網膜剥離


この独り言は、これから網膜剥離の手術を受ける患者さんのために書いている。

2020年9月17日(木)、昼食のため山形県立博物館から外に出たところ、左右の眼が微妙に異なっていることに気づいた。左眼は正常だが、左眼をつぶって右眼を青空に向けると、たくさんの黒っぽい微小な斑点が右眼全体に広がっていて、浮遊しているような感覚であった。翌18日(金)が半数勤務で休日なので、朝一番に金井たかはし眼科で診てもらうと「右眼の網膜が剥離していて、レーザーでは治せないから手術になる。内では手術が出来ないから、紹介状を書く。この足で、すぐに銅町の佐藤眼科医院まで行って下さい」とのことであった。様々な検査を経て、下された診断が『裂孔原性網膜剥離』という病名であった。医者が言うには「緊急手術になりますが、連休に入りますので、早くても来週23日(水)になります。急いで手術しないと、網膜が段々剥がれて来て、失明する恐れがあります」とのことで、他に緊急で網膜剥離の手術が出来る山形大学附属病院に問い合わせをしていただいたのだが、そこも23日(水)になるとの回答であった。しかも、この病院は手術後の療養のため2〜3週間の入院が必要とのことで、日帰り手術で2週間の自宅療養を基本方針とする佐藤眼科医院にお世話になることにした(網膜剥離の手術は、3割負担で約200,000円)。

18日(金)の昼食休憩を挟んで、夕方まで掛かって手術のための検査を終えた。手術日まで朝・昼・夕・寝る前の4回、広範囲抗菌点眼剤日本薬局方レボフロキサシン点眼液0.5%「日新」(遮光保存)を使用した術前点眼が、手術日3日前の20日(日)から始まった。手術まではなるべく動かないように指示されたのだが、翌19日(土)は半数勤務の出勤日で、他の職員に手術をすることになった経緯を説明し、22日(火)秋分の日の年次有給休暇の申請書、及び9月23日(水)〜10月7日(水)の特別休暇願いの申請書を提出する必要があった。また、たまたまAmphibia-Reptiliaから10月2日(火)〆切の査読依頼を受けていて、眼科医院で診てもらった18日(金)の時点で既に7割の査読を終えていたので、これも終わらせ、手術前の22日(火)までに雑誌の査読サイトにアップした。このような悪行がたたったのか、19日(土)の夜には右眼の左半分が見えなくなり、20日(日)の夜には右眼の左側8割が見えなくなった。こうして、右眼の右側だけが薄っすらと見える状態で、手術に臨むことになった。

23日(水)は12:00から佐藤眼科医院銅町クリニックで術前の検査をして、13:00を過ぎた頃にタクシーで美畑町にある佐藤眼科医院の手術センターまで移動した。その日の日帰り手術の患者は全部で10名で、私以外は白内障の手術であった。ある患者は何でも「手術日まで、1ヶ月半ほど待った」とのことで、私の場合は本当に緊急手術だったようである。医者が言うには「この日に、無理矢理ねじ込んだ」とのことで、私の順番は最後であった。最初の患者の手術は15:00を過ぎた頃から始まったのだが、白内障の手術は10分間も掛からないので、17:00を過ぎた頃には私の手術が始まっていた。裂孔原性網膜剥離の手術の場合、白内障の手術がセットになっていて、次に水晶体再建術・増殖性硝子体網膜症手術になる。手術は右眼周辺の局所麻酔で、右眼以外を布で覆い、心電図を取りながら、何をされているのか分からないまま、40分間くらいで終了した。その後、右眼を保護するためのプラスティック眼帯をされ、更に左手首には眼科医の連絡先と医療用ガス注入への注意事項が書かれたリストバンドをされて、病室のベッドで(眼内に医療用ガスが注入されているため)うつ伏せの状態で30分間くらい休み、帰宅した。この日は風呂には入れず、その後も食事・風呂・トイレ以外は、うつ伏せの状態で過ごさなければならず、人生で初めて肩は凝るし、うつ伏せで眠るのが苦痛であった。翌24日(木)は8:30から佐藤眼科医院銅町クリニックで看護師に右眼の眼帯を外された後、術後の検査を受けた。診察は昨日の執刀医で「眼底検査の画像では、網膜が裂けて剥離した部分(黄斑部の近くで、顔の正面から見て10時方向右手側)をレーザーで焼いた跡がしっかりとくっ付いていて、術後の経過は良好。術前の眼底検査で発見できず、手術中に見つかった6時方向の2つの裂け目も、(8方向から光を当てて眼球を見た限りでは)完全にふさがっている。後は如何にしてガスの力で網膜をくっ付けるか、つまり、うつ伏せの状態で2週間を過ごせるかに掛かっている」とのことであった。

