4k84:行き着く先

 

 

娘を風呂に入れ、夕食とともに発泡酒を楽しみ、少々くつろいだ後に娘の歯を磨き、寝かしつける。
これがほぼ毎日の習慣となっている。
昨晩もそんな1日の終わり方をするはずだったのだが……。

「さあ、今日は誰と『ねんねん』するのかな〜」

歯を磨いてやった後、そう言ってやると娘はすぐさま洗面所を飛び出してリビングへと駆けていった。寝室へ持っていくぬいぐるみを選ぶ為である。

「エルモと〜 アシモくんと〜 マーくんと〜 あれ。マーくんどこいった〜?」

「あったあった。まーくんと〜 もこたんと〜」

ん? 今なんていった。娘よ。

「もこたんもっていこうね〜」

いつの間にか、ぬいぐるみを入れているカゴの中に、ピンク色の、犬ともカバともつかぬ風貌をしたものが入っているのである。

おいモコタン。いつの間に紛れ込んだ。

……。

モコタン、あくまでぬいぐるみの振りをして通すつもりらしい。
時々私の前に現れては勝手な事を話しかけてくるモコタンだが、今回は私に用がある訳ではないのだろうか。私はとりあえず娘と一緒に寝室へ行くことにした。

モコタンごとぬいぐるみを布団の上にばらまく。目覚まし時計とエアコンをセットして布団に横になり、娘に絵本を読んでやる。いつも通りである。枕元にモコタンがいることを除けば。

モコタンのことが気になってはいたが、絵本を少々読んでいるうちに強烈な眠気に襲われ、私はいつしか眠りについてしまっていた。

そして夢を見た。

一人で夕食のテーブルについていた。
リビングには妻も娘の姿も無い。私は夕食を前にして、傍らにある飲料の缶を開けようとしていた。

「雑酒」なのであった。

そう。私は最近「雑酒」に分類される酒を飲んでいる。
350ml缶の中身は、エンドウから抽出されたものを主原料とし、ビール風に、というか発泡酒風にというか、とにかくそういった風味に仕上げられた酒なのである。

ビールが大好きな私ではあるが、小遣いの中から購入している関係上、コストは抑えたい。
特に夏季など量を優先させたい時期に入った場合、私の選択はちょっとした味覚上の優位性よりも量、そしてコストを優先させたくなってしまうというごく自然な流れに乗り、

夏季は500mlの発泡酒をメインとし、もっと欲しくなった時は350mlのビールを続けて飲む

というスタイルに落ち着いていたのであったが、発泡酒の税率も変更され、業界は新たな段階へと進む一つの商品を生み出していた。それがこの「雑酒」。このあたりについては特に詳しい説明はいるまい。とにかく今現在の私は試用期間を経て、

夏季は500mlの発泡酒をメインとし、足りなさそうなときは先に350mlの雑酒を飲んでおき、メインの発泡酒へとつなぐ

というスタイルにシフトしつつあるのであった。

そして夢の中でも私は雑酒を飲んでいた。
味音痴を自称する私でも、ビールと発泡酒を比べればビールの方がおいしいし、発泡酒と雑酒であれば発泡酒の方がおいしいのであった。やはり値段相応ということになるか。
そして夢の中の私は考えるのである。

そのうち、この雑酒にも高い税金がかけられるようになったらどうなるのだろうか。

「気づいたね。はらたまさん」

突然サラダボウルの中からモコタンが出てきたのである。

出たなモコタン。今度は何の用だ。

「今はらたまさんが飲んでいるものは、数年後税率変更されて値上げになるよ」

何。私のささやかな楽しみが。一体どうなるのだ。

「じゃあ、はらたまさんの20年後を見に行こう」

場面は変わるのである。

夕食のテーブルにつき、傍らにあるペットボトルの蓋を開けようとしている初老の男がいる。

20年後の私らしい。
その私を、今の私とモコタンが見ているのである。

どうやら炭酸入りらしい透明の液体をコップに注いでいる20年後の私。
「いやあ。こいつだけが楽しみなんだよなあ」
寂しい独り言を言いつつ液体を美味しそうに飲む20年後の私。

「なんだあれは。サイダーでも飲んでいるのか?」
「違うよはらたまさん。あれは『その他酒類3種』だよ。20年後に一番税率が低いお酒だね」
モコタンの手にはいつの間にか『その他酒類3種』のペットボトルが握られており、私はすすめられるままにそれを口にした。

「ちっとも味が無いじゃないか」
「20年かけて慣れちゃったんだね。はらたまさん」

……。

「20年後のビールは10倍近い価格で高値の花。発泡酒の下に雑酒、さらに『その他酒類1〜3種』があるんだよ。色が透明なのが3種。味が無くても色が付くだけで2種以上になって税率が上がるんだ」

どうしてこんなことに。

「年金の財源に必要だからかな」

おい。そんなこと言って、私の年金はどうなるんだ。

「ほとんど貰えないね」

場面は暗転する。

嗚呼。私の人生って。

がっくりと膝をついたところで目が覚めた。
エアコンのタイマーが切れたらしく、汗だくだ。

枕元にもうモコタンはいなかった。

暑い。

ビールが飲みたくなった。

ああ発泡酒でもいいや。

 

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