羽角正人: 湿原のキタサンショウウオ. キタサンショウウオ生息地の開発に関する問題点. 温根内通信(釧路湿原国立公園温根内ビジターセンターニュースレター) 50: 3, 1996年8月.
湿原のキタサンショウウオ

キタサンショウウオ生息地の開発に関する問題点

 1987年に釧路湿原の多くは湿原周辺の丘陵地を含め、日本で28番目の国立公園として認可されました。ここは26,861ヘクタールの面積を持つ広大な公園です。なかでも釧路管内鶴居村温根内の築堤北側は特別保護区の指定を受け、開発が制限されています。釧路湿原最大のキタサンショウウオの生息地はこの保護区にあり、法の下に守られています。ところが他の大部分の生息地は国立公園を外れたところにあり、開発の影響を受けています。例えば、かつての最大の生息地であった釧路市北斗・音羽地区は、牧草地として開発されました。このとき本種は釧路市の天然記念物として文化財保護指定を受けており、この地区の開発に当たって市は何らかの対策を立てる必要がありました。そこで1986〜1990年の5年間で、国立公園内にある北斗遺跡公園に雄成体66匹、雌成体150匹、卵嚢2140対の移植がおこなわれました(ここは元々、本種の生息が確認されていないところです)。現在では毎年、ここに30〜40対の卵嚢が産出されるようになりました。
 一方、私は国立公園外にある釧路市大楽毛(おたのしけ)地区で、昨年の4月からキタサンショウウオの調査をおこなっています。残念なことに、ここでも、湿原を東西に横切る形で自動車道(釧路新道)の建設計画が進行しています。それに伴い、昨年と今年の繁殖期に、大楽毛のキタサンショウウオを北斗遺跡公園に移植するという行為がありました(実際には、卵嚢の一部を移植しただけに終わったようです)。これは生物学を理解していない愚かな行為です。なぜなら、同じキタサンショウウオでも北斗・音羽地区に生息していたグループは、大楽毛地区に生息するグループとは互いに遺伝子の交流がない別々の「個体群」と考えられるからです。この二重の移植のせいで個体群間の遺伝子は交雑してしまうでしょう。当のキタサンショウウオでははっきりしませんが、遺伝子が表現形として目に見える形になった好例に、モリアオガエルの背中の斑紋があります。このカエルでは個体群によって斑紋があったり、なかったりします。新潟地方では斑紋がないはずでしたが、10年ほど前に斑紋のある個体が数匹、発見されたことがあります。これは、新潟大学の医学部に新しく着任した某教授が、前任地の金沢から新潟に持ち込んだ個体であることが判明しました(この教授はカエル好きの医者として、某医学雑誌に証拠写真付きで紹介されていました)。
 自然交雑と違って、自然界には存在しない個体群を人間が作り出すという行為(二重の移植)は、保護の名を借りた自然破壊以外のなにものでもありません。このような移植の是非を、さあ、皆さんも考えてみて下さい。

羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)


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