手術の翌24日(木)からは右眼への点眼が始まり、広範囲抗菌点眼剤日本薬局方レボフロキサシン点眼液『クラビット点眼液1.5%』(遮光保存)を朝・昼・夕・寝る前の4回、5mlの点眼液がなくなるまで、非ステロイド性抗炎症点眼剤『ブロムフェナクNa点眼液0.1%』を朝・夕の2回、12月まで3カ月間、副腎皮質ホルモン眼耳鼻科用剤『サンベタゾン眼耳鼻科用液0.1%』(遮光保存)を朝・昼・夕・寝る前の4回、9月30日(水)まで1週間、それぞれ5分間隔で点眼する必要があった。手術から5日後の28日(月)は、山形県立中央病院歯科口腔外科に電話を掛け、10月5日(月)14:30の予約を19日(月)14:30に変更してもらった。坂本デンタルオフィスにも電話を掛け、10月6日(火)16:00の予約を20日(火)16:00に変更してもらった。この頃になると右眼が不可思議な状態になって来て、うつ伏せの状態では右眼の周縁だけが僅かに明るく見えていて、中の円盤状の視界は黒っぽく、ぼやけている。頭を左右に振ると、右眼の円盤状の視界もプルプルと揺れ、何とも気持ちが悪い(激しい運動をするなという注意は、成る程そういうことかと、合点が行った次第である)。立った状態では、右眼の上層部分だけが明るく見えていて、下層部分は黒っぽく、ぼやけている。ちょうど、円盤状の視界が下に移動した(つまり、気体の医療用ガスが液体より軽く、上に移動した)ような状態である。問題は、この状態が正常で術後の経過が良好なのか、それとも網膜が剥がれて来ているのか、素人では判断が出来ないということである。手術の次の日の診察時に「どのような状態になると上手く行っているのか?」を尋ねたのだが「見え方は患者によって違う。私は患者ではないので分からない」とのことであった。

うつ伏せの状態を保つことが肝心とのことだが、U型、またはドーナツ型のクッションを顔の下に置くと、首が圧迫され、息が苦しくて目覚めてしまう。右眼の周縁だけが見えていて、中がぼやけている状態は、うつ伏せにして顔を少し右、または左に傾けたときも維持される。これだとクッションがなくても呼吸が可能で、この姿勢をうつ伏せと同じと判断し、クッションを外した。それからは、ぐっすりと眠れるようになった。また、右眼の周縁だけが明るく見えていて、中が暗くぼやけている状態は、立っていても顔を下向きにしていれば維持される。つまり、かなり疲れる姿勢ではあるが、短時間であれば、イスに座って下向きで左眼だけの作業が出来ることが分かった。

