下宿が古いだけあって、あちこち隙間だらけで、部屋には色々な動物が住み着いている。普段よく見かけるのはハエトリグモ(jumping spider)で、これは特別な巣を造らず、文字通り跳ぶように歩く。動作が可愛いので、好きな動物のひとつである。厄介なのはカツオブシムシ(たぶんヒメマルカツオブシムシ)で、俵形で毛むくじゃらの2〜3mmの大きさの幼虫と、テントウムシを地味な色彩にしたような成虫がごろごろしている。幼虫は大事な衣類を食い荒らし、穴を開けるので、見つけたら直ぐに退治する必要がある。
部屋に頻繁に出現するのはムカデで、大きいもので15cm内外、小さいものでも7〜8cmの大きさがある。これが壁やカーテンを垂直に這い回り、さらには畳の上を這っているのだからゾッとする。下宿の屋根や外壁が腐っているのだろうと思っている(1)。これら以外には、10mmはあろうかと思われるシミに遭遇する機会が多く、たまにはゲジゲジ、チャバネゴキブリ、ハエ、さらにはミツバチも侵入してくる。
また夜中に明かりを点けた部屋で、薄茶色をした野生のハツカネズミが流しと壁の隙間から登場し、私と目が合うと隠れてしまうというシチュエーションが少なくない。以前、TVで「リング」というホラー番組を見ている最中に登場したときは、さすがの私もちょっと肝を冷やしてしまった。このネズミ君、明かりを消して暗闇になると時々、高さ44cmもあるスチール製のゴミ箱の中に侵入してゴミをかじるので、部屋にゴミが置けなくて困っている。
季節感あふれるところでは、夏になるとドウガネブイブイなどの甲虫類、薮蚊、蛾といった、おきまりの動物が頻繁に、部屋に飛び込んでくるようになる。夏は暑いので窓もドアも開けっ放しで寝ていて、明け方に胸に妙な圧迫感があるので目覚めたら、美しい顔立ちの雌ネコが胸の上に乗って、すやすやと眠っていたこともある(これが可愛い女の子なら大歓迎なのだが......)。秋になるとカマドウマ、エンマコオロギ、キリギリス、等々が、どこからともなく現れて、部屋をにぎわしてくれる。
このように、たくさんの動物に囲まれて暮らすことができ、私は本当に幸せである(2)!?
[脚注]
(1) スベリヒユという、畑に生える雑草がある。これを山形の人間は「ヒョウ」と呼び、おひたしにして食べる習慣がある。辛子醤油で食べると美味しい。ちょうどジュンサイやオクラのようなヌルヌル感があり、昔は一種のごちそうであった。私が小学校低学年だった頃の山形の実家は(周りの家も多くがそうだったのだが)、藁葺き(わらぶき)屋根で、家の中には大黒柱と土間があり、天井には梁(はり)が露出して煤(すす)で真っ黒というボロ屋だった。たぶん小学校1年生の頃だったと思う。ある日の夕食でヒョウのおひたしを食べていたとき、天井からぽとりと何かが落ちてきて、おひたしの中に入ってしまった。見るとヤスデであった。なにぶんにも子供のことである。それ以来、ヒョウのおひたしが食べられなくなり、再び食べられるようになったのは、それから10数年が経過した成人後のことであった。
(2) 私が動物学者でなかったら、また私に余分なお金があったら、とっくに引っ越しているに違いない。