4k91:切った。見られた。――勝った?

 

 


どうにも我慢ができなくなったのである。
なにがって、それははっきり書いてしまうと痔の一種と思われるものであり、デキモノの様なものだと思われたのである。
私もついに「ヂヌシ」になってしまったのか。固定資産税とか払わなければならぬか。資産じゃないぞ。なにしろこいつは売れない(あたりまえ)。

いわゆるひとつの「あの出口」の横が腫れている。

立っていても座っていても、寝ていても痛い。自慢にもならないが、人一倍痛みに耐性が無い私である。
スパイにはなれまい。敵に捕まったが最後自白剤など使わずとも、ちょっと痛い事をしてあげるだけで知っている事は全て話してしまうであろう。だって痛いの嫌だし。

そしてとにかく病院なのである。嗚呼ついに、痔で病院なのである。

しかし転勤して来たばかりであるので病院がわからない。急遽出張先から会社の医務室に電話して教えてもらった。これが金曜の話。
帰宅後痛みは増すばかり。こりゃいかん。
翌土曜日に診察を行なっているのは一箇所。朝一番でその病院へ。
妻Qに運転してもらって受付開始時間の30分以上前から病院の駐車場で待つ。
駐車場で待っていると、看護士さん数人(若くて可愛い)が出勤して来た。目が合う。ちと恥ずかしい。

駐車場で待っている人間を見て気を使ってくれたのか、早めに入口を開けてくれた。そこで又看護士さんと目が合う。にっこり笑って貰う。ちと恥ずかしい。

受付にて初診である旨を告げる。

「どうされました?」
「お尻が痛いんです(既に歩き方が変なのでバレバレであると思われるが、聞かれた事には答えなければなるまい)」
「それではこちらの問診表にご記入ください」
「はい(カウンターでそのまま書き始める)」
「……どうぞおかけになってください」
「……いえ、座るのも辛いもんですから」
「あちらに円座(えんざ)がございますのでよろしければどうぞ」

指し示された方向にはドーナツ型のクッションが。
ヂヌシの方々にはおなじみのアレである。

アレに座って(中央部に空間があったとしても、座る時にはやはり痛いと思われるが、勧められたからには座らなければなるまい)、問診表を記入し終わった頃にはすぐに呼び出しがあった。一番乗りで、他に患者がいないのであった。早く治してください先生。

新しい病院で、院長(若い男性)を除くスタッフは全て女性。しかも若い。
はらたま33歳。素敵な女性に囲まれ(いや、実際に囲まれた訳ではないが)、嬉しくなってみたいものである。
――ここが肛門科でさえなければ。

診察を受ける。
せめて女医さんでなかった事に感謝しながら下着をとり、横になる。
先生、一目見て即決。

「ああこれはすぐ切って膿を出しましょう」

その間5秒。素晴らしい。
すぐ切ってください。
その時私は「助かった」と思ったのである。切った方が回復も早かろう。スパイになる為の試練であると。痛みに耐える訓練という奴だろうと。

甘かった。

嘘。今考えた事は嘘です先生。

麻酔という奴は痛みを感じ無いようにする為に打つものであると私は認識していたのです。
先生、麻酔がこんなに痛いってどういうことですか。

術前に、人一倍痛みに弱いのですと伝えてはいたものの、それでは痛くないようにしましょうとはいかないもののようで(あたりまえ)、患部に何度も刺す注射が痛くないはずがないのである。

何かする度に痛い痛いと騒ぐ私を叱るでもなく淡々と手術は進む。

とある私の知人は同様の手術を経験されているが、
「出産時の痛みはこんなもんじゃありませんよ〜」
と、サラっと言われたと聞いた(やはり痛かったらしい)。

いや確かにそうなのだろうが、それを男性に言わないでいただきたい。体験不可能なのであるからして、それを言われたら返事のしようがないのである。

あ、そうそう。どこかで聞いたところによると、出産時にはなにやら脳内で麻薬物質が生成されるらしい。
おおそうだ。今こそその時だ。私の脳よ、なんか出せ。頼む出してくれ。お願い出して。嗚呼駄目やっぱり痛い。

結局手術の間中ずっと痛い痛い言っていたのだった。しまいには気分が悪くなって休ませてもらった(献血などでも前科あり)。血圧まで測られた。

この一件のせいか、私は病院ではすっかりお馴染みの顔となってしまったようで、以後の通院(傷口に詰めたガーゼの交換。これも痛い)時からはなんだか受付嬢(?)もクスクス笑いながらの応対のような気がする(考えすぎ)。すっかり人気者。うきうき。

――ここが肛門科でさえなければ。

さて傷も少しずつ治り始めた先日、妻がテレビの野球中継を見ながら言った。

「ねえ。日ハムに『セギノール』って人がいるでしょう?」
「ああ。いるねえ」

テレビにはちょうど電光掲示板の映像が映っていた。ファイターズの打順が表示されている。

「あれをパっと見た時、『ぼらぎのーる』に見えるんじゃけど(笑)」

……。

いや、私には見えない。
確かに買ったけどな。ぼらぎのーる(意味無かった)。

 

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