手術から8日後の10月1日(木)9:30から、佐藤眼科医院銅町クリニックで、両眼の検査と術後の経過に関する診察を受けた。手術日の翌々日から見られる右眼の下の色素沈着は「手術のときの皮下出血が出て来たもので、放っておけば治る」とのことであった(私は、ステロイド性点眼剤の影響かと思っていた)。うつ伏せの状態で見えている右眼の周縁部分の面積は時間の経過と共に広がり、立った状態で見えている右眼の上層部分の面積は、1日(木)の診察時点で約2/3まで広がっていた。ところが、医者が言うには「見えているところが大きいほど危ない。ガスが少なくなっている証拠で、治療箇所を完全に塞ぐためにも、今後は顔の左側を下にして(顔の正面から見て10時方向右手側の逆の姿勢で)寝て下さい」とのことであった。右眼の、立った状態で見えている部分は、見えているとは言っても視界が歪んでいる。四角い物体は、ちょうど食パンのような形に見える。両眼を開いていても気持ちが悪いので、結局は右眼をつぶって左眼だけで見ることになる。うつ伏せの状態で見えている、右眼の黒っぽい円盤状の視界は、逆に歪みがない。医療用ガスが完全に抜けたとき、右眼の歪んだ視界が元に戻るのか、これからの経過観察になる。

5日(月)には、右眼の黒っぽい円盤状の視界は、うつ伏せの状態では全体の約1/20くらい(主観的には、大豆くらい)の大きさまで減少していた。しかし、相変わらず右眼の見えている視界は歪んだままである。6日(火)、右眼の黒っぽい円盤状の視界は、消えてなくなりそうで、中々なくならない(主観的には、小豆粒くらい)。つまり、医療用ガスは完全には抜けていない。手術から2週間後の10月7日(水)9:30から、佐藤眼科医院銅町クリニックで、術後の経過に関する再診察を受けた。起床した時点で、右眼の黒っぽい円盤状の視界は僅かに残っていたが(主観的には、胡麻粒くらい)、眼科医院に到着した頃には完全に消えていた。両眼の検査(特に多方向からの眼底検査)の後、医者が言うには「右眼の網膜は、形態学的には左眼の網膜と遜色ないくらいまで回復しているが、一度はがれてしまった網膜が完全に元に戻ることはない」とのことであった。形態学的に大丈夫でも、右眼の見えている視界は歪んだままで、文字も歪んで見える。このままでは職場に復帰しても、仕事の大部分(主にデータベースの更新作業と資料貸出の起案書・許可書作成)でノートPCを使用する私の場合、左眼だけの作業になり、仕事にならない。医者の了解のもと後5日間の経過観察をすることになり、元々の休みである11日(日)と12日(月)を除いた9月23日(水)〜10月10日(土)の期間で、診断書を作成してもらった。その後、勤務先の博物館に電話を掛け、7日(水)までの特別休暇を10日(土)まで延長してもらった。「ガスが抜けたので、あおむけで寝て良い。激しい運動をしなければ動いても良い」ということなので、右眼のリハビリを兼ねて、普段の家事(料理、洗い物、洗濯、等々)に戻ることにした。また、左手首のリストバンド(眼科医の連絡先と医療用ガス注入への注意事項が書かれたもの)を看護師にハサミで切ってもらった。

翌8日(木)の朝、右眼の視界は歪んだままであるが、枕をして、あおむけで久しぶりにグッスリと眠ることが出来た。9日(金)、右眼の視界の歪みは前日より僅かに改善されたようであったが、ノートPCモニターの細かい文字は判読不能で、右眼をつぶった左眼だけの作業になり、すぐに疲れてしまう。10日(土)、右眼の視界の歪みは、少しずつではあるが良くなって来ているような気がする。ある程度の大きさの文字であれば、歪んではいるが、なんとか判読できるようになった。しかし、相変わらずノートPCモニターの細かい文字は判読不能で、横文字は波打っている。11日(日)、右眼の視界の歪みは徐々に改善されているようで、ノートPCモニターの細かい横文字は相変わらず歪んで波打っているが、文字の形が少しだけ分かるようになって来た。更に不思議なことに、瞬き(まばたき)をすると、一瞬ではあるが、右眼だけ毛細血管のような網目状の物体が見えるようになった(特に起床直後)。12日(月)、右眼の視界の歪みは良くなっているような気がするが、ノートPCモニターの細かい横文字は相変わらず歪んで波打っていて、物は歪んで2回りも3回りも小さく、細く見えている。瞬きをしたときに一瞬だけ見える右眼の網目状の物体は、更に発達しているように思えた。これが何なのか、どのような原因で見えているのか、少し気掛かりではある(担当医は「分からない」と言っていた)。

