日本の有尾両生類研究のレベルとは?


研究概要の項で少し触れたが、私がクロサンショウウオの繁殖生態の研究を開始した1985年頃まで、サンショウウオ科の種の生態に関しては、批判に耐え得る基礎的なデータ(学術論文が書けるという意味でのデータ)がほとんどなかった(1)。唯一、トウキョウサンショウウオの個体群生態に関する研究が、草野保博士(東京都立大学)によって遂行されていたに過ぎない(トウキョウサンショウウオ研究会)。それまでは、佐藤井岐雄博士(広島大学)の手による戦前の記念碑的な、しかも分類が主体で生態には僅かに言及しただけの研究が、あるにはあったわけだから「サンショウウオ科の種に関する生態学的な研究には、戦後40年の長きにわたって、厳然たる空白期間が存在した」と言うのが妥当かもしれない。その間に、有尾両生類研究の本場である米国では、特色ある様々な研究が展開されてきた。

当時、まだ純粋で他人を疑うことを知らなかった私は、自らの理想と夢である「日本の爬虫両棲類学、特にサンショウウオ科の種に関する研究の遅れを取り戻す」という思いを口にし、毎日の研究にいそしんでいた。ところが私の思いに理解を示していたはずの周りの人々が「恐いもの知らず」とか「出来るわけがない」とか「大言壮語」とか、陰で中傷しているのを知るに連れ、いつの間にか、そのことを口にするのを止めてしまった。自らの理想と夢を深く胸にしまい、そのような輩には堅く心を閉ざして、何を言われても、また何をされても(どんな嫌がらせを受けても)辛抱強く、今日まで生きてきた。でも、そろそろ公言しても大丈夫だろう。サンショウウオ科の種で、生態学的な研究の基礎が確立され、それが発展段階に入っていることは、現在ではもう明らかである(2)。

しかしながら私の印象からすると、その研究レベルは、種によってまちまちである。米国の研究レベルに「追い付き追い越せ」と頑張っている種もあれば(例えばクロサンショウウオやトウキョウサンショウウオなど)、戦前の研究から一歩も出ていない種もある。全体を見渡せば、新世紀を迎えた時点で、漸く1980年代の米国のそれに追い付いただけなのかもしれない(およそ10数年分の開きがあると言える)。本格的な研究は、日本ではまだ始まったばかりであり、一人の研究者が研究に費やす時間と労力とには、限界があることも確かである。また残念ながらサンショウウオ科の種に限定して言えば、これまでの論文には(それが学術論文であっても)他の研究との比較がなされていない、独りよがりの、ほとんど学術論文の体を成していないものが多いと思う。ちゃんとした学術論文を書いて、世に問うことを、切に願っている。それには、なあなあで審査する日本人の悪い癖を、改める必要があるのかもしれない。

サンショウウオ科の種に関する研究を、皆さんも「本格的に」始めてみませんか?

[脚注]
(1) どちらかというと、当初は生理生態学的な研究を目指したのだが、それを生態学だと認めてくれる人は少なかった(1)。そのため「私の研究を生態学だと認めてもらうことが先決だ」と考え、その後「繁殖生態学・行動生態学へと専門分野をシフトしていった」というのが、私の研究遍歴である。
(2) 特定の動物種には、その研究を「本格的に(学術論文が書ける、という意味で)」手掛けた者にしか分からないものがある。そこに研究の難しさがある。特に、非繁殖期に陸域に生息するサンショウウオの成体は、その取り扱いが、卵や幼生より格段に難しい(繁殖期に水域に産出された卵嚢の取り扱いは難しくないし、水域で発育する幼生の取り扱いは誰でも簡単に出来る)。だから「サンショウウオの成体を取り扱ったことがない者に、サンショウウオのことを語る資格はない」と言っても過言ではない。

[脚注の脚注]
(1) 例えば、ある人のD論発表会で「生理生態学的な」質問をしたときも、まともに答えてもらえず、助けを求められた指導教官からも「あなたは内分泌学的に考えていて、こちらは生態学的に考えている」という、訳の分からない答えしか返ってこなかった経験がある。


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