4k57：寿命価格表（後編）
あの男と出会ってから、私にとっての金とは文字どおり自らを助ける命の源泉となった。
無知な貧乏人どもは無計画に私から金を借り、利息を払ってくれる。持つ者と持たざる者の決定的な差を私は感じていた。しかし私には命が足りない。そのためには充分だと思っていた金もまだまだ足りない。
とにかく稼がなければならなかった。半年のうちにありとあらゆる手段でもってさらに巨額の金を捻出し、私は鈴木を呼びつけた。「契約したい。10年分ほどだ」
かしこまりました、と鈴木は端末を取り出す。
「前より高くなっているじゃないか」
「最近はご好評頂いておりまして。相場がかなり上がっております。売りたい、という方が少し減ってますね。今は売りですよ。お客様の場合、あまり残りがございませんが、3日分ほどお売りになりますか」
「悪魔め」
「だから悪魔ですって」
鈴木は大きな口を半開きにしてヒヒヒっと笑った。私には他に選択肢が無かった。
鈴木の提示した価格表に従い、5年分の寿命を買った。
金を稼ぎ続けなければ寿命が尽きてしまう。次の契約の為にある程度元手を残しながらの契約だった。
しかし、これで私は5年間は死ななくて済む。その間に金を稼げば良いことだ。考えてみれば金が続く限り生きていられるということでもある。私は契約に満足していた。
ある日夜中に目を覚ますと、暗い寝室に見知らぬ男が立っていた。
泥棒か。私が目を覚ましたのに気づくと、男は私が寝ているベッドに近づいてきた。
執念に色づけされた、異様に光る目。復讐者の目だ。しかし、こんなものに気押されているようでは私も今の地位を築くことは出来なかった。
「誰だ。お前は」
私は落ち着いたまま、男に問いかけた。
「あんたは俺の顔なんざ覚えてないだろうな。あんたに人生を狂わされた男、とだけ言っておこう。今日は金を奪い返しに来た」
奪い返す、だと。
私は法に触れるギリギリの線で貧乏人どもから金を巻き上げてきた。しかしそれは私の金であり、断じてこの男のものではない。
言いたかったがしかし、私は両手両足を縛られて身動きが取れない。圧倒的に不利な状況だった。
「こんなことをして、ただでは済まんぞ」
寝ている間に薬でも嗅がされたのだろうか。体にも力が入らない。
「あんたには死んでもらう。まあ、俺がやらなくてもいずれ誰かが同じ様なことをやるだろうよ。」
「警察からは逃げきれないと思うが」
「あんたは大勢の人間から恨まれてるからな。すぐ俺に捜査の手が伸びることもないだろう。」
「幾ら欲しいんだ」
「ここにあるだけ貰う。一番欲しいのはあんたの命だ」
男は寝室にガソリンをまくと火を着けて部屋から逃げ去った。くそ。どうすることもできないのか。燃え上がった炎が壁をなめ始め、天井に達しようとしたとき、寝室のドアが開いた。
炎の中に鈴木が立っていた。こちらを見てニヤニヤと笑っている。
「おい。助けてくれ」
鈴木は意外な事を口にした。
「いいえ。私は規則上、直接お客様の命に関わってはならない、という事になっておりますので」
「何を今更。買った命はまだ5年残っているはずだ。ここで私が死んだら契約違反ではないのか」
「契約書を読んでおられないのですか？ 取引はあくまで肉体寿命。不慮の事故や自然災害、戦争などは契約の範囲外ですよ」
「このロープを解いてくれたらまた命を買う。相場より高くてもいい！」鈴木はニヤニヤしながら言った。
「規則に違反してまであなたを助けたとして、今までのように良い取引が出来るかどうかは微妙ですね。あなたはこれまでの人生で1勝1敗、寿命もそれほど残っていない。私にとってはリスクが高い様な気もします」
「そんなことはない。必ず金は稼ぐ。だから助けてくれ」
今にも焼け落ちそうな家の中で、鈴木は汗一つかかずにニヤニヤしたまま、こう言った。「ですから、あなたを助ける訳にはいかないんですよ。今日はそれよりも別の件でお伺いしました。不要になったあなたの寿命を売っていただけませんかね。何でしたら相場よりも少し上積みさせて頂きますよ。」
「……悪魔め！」
「あなたも変わった方ですねえ。最初から悪魔だと言ってるじゃありませんか」鈴木の含み笑いが遠くで聞こえる。
一体今までに寿命は取引されていたのだろうか。単に私は奴から金を受け取り、その何百倍もの金を支払った。それだけなのではなかったか。
少し気になったが、もうどうでも良い。
私は観念して、目を閉じた。はらたまhomeへ