13日(火)から勤務で、通常の仕事に戻ることになるが、右眼の視界の歪みは治らず、PC作業は左眼だけでおこなうことになる。これが意外に疲れる。長時間の作業は無理である。自動車の運転は、両眼を合わせた視力がメガネを掛けて0.7あれば可能とのことなので、左眼だけで1.0ある私は運転可能で、これからの毎日を慎重に運転していこうと思っている。14日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、医療用ガスが抜けた後の右眼の回復状態に関する診察を受けた。右眼の視界の歪みは治る気配がなく、相変わらず物は歪んで2回りも3回りも小さく、細く見えている。今回の担当医である医院長が言うには「人によって治りかたは違うので、すぐに治る人もいれば、3ヶ月、6ヶ月と掛かる人もいる。羽角さんの場合は黄斑部まで網膜が剥がれてしまっていたので、気長に治すしかない」とのことで「黄斑部の一歩手前まで剥がれていた」という、別の医者による説明とは異なっているように思われた(佐藤眼科医院には5名の眼科医がいて、今回の担当医で4人目)。夜の目薬をさした後から、右眼が潤んだ状態になって来て、この状態が眠るときまで治らなかったので「まさか白内障が進行したんじゃあるまいな?」と不安を抱えながらベッドに入った。15日(木)、起床したら右眼の潤んだ状態は治っていて、心なしか歪みが改善しているように思えた。しかし、職場に出勤してPCに向かうと、やはり右眼の歪みは改善の兆候すら見えず、右眼をつぶった左眼だけの作業になってしまう。すぐに疲れてしまうので、休み休みの作業になり、どうしても効率が悪い。

16日(金)〜20日(火)も似たようなものだったが、徐々に良くなって来ていると信じて毎日を過ごすしかないようである。また、右眼の視界は長波長が強いようで、朱色が赤く見えている。21日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、右眼の回復状態に関する診察を受けた。医者が言うには「網膜の剥離した箇所はしっかりとくっ付いていて、右眼の度を入れた視力は0.6〜0.7まで回復しているので(元々の矯正視力は1.0)、あと1ヶ月くらい様子を見て、新しい眼鏡を処方するかどうかを決めましょう」とのことで、1ヶ月分に間に合う分量の点眼液(非ステロイド性抗炎症点眼剤『ブロムフェナクNa点眼液0.1%』)を出してもらった。今後は、右眼の波打った歪み、物が2回りも3回りも小さく、細く見えている視界、赤の強い色覚が回復して行く経過を観察することになる。

25日(日)頃から、右眼の波打った歪みと物が2回りも3回りも小さく、細く見えている視界を、脳が勝手に補正して左眼に合わそうとするようになり、かなり異なる左右の視力を無理に同じに見せようとすることに、気分が悪くなることがしばしばであった(いわゆる、ガチャ目状態)。右眼の視界は相変わらず歪んで波打っているが、少しずつでも良くなっていると信じて、毎日を暮らすしかないようである。29日(木)辺りから、脳が左右のガチャ目を無理に均等に見せる処理が活発になって来たようで、右眼が重たく、異常に疲れるようになっている。疲労感が半端ない。11月に入ってからも同じような状況であったが、特に4日(水)辺りからは疲れが取れず、両眼がしばしばするようになり、涙目になって、いくら寝ても寝たりないような感覚に襲われている。この頃になると、右眼は、ある程度の大きさの文字は読み取れるようにはなって来ているのだが、スムージング機能を付けてPCのドット文字を滑らかにする前段階のような、ぎざぎざの文字に見えているのが現状である。15日(日)辺りから、右眼の歪みと波打ちに少し改善の傾向が出て来た。印刷された書面の細かい文字やPCの細かい文字は、相変わらず2回りも3回りも小さく、細く見えているが、波打ちが少なくなって来ているようである。

