もちろん、ちゃんとしたメディアは、本文中で「ホームページ(HP)」と書いてからHPを使っている。そのことに反論の余地はない。でも、読者が真っ先に目をやるのは『見出し』である。メディアが「見出しは簡潔に」という意図で略語を使うのは理解できるが、いきなりHPでは、読者には何のことか分からない。
こういう勝手な略語の使い方は、混乱を招く元である。私なんかはHPと聞けば、真っ先に「ヒューレットパッカード社(Hewlett Packard: 米国のプリンタを中心とするPC周辺機器メーカー)」を思い浮かべる。
小学館ランダムハウス英和大辞典パーソナル版によると、HPと略すのが確実なのは次の4点の単語であるらしい(High Power, High Pressure, High Priest, Horsepower)。でも、日本人には余り馴染みのある単語ではないので、これらをHPと略されても、すぐには思い浮かばないだろう。
私たち研究者に馴染みがある略語は「高速液体クロマトグラフィー(HPLC: High-Performance Liquid Chromatography)」だとは思うが、HPLCのHPだけで「高速(High-Performance)」に相当する単語が分かる人は、多くないのかもしれない。
HPという他の略語としては、近年のウインタースポーツの流行りでメディアをにぎわせているものに「ハーフパイプ(Half Pipe: スノーボード競技の種目のひとつ)」がある(冬場は、こちらを目にする機会のほうが多いかもしれない)。また、アイドルが好きな人であれば「モーニング娘。」を中心とする「つんく」企画の「ハロープロジェクト(Hello Project)」が、真っ先に思い浮かぶに違いない。
このように、ただHPと書かれても、何の略なのか想像すら出来ないものが少なくない。そのため「略語は総称を書いてから使うのが常識(1)」という見解は当然として「メディアは見出しに略語を使うべきではない」とも言えるのではないだろうか?
[脚注]
(1) 行動生態学や進化生態学では、ESSという略語を目にする機会も多いことだろう。この略語は、一般に「進化的に安定な戦略(Evolutionarily Stable Strategy)」に対して使われる。また「進化的に安定な状態(Evolutionarily Stable State)」を指す場合は、ESSではなく、ESStという略語が使われるのが普通である。そのため「ESStになる戦略をESSと呼ぶから、少なくともESStとESSは区別しておく必要がある」という見解が根強く残っている。その一方で「三文字の略語は五万とあり、例えばESSは英会話の略語としても定着している。きちんと総称を書いて使えば、進化的に安定な状態をESSと略しても問題はない」という意見もある。