「小型のテレメータ」は、有尾両生類の行動圏の解析には唯一のベストな方法です。但しテレメータは、動物の行動に影響を与えない重さにする必要があります。一般には「体重の10%未満」と言われています。テレメータの重さは殆どがバッテリーの重さですから、太陽電池にして重さを軽減することも可能かもしれませんが(かえって重くなるような気もしますが......)、夜行性や、そうでなくても土の中に潜ってしまう有尾両生類には、この方法は適用できないでしょう。他には、繁殖水域で個体をマーキングし、どれくらい離れたところで再捕獲できるかを調べる「標識再捕獲法」もありますが(基本的にはテレメトリーと同じ)、拡散範囲が広いので現実的ではありません。また、有尾両生類のマーキングには指切り法が多用されますが、指の再生等の問題もあり、最近の米国ではPITというタグを使用するようです。
「有尾両生類の行動圏は分かっていない」というのが現状です。しかし行動圏が分からなくても、生まれ育った水域へと戻って来る回帰本能が、彼らに備わっていることを考慮すれば「有尾両生類の多くで、個体群間の遺伝的交流はほとんどない」と思って差し支えないでしょう。但し、変態上陸後に移動分散した幼体の全てが、生まれ育った水域に戻ってくるかどうかは、どの種でも、ほとんど解明されておりません。「もし個体群間で遺伝的交流があるとすれば、ここら辺りが最大のポイントになるのだろう」と、私は考えています。従って、○○さんの「(行動圏が)個体群を存続させる上で重要なファクター」という認識は、極めて正確だと思います。
まず「縄張り(territory)」と「行動圏(home range)」を区別し、それから陸棲であるプレトドン科のサンショウウオが「排他的行動圏(exclusive home range): いわゆる縄張り」を持つことを理解して下さい。それには確かに縄張りフェロモンが関係していて、彼らが匂いに敏感であるだろうことは、ご指摘の通りです。しかし、嗅覚が発達していることが、回帰本能に結び付くわけではありません。サケに見られる生殖回帰だって、河川の入口までは太陽コンパスで、そこから母なる川の匂いが彼らを生まれ故郷へと導く(と考えられている)のですから......。
>この点は、絶滅の危機に瀕している個体群を保全管理する上で、特に重要であると思います。個体群存続を目的とした場合、他の個体群と交流が有るのと無いのでは、その絶滅の可能性に大きな違いが生じるはずです。たとえば人為的・天災的攪乱が生じた場合など、個体群の復元を待つ(或いは人為的におこなう)場合に、他個体群を減少してしまった個体群の供給源に設定できる可能性が出てきます。
有尾両生類の生殖回帰は、本能と言うと語弊があるのかもしれませんが、彼らが生まれ育った繁殖水域を「記憶」しているからこそ起こるものです。この点はサケと同じでしょう。但し、有尾両生類では「(なぜではなく)どのようにして繁殖水域に帰ってくるのか?」という点については、諸説まちまちです。キタサンショウウオの繁殖移動個体は、繁殖水域に向かってダイレクトに移動していることが分かりましたから、彼らをナビゲートする何らかの環境要因が存在するはずです。彼らは夜に移動しますから、星を目印に定位している可能性が考えられますが、この時期の釧路湿原は濃霧に覆われて星はほとんど見えませんし、起伏の激しい移動ルートを考慮すると、彼らが視覚に頼っているようにも思えません。「サンショウウオは方位の確定に局所的な匂いのパターンを用いる」という嗅覚説が一般的ですが、水辺に向かって移動している北米産のブチイモリ(Notophthalmus viridescens)は、視覚系とリンクした地磁気反応を示します。有尾両生類ではありませんが「5%硝酸銀で鼻の粘膜にダメージを与えたアズマヒキガエルでは、繁殖池に到達できる個体がほとんどいない」という嗅覚説を支持する論文もあります。この研究では、彼らをナビゲートするのは池からの匂いではなく、移動ルートの匂いであることが分かっています。また、北米産のアンビストーマ属やタリカ属のサンショウウオでは、繁殖移動個体は同じルートで繁殖エリアを出入りします。
