羽角正人: 湿原のキタサンショウウオ. キタサンショウウオは池の水深を目安に産卵場所を選択する. 温根内通信(釧路湿原国立公園温根内ビジターセンターニュースレター) 52: 3, 1996年10月.
湿原のキタサンショウウオ

キタサンショウウオは池の水深を目安に産卵場所を選択する

 釧路湿原では、キタサンショウウオの成体は繁殖期(4月中旬〜5月上旬頃)に池へ入り、一日のうちで辺りが暗くなる夕方頃から産卵を開始します。産卵の様式は体外受精で、一匹の雌が産出した一対の卵嚢に複数の雄が精液をかけます。卵嚢は池の水表面に近いところで、枯れたスゲ類の茎や葉に付着して産み出されます。それでは、どのような場所に卵嚢が産出されているのでしょうか。
 湿原にある池は、池と言っても一つの区切られた空間ではなく、谷地坊主の間にある幾つかの連続した水たまりの総称です。繁殖期に池を上から眺めると、あちらこちらに多数の卵嚢が見られます。でも上から眺めていただけでは、卵嚢が産み出されている場所が一体どんなところなのかは分かりません。そこで大楽毛(おたのしけ)の湿原で、1995年の繁殖期が終了した後に、池を50×13.5mの範囲で50cm毎に区画し、全部で2700プロットの水深を調べました(もちろん、測定値は繁殖期の水深をもとに補正してあります)。
 2700プロットのうち、1995年と1996年の二年間で産卵に利用されたのは79プロットで、これらの水深の平均は39.5cm(標準偏差=11.4)でした。つまり、卵嚢の多くは28.1〜50.9cmの水深を持つプロットに産出されていたことになります。次に、この範囲の水深で産卵に利用されなかったプロットを解析し、比較検討しました。その結果、キタサンショウウオの繁殖には、37cm前後の水深が1.5m四方に広がった場所が必要なことが分かりました。
 翻って考えると、キタサンショウウオの繁殖のために造られた人工の池では、どのように水深が設定されたのでしょうか。牧草地として開発された釧路市の北斗・音羽地区から北斗遺跡公園に雄成体66匹、雌成体150匹、卵嚢2140対の移植がおこなわれたのは1986〜1990年のことでした。しかし、産出されている卵嚢数は毎年30〜40対に過ぎません。移植が成功していない原因の一つは、池の水深が1mもの深さで造られたことにあるようです。実際問題として、池の大きさは誰が、どんなデータをもとに決めたのか、はっきりしません。釧路市は池を早急に造り直すべきです。この提言の背景を、さあ、皆さんも考えてみて下さい。

 今月号で「湿原のキタサンショウウオ」の連載開始から、ちょうど一年になります。この連載は「原稿料がない」「研究業績として扱われない」「読者からの反応がない」の、ないないづくしでした。はっきり言って、私には何のメリットもありません。それだけならまだしも、デメリットばかりが目立ち、特に未発表の情報が他の研究者に利用される恐れがありました。ここに一年を振り返り、これ以上の連載を続ける勇気が私にはありません。今回をもって連載を終了させていただきます。長らくの御愛顧、有り難うございました。

羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)


*1995年から1997年までの3年分のデータを基に解析し直し、キタサンショウウオの産卵に要求される水深を「40cm前後」と結論付けた(低層湿原の地勢図)。
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