理想の論文とは?


「20年後、30年後、ひいては50年後に引用されるような論文を書きたい」と常に思っている。

自然科学の研究分野で、流行を追うのは簡単なことなのかもしれない。国家プロジェクトのような重点研究領域ともなれば、何億何千万円という単位の多大なる研究資金を獲得できるから、そこには研究者がこぞって参入しようとする。でも、こういった最先端と称される研究分野では、論文の寿命が短いことも確かである。10年もてば良いほうだろう。私の知り合いの研究者の中には「10年以内に発行された論文しか引用しない」と豪語する輩もいる。猫も杓子も右にならえといった、このような一元的な価値観の下では、天文学的な数の論文が取捨選択された結果「気付いたときには何も残らなかった。いったい私の研究者人生は何だったのだろう」ということにもなりかねない。そのような喪失感を、私は恐れている。

しかしながら私は、このように述べることで、研究者が最先端の研究を目指すことを否定しているわけではない。何か面白いことが分かったから、皆でわあっと集まって、それをとことんまで突き詰めてやろうと考えるのは、しごく当然の衝動である。でも最初の「何か面白いことが分かる」ということ(これまで誰も知らなかった現象を発見したり、これまで誰も考え付かなかった概念を提唱したりすること)のほうが、これからの学問の発展に貢献できる可能性は、よっぽど高いのではないだろうか。それが自然科学の本質であり、自然科学発展の基本動因(イノベーション)だと思う。

はやりすたりの多い世の中で、最後まで生き残る論文は、このような新しい現象や概念を盛り込んだ「基本文献」だけである。そう、私は信じている。


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