11月18日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、右眼の回復状態に関する診察を受けた。右眼の視界の歪みは多少なりとも取れて来ているが、物は2回りも3回りも小さく、細く見えている。医者が言うには「網膜の黄斑部はしっかりとくっ付いていて、何の問題もない。右眼の視界が歪むのは仕方のないことで、徐々に良くなって来ているとは思うが、一年単位で気長に治すしかない」とのことであった。やたらと両眼が疲れることを相談すると、医者が言うには「空気が乾燥しているからで、ドライアイ防止にヒアルロン酸が入った目薬を差すと良い」とのことで、角結膜上皮障害治療用点眼剤『ヒアルロン酸Na点眼液0.1%[ニットー]』(朝・昼・夕・寝る前の4回を両眼に点眼)を処方してもらった。右眼の手術をするまでドライアイは経験したことがなく、空気の乾燥のせいという説明に、ちょっとした違和感を覚えたが(私はガチャ目のせいだと思うのだが)、これで疲労感が取れれば御の字である。30日(月)、右眼の視界が歪んで物が2回りも3回りも小さく、細く見えるのは相変わらずで、元に戻る気配も感じられず、ガラス戸や階段の手前では必ず立ち止まって安全を確認するのが日課になってしまっている。いったい、いつになったら普通の生活を取り戻せるのか?

12月に入ってからも同じような状況で、右眼の視界の歪みは多少は取れて来ているのだが、物が2回りも3回りも小さく、細く見えるのは相変わらずであった。12月16日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、右眼の回復状態に関する定期検査と診察を受けた。医者が言うには「右眼は順調に回復していますので、手術から3ヶ月経ちますし、非ステロイド性抗炎症点眼剤『ブロムフェナクNa点眼液0.1%』は、もう使わなくて良いです」とのことで、順調という診断には違和感を覚えたが「徐々に回復することが期待できる」という判断のようであった。ドライアイ防止に、2ヶ月分(5ml×6個)の角結膜上皮障害治療用点眼剤『ヒアルロン酸Na点眼液0.1%[ニットー]』だけ処方してもらった。

2021年1月1日(金)、年が明けても、右眼の歪みと波打ちや、物体が小さく細く見えるという状態は変わらなかった。少しの希望は、これまで2回りも3回りも小さく細く見えていたのが、1回りか2回りくらいに改善されたような気がすることであった。18日(月)、右眼は、物体が相変わらず1回りか2回りくらい小さく細く見えているが、歪みが少なくなっているようで、細かな横文字は波打って小さく見えているのに、何とか判別できるまでになって来ている。2月1日(月)、右目の状態は相変わらずで、物体は1回りか2回りくらい小さく細く見えているが、歪みが少なくなっているのは2週間前と同じであった。ただ、これまでにないくらいドライアイの程度が甚だしくなっていて、角結膜上皮障害治療用点眼剤『ヒアルロン酸Na点眼液0.1%[ニットー]』を点眼しても、すぐに渇きを覚えてしまう。

2月17日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、2ヶ月ぶりに右眼の回復状態に関する診察を受けた。右眼の度を入れた矯正視力は0.9まで回復しているので(左眼の度を入れた矯正視力は1.0)、少しは良くなっているようであるが、相変わらず物体は歪み、1回りか2回りくらい小さく細く見えている。右眼の赤みの強い視界は、正常な色味に戻っている。医者が言うには「完治するまで、一年くらい掛かる」とのことで、最初の「すぐに治る人もいれば、3ヶ月、6ヶ月と掛かる人もいる」という話とは、随分と掛け離れて来ている。「ドライアイ防止に処方された角結膜上皮障害治療用点眼剤『ヒアルロン酸Na点眼液0.1%[ニットー]』が効かず、すぐに乾く」と訴えると、新しく「ドライアイ治療剤ジクアス点眼液3%」を処方してもらった。この点眼液は「涙の成分であるムチンや水分の分泌を促進することで角結膜上皮の障害を改善する」とのことで、ヒアルロン酸を含まない。さて、これでドライアイの症状が改善されれば良いのだが......。

