4k53:受信しろ

 

 

 私はアンテナの短い男である。

 情報の受信能力が低いという意味である。

「○○さん、結婚すんの?」
「……何今ごろ言ってんだ」
「へ?」

職場では1月前から周知の事実なのである。

困ったことに私のアンテナはごく近くにいる(同じ部署)人同士の結婚情報すら受信することができない。この感度の悪さにしまいには結婚する当人がイライラし始めていたというのだから筋金入りの役たたずっぷりである。

同じく短いアンテナの持ち主であるNS課長と立ち飲み屋にて、

「YMとMYちゃん、結婚したら面白いのになあ」
「そうっすねえ。面白いですけどそりゃ無いっすねえ」

とか何とか言って笑いあっていたその時に二人は既に結婚を決めていたりするのだから困ったオッサンどもである。この二人、YMとMYちゃんというカップルが生まれていた(交際していた)事にすら気づいていなかったのである。結婚を知った時の衝撃といったら無かった。

人間が暗闇を本能的に恐れるのは、そこに何があるかわからないからであろう。アンテナが短く、周辺情報を得ることが出来ない私は、ごく自然な成り行きで疑心暗鬼に陥ることになった。

 YMの結婚では、大層恥ずかしく、悔しい思いをすることになった。同じ過ちは繰り返すまい。
 特に隣の席に座って、仕事の半分以上を私と共同作業で行っているST君、最低限こいつの事は把握しておかなければなるまい。
もしST君の情報を取り損ね、他の人間に先を越される、というか私だけが取り残されたならば、YMの時とは比較にならないほどの恥ずかしさである。注意が必要なのである。

まずはジャブなのである。

「この土日はどっか行ってきたのか」
「いえ別に」
「買い物とか何か」
「いえ別に。何すか」
「いや何でもない」

ST君、某緑色の丸いマークが目印の「泡だったこーひーの店」に良く行っているとの事。それは女性と一緒に行くような場所ではないだろうか。
映画もたまに観に行っているようだ。
だがどちらも場所が天王寺というところが微妙である。うーんどっちなんだ。

このST君。妙に落ち着いているのである。彼も30歳になっているので、特定の彼女がいないのであれば少々オタオタしてみても良さそうなものである。
さてはいるな。既に結婚してたりして。
もう子供がいたりして。

勝手に疑心暗鬼で隠し子疑惑である。

ちょっとカマをかけてみるのである。

「いやあ、生まれたばっかりの子供って夜中でも二時間おきに授乳しなきゃいけないから大変だよねえ」
「そうなんですか」
「でも大概父親ってのは子供が泣いてても平気で寝てたりするから、朝になってから嫁さんに怒られたりするんだよねえ」
「へえそうなんですか」

どうやら隠し子がいるわけではなさそうだ。

今度こそ、同じ思いはするまい。引き続きST君の動向をチェックするのである。

いや、先に知っていたからどうだということは何も無いのだが。
 

他の4kコラムへ

はらたまhomeへ