4k55:寿命価格表(前編)

 

 

 ある日、自宅に封筒が届いた。どこで調べたのか、この手の奴は妙にタイミングが良い。
「あなたの寿命買い取りに伺います。高額査定。奈良県○○地区 担当 鈴木 ○○○-○○○-○○○○」

 しかし、寿命を買い取るとは。一体全体訳がわからない。普通の人間であればタチの悪いイタズラとして一笑に付したであろうものを、しかし私はテーブルの上に置き、しばらく眺めていた。
私は事業に失敗し、借金まみれでどうにも立ちゆかず、今まさに首を吊ろうと思っていたところだったのである。
なに、イタズラであったとしてもどうということはない。人生最後の余興としてみるのもいいかもしれない。
 
 私は受話器を手に取ると、紙に書かれている番号をプッシュしてみた。
数秒の後、この番号は現在使われていない旨のアナウンスが流れた。何のことはない、単なるイタズラだ。
死の間際で追い打ちをかけるようにバカにされた私は、気を取り直して(?)自らの命を絶つ準備にとりかかった。
さてロープをかけ、椅子の上に立ったその時、ドアを叩く音が響いた。
借金取りだろうか。カーテンの隙間から玄関を覗くと、見慣れぬスーツ姿の男が玄関先に立っている。
 男はドアを叩いた。やはり借金取りか。
「お呼びいただきました鈴木です!」

 まさか。電話は通じなかったはず。何故ここに。新手の詐欺か何かだろうか。思い始めて私は首を振る。何、詐欺が今更怖いもんか、男の戯れ言を聞いてみても良いではないか。死ぬのはそれからだ。

 ドアを開けると鈴木と名乗る男は丁寧に頭を下げ、私に名刺を差し出した。
 私は鈴木をリビングに招き入れることにした。

 よくよく見るとくたびれたスーツを着た鈴木と名乗る男はひどく顔色が悪く、紫色と言っても良いくらいだ。目はつり上がっており、耳も何だか尖っている。絵本や何かに出てくる悪魔のような風貌である。
 名刺を見てみると、先ほどの電話番号と名前、肩書きに「悪魔三級」と書かれているだけで、住所も無く、どの団体に属しているかも書かれていない。
 まあ質の悪いイタズラであろう。私は当初の予定通り、人生最後の余興として、鈴木の話を聞くことにした。

 鈴木は天井から下がっているロープを見て「ああ、間にあって良かったです」と言いながら少し笑った。口が大きく、笑うと口が裂けているようにも見える。やはり見た目悪魔っぽい。
「急がないと、ご連絡頂いて駆けつけたときにはお亡くなりになっていた、という事も多いんですよ」
「まあそうだろうな。好きなだけ喋って満足したら帰ってくれ。」
「でも、契約していただいた後で死ぬのはやめて下さいね。契約違反になりますから。疑ってらっしゃるのは良くわかりますが、買い取りは必ず出来ますので明日銀行口座をご確認されてから考えて下さい」
 男は私に念を押すと鞄の中から分厚いファイルを取りだし、なにやらブツブツ言いながら一つの書類を捜し当てると、私に価格表らしきものを見せた。

「随分安いような気がするが……」
「不景気になるとどうしても相場が下がっちゃいますね。お客様の様な方が大勢いらっしゃいますので」
「足元見やがって。悪魔め」
「はい。悪魔ですから」
「そうか。そりゃそうだな」
私たちは少し笑いあった。

結局私は借金を返し、事業に再度チャレンジできる資金を得るためには三十年の寿命を売ることが必要、との鈴木の意見を採用した。契約書へのサインを済ませると鈴木はペコペコと頭を下げながら家を出ていった。
 私は鈴木の言うとおり、その日のうちに死ぬのをやめ、翌日銀行口座を確認することにした。
別に鈴木の言うことを信用したわけではなく、事の顛末がどの様になるのか、それに少し興味が沸いたからであった。死ぬのはイタズラの終わりを確認してからで良い。

 銀行口座を確認した私は、しばらく口をポカンと開けたまま立ちつくすことになった。

 金が振り込まれていた。

 これで人生をやり直す事ができる。何かの間違いでも何でもいい。

私はあわてて金をおろすと、借金の返済をし、事業への再チャレンジを始めた。 

 

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