以上のことから分かるように「生息地と少し離れた場所に産卵に適した場所が存在」したとしても、そこに繁殖移動個体(=成体)が移るということは考えられません(幼体の一部が移動分散した結果、定着する可能性はありますが......)。しかし、洪水や台風などの天災的撹乱が生じた場合には、成体が他の場所で定着する可能性も否定できません。実際問題としてキタサンショウウオでは、釧路川上流にある本来の生息地から流されてきたと思われる個体群が、下流の河川敷(釧路市愛国地区)で定着しています(ここも道路建設などの開発による影響を受けているようです)。このことからも「両生類では、洪水や台風などの天災的撹乱が、個体群間の遺伝的交流に重要な役割を果たしている」と、私は考えています。でも「他個体群を減少してしまった個体群の供給源に設定」だけはしないで下さい。各地域個体群は独立した存在ですから、他から個体が移植された個体群内では、遺伝的固有性が撹乱される恐れがあります(遺伝的に明らかに異質な集団でも、見た目には区別できません)。「命名規約上、同じ学名が付けられた生物集団でも、"locality"が異なれば、生物学的には別物」ということを忘れないで下さい。
有尾両生類では、彼らの生息地が何らかの障壁で分断された場合、繁殖水域を含むエリア(A)と、そうでないエリア(B)とに分かれるはずです。(A)が個体群の行動圏と同一であれば問題はないわけですが、行動圏が(B)まで広がっている場合、そこに取り残された個体は繁殖が不可能になります。この場合、(B)に「産卵に適した場所が存在」すれば、そこでの繁殖は可能でしょう。その結果、別々に繁殖がおこなわれるようになれば、(A)個体群と(B)個体群とで遺伝的固有性の確立が進み、極端な話、何万年か経てば別種に分化するかもしれません。
ということで「元々同一の個体群であったものが、人為的破壊によって分断・孤立化している場合に、(回廊などで)隣り合った生息地どうしを結合すべき」というのは、オオイタサンショウウオの生息地に、人為的破壊による分断が将来的に生じた場合の話でしょうか? それとも現在、そのような場所が具体的に存在するのでしょうか? たぶん、これが○○さんの研究で明らかにされることなのかもしれません。しかし、その場合でも「個体群の分断・孤立化が人為的撹乱によるものかどうか」を、一体どうやって証明するのでしょう?
基本的には私も○○さんの考えに賛成ですが「サンショウウオは方位の確定に局所的な匂いのパターンを用いる」という嗅覚説が正しければ、いったん分断されてしまった個体群どうしを回廊でつないでも、意味はないわけです。元々の繁殖水域を含まないエリア(B)に個体が取り残された場合、新しく回廊を造ってエリア(A)とつないでも、それらの個体は繁殖水域には戻って来れないでしょう。更に、(B)に産卵に適した場所が存在し、そこで個体が定着して繁殖を繰り返してしまった場合、(A)と(B)の2つの個体群間の行動圏が新しく造られた回廊によって重なることはあっても、繁殖はそれぞれの水域で別々におこなわれるでしょう。この点は、どのようにクリアするつもりですか?
○○さんの「嗅覚の記憶は後天的なもののはずですから、幼生段階で回廊にあたる繁殖池に放してやれば、そこから拡散していく」というのは、ご指摘の通りですが、別に手間の掛かる「幼生」でやる必要はありません。胚の段階で「卵嚢」を移せば、済む問題です。移植先の池では胚発生が進行し、孵化後、充分に生育した幼生は、変態上陸して幼体となり、それから移動拡散していきます。そのときに記憶した移動ルートを使用して、性的に成熟した個体は繁殖池に戻ると推察されます。移植先が生息地そのものになるわけですから「放流された幼生は、変態してから(本来の)生息地に戻っていく」ことは、考えなくてもよいわけです。
○○さんの回答で未だ状況を把握できていないのですが「(宅地造成で孤立させてしまった)この生息地は、他の個体群の生息地と連続的な環境であった」という件は「だから人工的な建造物(この場合は道路)で生息地と繁殖水域が分断され、近いうちに絶滅するのは目に見えている個体群を、元々連続的な環境であった他の個体群に移すべきだ」と読み取れます。そこで「2つの個体群の由来を遺伝子解析によって明らかにし、両者に遺伝的な差異が見つからなければ、その計画を実行に移すことで、当の個体群を絶滅の危機から救えるのではないか」と考え、本研究をおこなった。このように解釈して宜しいのでしょうか?
>「卵嚢......」と書いた時点で、少し気になるところが出てきました。先ほどは「卵嚢で問題なかろう」と思っていたのですが、移植する場合は遺伝的多様性を保持するのが目的ですから、ほとんど同じ遺伝的性質を持った多数の個体を移植する卵嚢移植は問題があるように思えてきました。
>先生は、移植については否定的な見方をされているみたいですが、遺伝的問題を考慮した移植も、やはりダメですか?
