4k56:寿命価格表(中編)

 

 

 あれから十年、私は事業を成功させ、莫大な金を手に入れることができた。
 世の中結局金だ。金のために汲々として這いずりまわっていたかつての私はもう存在しない。金の無い奴らを利用して商売を続け、弱者から金を巻き上げる快感。膨れ上がっていく財産。私にはもう怖いものは無かった。
金には引力のようなものがあると言うが、これはその通りで、金というものは一旦集まると、そこに他の金が集まってくるようにできているのだと思う。
 貧乏人はよほどの運がない限り、金持ちになることはできない。世の中はそういう風にできている。そして、数少ないチャンスを掴んで逆転したのが私だった。

 しかし、どうしても気になる事が一つ残っていた。鈴木のことである。
 十年前に私に金を振り込み、それ以来姿を現さないあの男。あの出来事は一体なんだったのか。
 私は鈴木と契約し、三十年の寿命を売ったことになっている。まさか本当に私の寿命が縮んだものとも思えないが、鈴木は一体何の目的があって私に金を振り込んだのだろうか。

 ある日、私は風邪をこじらせたため、家で寝込んでいた。滅多に病気をしない頑丈さが自慢の私ではあるが、たまにはこんなこともあるかと思っていた。
 そんな時、鈴木がやってきた。突然家にやってきたのだ。
 私は咳をしながらではあったが、鈴木を家に招き入れることにした。
 ご無沙汰してます、と挨拶しながら渡された名刺には、肩書きに「悪魔二級」と書かれていた。
「申し訳ない。風邪気味のようだ」
「いいえ。私は大丈夫ですから」

鈴木は家の中を見回すと、ご商売はうまく行っているようですね、と少し笑った。口が裂け、赤い舌がチラリと見えた。

「十年前は確かに助かった。何かお礼をしたい。金なら倍にして返してもいいが」

 鈴木は私の金を狙ってやってきたのだろう。昔の恩を高く売るつもりなのだと私は思っていた。
 しかし私は充分すぎるほどの金を手にしていたし、確かに鈴木には助けられているので、ある程度の礼はするつもりであった。
ところが、
「いいえ。あれは契約ですからお礼などは不要です。今日はお知らせとご提案に参りました」
「なんだ。提案って」

「まずはお知らせです。お客様の寿命は契約により短縮されてますので、もうそろそろ何かが起こるかも知れません」
「何かって……」
「お客様の正確な寿命は公表できませんが、もうそろそろであると思っていただいた方がよろしいかと、そういうことでございます」
「……」
「それから、本日参りましたのは、人生の勝利者となられたお客様にのみご案内できるお取り引きのご紹介でございます」
「何だそれは」
鈴木は胸ポケットの中から何やら電子手帳の様な端末を取り出すと、最近は便利になりましてね、などといいながら端末をペンで2、3度操作し、ご覧下さいと言って私に端末の液晶画面を見せた。

価格表だった。

「めちゃくちゃ高いじゃないか」
「お客様にとってはお安い契約内容ではないかと思いますが」

目の前の悪魔は私に命を売ろうとしている。しかもべらぼうに高い。私が築き上げた富を全てフイにしても1年ほどしか買うことが出来ない。

「いや、買うのはやめておく。こんなつまらないことでこれほどの金を出す訳にはいかないな」
「そうですか。残念です」
また鈴木はニヤリと笑ったように見えた。
「それでは、また後日参ります」
「もう来なくてもいいよ」

私は鈴木という男に失望した。もう少し楽しませてくれると思っていたのだが。結局昔の恩を何万倍にもして返させようとしただけではないか。私は鈴木に助けられたとは思っていたが、奴の言っているような、命の売買契約をしたのだとは思っていなかった。十年かけたイタズラか、詐欺のようなものだ。私の中で鈴木の件は綺麗さっぱりと決着した。

しかしそれから数日。風邪は治るどころかこじらせてしまい、肺炎を患った私は入院することになった。おかしい。医者に聞いても要領を得ないし、何だかひどくなっていく一方だ。私は不安になり、ふと鈴木の事を思い出した。

 ひょっこりと病室に鈴木が現れた。

「ご契約いただけますか」
「また足元見やがって。悪魔め」
「ええ。悪魔ですよ」

不安に駆られた私は半年分の寿命を鈴木から買うことにした。

翌朝、肺炎はそれまでが嘘のように完治していた。

 

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