4k58:私のお仕事

 

 

 明日までにこの部屋の床を綺麗に磨いておくこと、という仕事を言い渡されたあなたは20畳ほどの広さを持つ部屋の真ん中に雑巾とバケツを持って立っている。

 すぐに床磨きを始めなければならない。なにしろ納期は明日。あなたは樹脂タイル仕上げの床を硬くしぼった雑巾で拭き始めた。
しかし、あなたはすぐに絶望することになる。樹脂タイルは大層汚れており、ある程度汚れは落ちるものの、新品同様の輝きを放つには至らない。今日の作業だけでは、この樹脂タイルを貼った当時の色に戻すことはできない。
やけになって一カ所だけ、ムキになって力いっぱい擦ってみた。すると困ったことに、かなり力を入れてしつこく一カ所を擦り続けていると、その部分だけは新品同様のタイル表面が現れることがわかってしまった。

 事態は悪化した。

この部屋のタイルは「頑張って磨けば落ちてしまう汚れ(かなり頑張らなければ落ちない汚れ)」で覆われてしまっている。あなたは以下の選択肢から一つを選ぶことになる。

1)納期が優先であると判断して、全体を均一に(頑張れば落ちる汚れは見なかったことにして)仕上げる。
2)仕上がりが優先であると判断して、とにかく綺麗になるまで磨く。納期は延ばす。
3)納期と仕上がりのどちらを優先させるか、上司の判断を仰ぐ。
4)とにかく夜も寝ずに磨き続ける。

 要領の良い人であれば1)を選択することもあるだろうし、職人的なプライドを持った人ならば2)という選択もありえる。だが、サラリーマン的にというか、自分の仕事の範疇はここからここまでだから、それを超える分についてはその役割を持った人にやってもらおう、という考えの持ち主であれば3)を選択するのであろう。
4)はうまく行けば美談となるし、酒の席でちょっとした苦労話というか、自慢話とすることも出来る。尾ひれを付ければ「ぷろじぇくとなんとか」のネタにだってなるかも知れない。

あなたは3)を選択する。そうそう。それが冷静な組織構成員(ここではサラリーマン)の選択であろう。一か八かの選択は決まれば格好良いが、外したときには組織(同じく組織を構成している仲間)に迷惑をかけてしまうスタンドプレーとなってしまう。

 3)を選択したあなたは上司からこう言われてしまう。
「優先順位? 両方だよ。納期を守って仕上がりも綺麗にしてよ」
まあ、当たり前と言えば当たり前の答であった。聞いたあなたの方が馬鹿だったのかも知れない。
あなたは気をとりなおし、ブツブツいいながらも床磨きを再開した。
増員するなり、高性能の床磨き機を導入するなりしてほしいのだが、そんなことは常に上司には訴え続けている。すぐに実現されるようなことでないことはあなた自身が良くわかっている。
あなたに出来ることは、体を壊さない程度に頑張って床を磨き続けることだけだ。

「例えるならこんな感じかな。これで我が部署の業務がどんなものか、わかっていただけたと思う。何か質問はある?」
「いえ。特には無いのですけど、その話で行くと、部屋の仕上がりは汚いままで、何度も手直ししなければならなくなりますよね」
「そうだな。手直ししてるうちに次の部屋を磨かなきゃいけなくなる」
「……」
「はい。説明は以上。ようこそ我が部署へ。まずは休憩してお茶でも飲もうか」

嗚呼。ダメな私。

 

他の4kコラムへ

はらたまhomeへ