4k65:儀式

 

 バッターボックスに入る。

ホームベースをチラと見ながらバットを振り子の様に動かし、その後おおよそ一回転させる。その時ヘッドは投手→ホームベース→捕手と審判→上空の順に向けられる。
バットを垂直に立てたまま右手の拳を投手に向けて突きだし、一睨みする。そのままバットを持つ右腕を動かさずに左手でもって右腕のユニフォームの袖を少し引っ張る。
そしてバットを後退させ、グリップはいつもの位置(左肩のやや後方)へと移動する。バットはこの段階で初めて両手で握られることになる。

 かの天才打者に限らず、一流のスポーツ選手はちょっとしたおまじないというか、自己流の儀式を持っているという。それは自分ルールほどの拘束力を持たないが、日々マイナーチェンジを繰り返しながらあなたの身体にも染み着いているはずである。
 とりあえず面倒なのでこういった動作をまとめて「儀式」と呼んでおく。

 私はゴルフをやらない(幾度か試みたが、どうやら無理らしい)のでわからないのだが、あのスポーツは儀式満載なのではないかと想像する。
他にもラグビーのキックとか、テニスや卓球などのサーブ動作にも「儀式」はゴロゴロしていそうだ。
 どうやら「儀式」が生まれやすい環境として、「同じ動作を繰り返す」、「動作の正確さを要求される」という要因があるように思われる。

私ももちろん「儀式」を持っている。
バレーボールをするときのサーブ動作などはまさしくこれに該当する。
素人スポーツにそんな大げさな、と言われるかもしれないが、侮ることなかれ、「儀式」を怠ると結構大変なことになる。
久しぶりにバレーボールの練習に参加したとしよう(現在長期休養中)、困るのは多分サーブ動作である。

「儀式」の内容を忘れてしまっているのである。

サーブ動作は連続したものなので、手順を確認しながら再現するわけにはいかない。今までの私は動作の合間に仕込んでいた「儀式」によって動作全体の再現性を得ていたのだ。きっと。

コートの外に立つ。ボールを2回パシパシと叩く。あ、えーとこの後で少し腰を屈めて足元を確認して。あれ?いつもより立ち位置が前にあるような。ん?何だかコートが小さく見えるような気がする。ネットも高いような。えい。打ってしまえ。ポコ。

恥をかくのである。

スポーツだけではあるまい。
仕事もそうである。皆様は盆正月など長期の休暇が終わった後で久しぶりに仕事に戻るといわゆる一つの「休みボケ」になってしまっていたという経験をお持ちではないかと思う。
仕事にももっとわかりやすい「儀式」を取り入れることをお薦めしたい。

私の「儀式」を紹介しよう。

ロッカーの前で作業服に着替える。おはようございまーすとか言いながら席に着く。机の上に乗っているノートPCを開き、電源を入れる。
コップ(プーさん)にコーヒーを注ぐ。キャビネットの一番上にある引き出しを開ける。
作業服の胸ポケットに金尺(15cm)を入れる。
作業服の胸ポケットにボールペンを入れる。
作業服の胸ポケットにマジックペンを入れる。
作業服の胸ポケットにシャープペンシルを入れる。
作業服の胸ポケットにカッターナイフを入れる。

これで脳は仕事モードに切り替わるのである。
昼間のパパはちょっと違うのである。

あ。室長、この前頼まれていた書類作成を忘れていたのはマジックペンがどっかに行っちゃったからです。
いやあ、いつもの儀式がうまくいかないと調子狂っちゃって。

一本追加するのに一ヶ月以上かかっているこの「4k」にも儀式の導入が必要か。

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