系統分類学は予定外!?


私は1983〜1985年に、東北・北関東一円にわたる19個体群からトウホクサンショウウオの成体を採集し、形質傾斜・地理的変異の研究をおこなった(Hasumi and Iwasawa, 1987a; Hasumi and Iwasawa, 1987b; Hasumi and Iwasawa, 1988; Hasumi and Iwasawa, 1993)。だが、これは予定外の研究であった。

当時の私は、サンショウウオ科の種の生活史、特に繁殖移動の至近要因に興味があった。そこで研究室に配属される直前の学部生3年のとき、卒論でやりたいことを詳細に書いて、指導教官に予定していた教授にレポートを提出した。ところがレポートを添削した(?)教授の言葉は「これは卒論のテーマではありませんよ。これが全部やれるんでしたら博士論文になりますよ(1)。卒論は一年で結果の出るものにして下さい」という、私の期待に反するものであった。

そのため当時、問題になっていた「トウホクサンショウウオに似た形質を有するが、それが本種の地理的変異の範疇に入るのかどうか判断できない、新潟県青海町の個体群(現在のハクバサンショウウオ)」の分類学的地位を明らかにすることを目的に、指導教官から与えられたテーマが、前述のトウホクサンショウウオの地理的変異の研究であった。でも、これも一年で結果の出るテーマではなかった(2)。とにかく繁殖水域からは、成体が発見できないのである。まさに「卵嚢は多数あれど成体はいない」という状況で、一年目に成体を採集することができたのは、訪れた場所の半分にも満たなかった。

これは二年目に勝負を掛けるしかない。一年目の気象データを引っぱり出し、雪が融ける直前の時期をにらんで、何度も何度も現地に足を運んだ。青森県五所川原市の個体群の場合は「積雪が深くて山に入ることすらできず、そのまま新潟に引き返した(往復1000km)」という苦い経験がある(それでも少ししか成体が採集できなかった)。そうこうするうちに、二年目は面白いように成体が採れるようになったのだが、それでも個体群間を比較するには匹数が足りなかった。結局、クロサンショウウオの飼育と並行して、三年目もトウホクサンショウウオの個体群巡りが続いてしまったのである。

トウホクサンショウウオの形質傾斜・地理的変異の研究をおこなったことは、その後のクロサンショウウオの生理生態学的な研究や、現在の繁殖生態学・行動生態学・進化生態学の研究にプラスに働いているとは思う。しかし専門分野を180度、方向転換するというのは、以前のテーマで学術論文を書くことを考えた場合、かなりの負担であった(3)。結局、後肢骨の構成に関する地理的変異の論文を手掛けることができたのは、博士論文を提出した後であった。

[脚注]
(1) 学部生3年のときに提出したレポートに沿って進めていった研究が、こうして私の博士論文になった。手元にある若干のコメント付きレポートを読み返してみると、研究に対する指導教官の当時の考え方が、現在の私の考え方と似ていることに驚いてしまう。彼が退官するまで、彼の研究室に所属した私の11年間という年月は、余りにも長い。なにが彼の考え方をこんなにも変えてしまったのか、私には知る由もないが、大学院に博士後期課程を設置したことが、そもそもの間違いの始まりだったのかもしれない(他山の石とせねば......)。しかも、私が、その博士後期課程の大学院生としては飛び抜けて学術論文を生産していたことが、彼の思惑を狂わせてしまったのかもしれない。つまり、彼には「これだけ論文を書いていれば、羽角君の就職の世話をしてやる必要がない」という、これまで博士後期課程の大学院生を持ったことのない研究者特有の勝手な思い込みがあって、その思い込みが、その後の私の研究者人生に多大なる悪影響をおよぼしてしまったということである。
(2) 系統分類学専門の研究室が聞いたら、腰を抜かしそうなくらい安易な、研究テーマの設定であった。
(3) 学術論文を書かないでやる研究(もどき)ほど、気楽な商売はない。


Copyright 2002 Masato Hasumi, Dr. Sci. All rights reserved.
| Top Page |