3月17日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、左眼の眼底検査を受けた。右眼の度を入れた矯正視力は1ヶ月前と同じ0.9で、悪くはなっていないが、良くもなっていないようである。相変わらず物体は歪み、1回りくらい小さく細く見えている。医者が言うには「左眼の網膜も、網膜剥離を起こした右眼と同じ箇所が薄くなっていて、もしかしたら左眼も同様に網膜剥離を起こすかもしれない。飛蚊症の症状が現れたら、注意して下さい」とのことであった。

この独り言を2021年4月5日の段階でアップする。右眼が完治することは期待できないが、完治に近い状態まで回復することを願って、今後、回復状況を折に触れてアップして行く予定である。

6月16日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、両眼の眼底検査を受けた。度を入れた矯正視力は、右眼が1.0で、左眼が1.2。2月や3月よりも、視力が上がっていた(体の調子によって、検査結果が良いときもあるらしい)。眼底検査の結果は変わらずで、良くもなく、悪くもないとのこと。医者からは、眼が重く感じることがなければ、ドライアイ改善の目薬をやめてみることを勧められ、今回、目薬は処方されなかった。医者が言うには「歪みを矯正するメガネはない」とのことで、このまま右眼の歪みが続けば、メガネでも矯正不可能とのことであった。

9月15日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、両眼の眼圧・視力・眼底の検査を受けた。網膜剥離の手術からちょうど一年経ったが、眼底検査の結果、右眼の網膜はしっかりとくっ付いているので、何の問題もないとのこと。また、右眼の網膜が剥離した場合、左眼の網膜で薄くなっている部分(網膜格子状変性)から網膜裂孔が形成され、剥離する可能性が高いので、予防的にレーザー光を照射し、変性巣の周りを凝固する治療が必要とのことで、来週、レーザー光凝固術の治療を受けることが決まった。

9月22日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、左眼のレーザー光凝固術の治療を受けた。両眼の眼圧検査後、左眼の瞳孔を開く目薬2種類を10分おきに3回点眼し、強い光を照射して瞳孔を確認。左眼に麻酔液を点眼後、20分くらいしてから、顕微鏡の低倍率の対物レンズのような、レーザー光治療用のレンズを装着し、暗幕を張ってレーザー光照射。レーザー光は、2回に分けて合計132回ほど照射された。レーザー光の照射中は、視界が黄色く見えていた。レーザー光が照射される度に、左眼が重くなって来て、鈍痛とまでは行かないまでも、違和感満載であった。レーザー光照射の1回目と2回目の間、または照射終了後、左眼の視界が赤紫色に染まっていた。照射終了後、抗生物質の目薬を点眼して終了。治療後、しばらくは左目が白く、ぼやけた状態が続いていた。

10月6日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで、両眼の眼圧と視力の検査を受けた。その後、左眼の瞳孔を開く目薬を点眼し、眼底検査を受けた。左眼の網膜格子状変性へのレーザー光凝固術の治療跡は、周囲の白っぽくなった部分が徐々に黒っぽくなって来て、治癒状況は良好とのこと。相変わらず右眼の視界は歪んだままであるが、両眼とも何の問題もないとのことであった。最近、時々、眼が乾くようになって来たので、再びドライアイ改善の目薬(ドライアイ治療剤ジクアス点眼液3%)を処方してもらった。

11月12日(金)、年休を取って眼鏡市場馬見ヶ崎支店に行き、新しいメガネを作ってもらった。担当者に、昨年の9月23日(水)に右眼の網膜剥離の手術をしたことと、右眼の歪んだ視界はメガネでは矯正できないのを理解していることを告げ、検査をしてもらった。担当者が言うには「右眼は視力が戻っていないのではなく、手術で乱視の位置が変わったので、今までのメガネでは見え難くなっている」とのことであった。元から遠近両用のメガネではあったが、右眼ではPCの細かな文字が歪んで見えるので、これまでよりも遠方の視界(レンズ上部)を狭め、近辺の視界(レンズ下部)を広げた「ニコン・エシロール(スマホ快適用レンズ: アイリラックスR50)」を選択し、乱視を矯正したレンズをあつらえた。11月19日(金)、博物館の勤務時間終了後、眼鏡市場馬見ヶ崎支店へ、出来上がったメガネを受け取りに行った。そのメガネを掛けて、車を運転して帰宅したが、これまでより遠方が見え難くなったという認識はなく、近辺の視界が広がったことで、むしろ以前より快適であった。これで少しは仕事が、はかどるかもしれない。