遺伝的問題を考慮した上で、卵嚢を移植するか、幼生を移植するかという問題で「ほとんど同じ遺伝的性質を持った多数の個体を移植する卵嚢移植」と書かれましたが、オオイタサンショウウオの繁殖行動がどのようなものか、明らかになっているのでしょうか? 現在、私の手元にそのような文献がないものですから、産卵・放精を雌雄一対一でおこなうのか、それとも1匹のメスに複数のオスが関与するのか、見当が付きません。この種の水生型のオスの体形はクロサンショウウオのそれと似ていますから、両種は同じような繁殖戦略を採ることが示唆されます。クロサンショウウオでは1匹のメスに複数のオスが群がり、卵嚢を奪い合ってサンショウウオの団子、メーティングボールを形成します。オスの数は多いときで10匹を越えます。繁殖水域で縄張りを形成しない種では繁殖戦略が似かよっていますから、オオイタサンショウウオの産卵・放精がこれと同じようなものであるのならば、1匹のメスが産出した卵嚢中の卵には多数のオスの精子が掛かり、遺伝的性質は多様性に富んでいるはずです。
オオイタサンショウウオの繁殖行動を記載した文献が見つかりました。それによると、1匹のメスに数匹のオス(3〜4匹)が関与するようです。なにぶんにも30年前の古い記録なので、内容には不満が残りますが(データが量的なものでない等)、これをみる限り、卵嚢移植に問題はなさそうです。
卵嚢を移植する場合の個体の生存率ですが、その個体群を過不足なく維持するには、まず卵嚢中の卵数を知る必要があります。仮に1対の卵嚢中に100個の卵があったとしましょう。1匹のメスが、一生に7回の繁殖をおこなえば、総産出卵数は700個になります(これは「4歳で性成熟に達し、10歳まで繁殖可能」と仮定した場合の話です)。雌雄の性比を1対1として計算すると(実際にはオスのほうがメスよりも性成熟に達する年齢が速い場合が多く、性比はオスのほうに少し片寄ります)、700個の卵から2匹が成体になればよいわけです。自然界はこれほど単純ではありませんが、この計算では卵からの生存率が約0.28%あれば、その個体群は維持できるわけです(ここでは成体の生存率は無視しています)。このくらいの生存率で大丈夫なわけですから、卵嚢を移すのも、幼生を移すのも、私には一緒のように思えます。
また「ここは確実に、腹違いの幼生を一定数だけ放したほうが良さそうな気が」ということですが、池にいる幼生が腹違いかどうかを調べるのは至難の業です。従って「実験室で孵化させた幼生を放す」ことが、幼生移植の必要条件になります。
(追記): これまで調査されたトウキョウサンショウウオの幾つかの個体群では、幼生時代(特に孵化直後)の死亡率が高く、変態上陸するまで生き残る個体は、平均で5%程度しかいない。そのためトウキョウサンショウウオでは「卵嚢を移植するよりも、ある程度の大きさまで飼育した幼生を放すほうが、歩留まりがいい」という話である。
オオイタサンショウウオの1対の卵嚢に200個前後の卵は、多いと思います。この数は宮崎県下の個体群の場合でしょうか? 手元にある文献では60個〜140個が普通らしいですから(私が100個として計算した理由)、これは「南の方の個体群が数多くの卵を産む(小卵多産)」ということでしょうか?
>すいません、確かに多すぎです。今年カウントしたとき「だいたい1本に80〜100個くらい」と記憶していたので、何気なく使ってしまいました。大分県産の卵嚢1対に含まれる卵数は、平均144.4個(89〜221)だそうです。
オオイタサンショウウオの人工飼育で気になる点があるのですが、17年、或いはそれ以上に生きた個体は毎年、繁殖しているのでしょうか? 私は「サンショウウオを飼育している」という方を何人も知っていますが、繁殖できている例をほとんど知りません。次世代に子孫を残すことが、サンショウウオも含めた野生動物に課せられた使命ですから、繁殖を伴わなければ、それは飼育とは言えません。ただペットとして生きているだけの「生ける屍」です。ご存知のように、サケは一生に一度だけ繁殖して死にますが、繁殖できなかった個体は生き長らえます。これは野生の動物では一般的なことですから(私が「10歳まで繁殖可能」と仮定して計算した理由)、サンショウウオが自然環境下で14年間生きたとしても、最後の2〜3年は、繁殖は無理でしょう。
>17年と書いていましたが、調べてみましたら、どうやら記憶違いだったようです。図鑑には16年と書いてありました。17年というのは、大分の○○氏宅で飼育されている個体が、すでに17年目ということです。ところで、その長寿サンショウウオが繁殖していたかどうかは分かりませんが、おそらく繁殖していなかったでしょう。○○氏宅のも繁殖していないと思います。