくのなら文句は言わずにおこうとは思っているが。
飲み会以外の場面ではどうだろうか。羊たちを集団で移動させようとしたときには同様の事態は発生しうる。
旅行に行くとしようか。
仲間内で集合場所と時間を決め、さて出発となるのだが、目的地がどこにあるのかわからない。
そんな馬鹿なと思われるかも知れないが、こういうことはたまにあるのである。メンバー全員が羊であったならば。
「あれ？ 誰も調べて来てなかったのかよ。どうすんだよ」
君もだ。哀れな子羊よ。そうして哀れな子羊達は路頭に迷うのみである。
同期のMWは北海道に行った際、友人と4人ですすきのに繰り出したが、誰も下調べをしてこなかったことが判明したために、しつこい呼び込みのオッサンから逃げるようにスゴスゴと引き上げたという。君の友人も羊であったのか。
一次会が終わり、羊の群れはザワザワしはじめた。
どうやら今回は牧羊犬がいたようだ。酔っぱらったNS課長である。
私も行きたかったが、少々風邪ぎみでもあったため、そこで帰宅の途に着いたのだが、その後どうなったのであろうか。
酔っぱらった牧羊犬は最後まで羊達を誘導できたのであろうか。ま、羊たちも酔っぱらっているはずなので文句は出ないのだろうが。
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