4k52:ばぶりん

 

 

 いつもの通勤ルートをとぼとぼとなぞる私。
 バスを降り、駅の階段を昇っていく途中に、白いナニモノかが落ちている。どうやら鳥類の排泄物であるようだ。
 見上げてみるとなるほど、燕が巣を作っていた。オスだかメスだかわからないが忙しそうに巣を行き来している。燕は至るところに巣を作っており、駅の階段付近は燕の集合住宅と化していた。

 ふと、こいつらは一体何故ここに巣を作ったのか、その理由を聞いてみたくなった。
 他に場所あるんじゃない?

 私は想像する。

 ズボンの前右側ポケットに入れてある携帯型翻訳機(仮に「ピヨリンガル」としておく)を取りだし、電源を入れる。これで小型の鳥類なら大概の種と意志疎通が可能だ。(ニワトリ用「コケリンガル」、アヒル・カモ用「ガーガリンガル」等もあるらしい)

「何故にあなた方はここを居住、子育ての場所として選択したのか」
「比較的安くて通勤にも便利だからだ」
「?! 燕の世界にもそのような住宅事情が?」
「当たり前だ。おまえ達人間が勝手に区画を割り振って自分達の通貨で所有権をやりとりするのは勝手だが、我々にもそれをする権利はあろう」
「それはそうかも知れんが……。」
「安月給でこのような場所にしか住めないのだ。金があれば閑静な住宅街の駐車場のシャッター裏あたりを選ぶ」
「人の家の軒下に巣を作るのに金がいるのか」
「同じ事を言わせるな。元々誰のものでもない土地に勝手に建築物を立てているだけではないか」

「山のほうに洞窟とか無いのか」
「それは一部の連中が別荘にしているのだ」
「甲斐性無しなのだな」
「社宅に住んでいる人間に言われたくはない。お前こそ会社へ行かねばならないのではないか? さっさと行って来い」

燕ごときに怒られてしまうのであった。

 さて、仕事を終えて帰宅する私は例の燕の巣を避けて通った。完全敗北である。フンを頭に投下されてもかなわない。
いや、ここまで正確に翻訳できなくてもよい。喜んでいるのか、怒っているのかがわかる程度でも充分かも知れない。そうだそうしよう。

私は想像しなおす。

 帰宅すると娘が玄関まで迎えに出てきた。1歳半で、今が一番かわいい時期(かつ苦労の多そうな時期)である。うむ。ただいま。とーちゃんだよ。

 最近になって娘は拒否の意思を言葉で表すことが出来るようになった。具体的には「あー」という言葉で拒否の意である。

「なあ、とうちゃんとお風呂入ろうか」
「あー」

「わかった。とうちゃんと遊ぼう」
「あー」

「パクパクしようか」
「デヘヘヘ。パクパク」

この場合、娘は何か食べたかったのだということが判るわけである。

ところが、何やら不満なことがあって泣き出したときなど感情が高ぶると、娘は意思表示をすることができない。

「眠たいのか?ねんねんしようか」
「あー。あー。ぎょええええ」

「わかった。パクパクか。パクパクしようか」
「あー。ぎょええええ。ひーん」

「とうちゃんと遊ぼうか」
「ぎょええぎょえええ。うええええん」

こうなると訳が判らない。
皆さんご存知のあの商品は犬の感情を分析、表示することができる。似たような技術でもって、人間の子供用のものがあってもおかしくはないではないか。

私は想像する。

テーブルの上に「ばぶりんがる(仮称)」の試作品があるのだ。これを試してみるときが来た。

「ぎょえええええ。んぎょえええ」

試作品のスイッチを入れ、液晶画面の表示を読む。そこにはこのような表示が。

『悲しいよう。えーんえーん。』

……。


 

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