2022年1月5日(水)、博物館の勤務時間終了後、佐藤眼科医院銅町クリニックで診察を受けた。両眼の眼圧検査の後、視力検査。左右ともに矯正視力は1.0。瞳孔を拡げる目薬を両眼に差し、およそ30分後に眼底検査用の写真を撮影した(右眼が真ん中と上下、左眼が真ん中と下の、合計5ヶ所)。これまで、瞳孔を拡げる目薬は、どちらか片方にだけ差していた。瞳孔を拡げると、視界が白っぽくなり、クルマの運転に支障があるからとの配慮であるが、今回は「どうしても両眼の眼底検査が必要」とのことで、これは次の来院を3ヶ月から6ヶ月に延ばすのが目的であった。眼科医の診察では、両眼とも何の問題もなく、順調に回復しているとのことであった。ドライアイ改善のための目薬(ドライアイ治療剤ジクアス点眼液3%)は、なぜか眼が乾かなくなったので、前回の来院で処方された3本が使い切れず(使ったのは、1本と少しだけ)、そのことを告げると、今回は処方されなかった。次の診察は、6ヶ月後である。

7月6日(水)、6ヶ月振りの診察。両眼の眼圧検査の後、視力検査。左眼の矯正視力は1.0のままだが、右眼は若干、落ちて0.9。瞳孔を拡げる目薬で視界が白っぽくなり、クルマの運転に支障を来たすので、瞳孔を拡げる目薬を両眼に差すか、片眼に差すかで検査技師と揉める(眼科医の指示が曖昧なのか、どちらでも良いような聞き方をする)。眼科医の指示で、目薬を右眼にだけ差し、眼底検査用の写真は両眼を撮影することになった(左眼が真ん中と下、右眼が真ん中と下、上、右の、合計6ヶ所)。更に、眼底三次元画像解析用の機械で、左眼と右眼の全体の写真を撮影し、網膜の状態を検査した。眼科医の診察では、現時点で両眼とも問題はなく「右眼の気になる点は、6ヶ月後の次の診察で確認しましょう」とのことであった(ドライアイ改善のための目薬は、処方しないとのこと)。

2023年1月5日(木)、6ヶ月振りの診察。両眼の眼圧検査の後、視力検査。左右の眼の矯正視力は共に1.0で、右眼の視力は半年前の0.9から若干、回復傾向。瞳孔を拡げる目薬で視界が白っぽくなり、クルマの運転に支障を来たすので、瞳孔を拡げる目薬を右眼にだけ差し、眼底検査用の写真は暗室で両眼を撮影(左眼が正面と下、右眼が下と正面、上の合計5ヶ所)。更に、暗室にある眼底三次元画像解析用の機械で、左眼と右眼の全体の写真を(Xの画像マーカーを凝視して)撮影し、網膜の状態を検査した。眼科医の診察では、右眼の剥離した網膜や左眼の薄くなった網膜の手術(レーザー治療)後の経過に、何の問題もないとのことであった。

7月6日(木)、6ヶ月振りの診察。両眼の眼圧検査の後、視力検査。視力検査で待たされる。左右の眼の矯正視力は共に1.0で、半年前と変わらず。瞳孔を拡げる目薬を右眼にだけ差し、待機。混んでいるのか、臨床検査技師が足りていないのか、待機時間が長い(30分くらい)。眼底検査用の写真は、最初に、暗室検査室にある眼底三次元画像解析用の機械で、左眼と右眼の全体の写真を(Xの画像マーカーを凝視して)撮影。次に、同じく暗室検査室で両眼を撮影した(左眼が正面と下、右眼が正面と下、上の合計5ヶ所)。病院なので取り敢えずマスクを着用したが、診察室のドアに「マスクを外さずに診察室へお入りください」とあったので、この病院ではマスクを着用するのがマストと思われる。眼科医の診察では、半年前と同じく、剥離した網膜や薄くなった網膜の手術(レーザー治療)後の経過に、何の問題もないとのことであった。

2024年1月11日(木)、6ヶ月振りの診察。予約時間(9:00)の10分前に行ったのに、予約なしの患者で待合室は既に満席状態。9:20〜両眼の眼圧検査の後、少し待って視力検査。左右の眼の矯正視力は共に1.0だが、右眼は見えたり見えなかったりするので、0.9〜1.0とのこと。3ヶ月くらい前から、右眼が白く濁って見えるようになり、このことを視力検査のとき臨床検査技師に伝えた。暗室検査室にある眼底三次元画像解析用の機械で左眼と右眼の全体の写真を(Xの画像マーカーを凝視して)撮影した後、同じ暗室検査室で眼底検査用に両眼を撮影した(左眼が正面と下、右眼が正面と下、上の合計5ヶ所)。眼科医の診察では、右眼の剥離した網膜や左眼の薄くなった網膜の手術(レーザー治療)後の経過に問題はないが、右眼は後発白内障とのこと。これは、右眼の裂孔原生網膜剥離の手術の前段階としておこなった白内障の手術の際、眼内レンズを入れるために残して来た袋(水晶体嚢)が濁って来るために見づらくなる状態のことで、5分間くらいのYAGレーザー照射手術で簡単に治療できるとのこと。左右の眼の細胞数の検査をおこなった後、後発白内障の手術に関する承諾書を書いて待機。診察から余り時間を置かずに(15分後くらいに)手術をしていただいたが、麻酔をしたとは言え、レーザーを緩和する手術用コンタクトレンズ装着の違和感が半端なかった。今回はレーザー照射の時間が短かったこともあり、レーザー照射後に視界が赤紫色になる現象も僅かの時間(会計を待っている時間)で治まり、飛蚊症のような黒くて細かいゴミが視界を横切る症状も一時的なものであった(右眼の朝夕の点眼用に、非ステロイド性抗炎症点眼剤『ブロムフェナクNa点眼液0.1%』を処方して貰った)。レーザー治療後、駐車場にあるクルマに戻る間にも、後発白内障の症状は消えていた。レーザー治療で、右眼の濁りが簡単に取り除かれたのは朗報だった(右眼の視界の歪みは相変わらずである)。

1月19日(金)、右眼の後発白内障レーザー治療後の経過観察で来院。予約時間(9:00)の4分前に受付。9:23〜両眼の眼圧検査の後、少し待って視力検査。右眼だけの検査で、矯正視力は0.9〜1.0。検査後、瞳孔を開く薬を右眼に点ける。暗室検査室にある初めての検査機器を使用して、右眼だけの検査。今回、増えている検査項目が、レーザー前房蛋白細胞数・屈折検査・角膜曲率で、どうも眼の炎症を検査する機器らしい。眼科医の診察では、右眼に炎症はなく、何の問題もないとのこと。また、非ステロイド性抗炎症点眼剤は、もう点けなくても良く、後発白内障のレーザー治療を一度おこなうと、もう二度と視界が濁ることはないとのこと。これで一安心である。その後、右眼の視界の歪みも急激に解消し、ほぼ元に戻ったようである。


[脚注] 2020年9月23日(水)に裂孔原性網膜剥離の手術を受けて以降、酒は飲んでいない(これは担当医からドクターストップを掛けられたからで、アルコール以外に激しい運動も止められている)。父親も他界し、現在、家族で酒を嗜む人はいないので、お中元やお歳暮などで酒類(ビール、缶酎ハイ、日本酒、焼酎、ウイスキー、等々)を寄越さないで欲しい。酒のツマミも要らない。出来れば、野菜ジュースや豆乳飲料などがベスト。
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