有尾両生類(サンショウウオ類)の「保全」に関する質問(3)

>「移植は反対」という意見ですが、そのことで、もう少し意見をお聞かせ願えませんか? 遺伝的問題を考慮して個体群存続のために部分移植することに、もしかすると私が把握していない点で問題があるのではないかと、少し気になっています。

「移植は反対」という私の意見は「それぞれの繁殖個体群で遺伝的固有性が確立されている場合、他から卵嚢が移植された個体群内では遺伝的固有性が撹乱される」という考えによるものです(○○さんの研究から、個体群の分岐年代が推定できるはずですが......)。従って、遺伝的固有性の確立されていない個体群間では、移植は可能でしょう。

また、これまで述べて来た有尾両生類の行動圏や生殖回帰といった問題は「それぞれの個体群が遺伝的には独立した存在である(遺伝的固有性が確立されている)」ことを示唆するものです(生殖的隔離機構が働いているということです)。私はトウホクサンショウウオの形態形質の地理的変異を手掛けましたが、そこには個体群間、或いは個体群内の形質変異が幾つも存在し「本当に、これで同じ種か?」という疑問でいっぱいでした(形態形質が違えば、遺伝子はそれ以上に違うと言えます)。これらの変異には形質傾斜のみられるものがありますが、北米産のヒョウモンガエル(Rana pipiens)で明らかにされたように、それぞれの個体群での異所的種分化の可能性が、形質傾斜には秘められています(漸変的なクラインの変異であると考えられてきた1種が、その後の研究で4種に分けられました)。種分化とは「ある個体群から新しい形質を持つ個体群が派生すること(進化の単位は個体群であるという考えに基づいたもの)」ですから、隣接した個体群間でも「派生形質(最後に生じた形質)がみられる個体群は、別種である可能性が高い」と言えるでしょう。


>"locality"には全く同じものは厳密には存在しないでしょうから、先生のご指摘も分かります。しかし私が問題にしているのは「個体群内の遺伝的変異が、個体群が適応進化し存続していくために必要な量を持っていない可能性がある」という点なのです。もしかすると、そのような遺伝的問題等によって、運悪く絶滅してしまうかもしれないレベルでもあるわけです。ですから、まずは個体数の復元は当然として、本来あるべき個体群同士の遺伝子流動を再現してあげるべきだと思っています。

>ここで先生が問題とされている"locality"ですが、ここで取り上げているのは、隣接した個体群間だけでの流動を想定しています。また、その流動の量(速さ?)は、あくまでも遺伝的多様性の低下を抑える程度の値を計算して求めるわけですから、問題ないと考えます。しかし、ここで「隣接しているからといった地理的な理由だけで、個体群間の系統を捉えていいのだろうか?」という問題が出てきます。「それぞれの繁殖個体群で遺伝的固有性が確立されている場合、他から卵嚢が移植された個体群内では遺伝的固有性が撹乱される」と先生が指摘された点ですが、当然そのように固有性が確立されている個体群間に遺伝子流動を持たせるのは間違っていると思います。私が卵嚢移植について考えているのは、固有性が確立していない個体群間のみです

>遺伝的浮動による遺伝的均一化は、1世代あたりに1個体の移入で、かなり抑えることが出来るらしいです。この数字を鵜呑みにしていいのか、まだ勉強不足で不安が残るのですが、ここでは単純にこの値を用いることにしますと、......(以下略)。

どうも問題が擦り替わっている様な気がします。「1世代あたり1個体の移入で、遺伝的浮動による遺伝的均一化を抑える」必要が、どこにあるのでしょうか? 卵嚢移植の目的は、絶滅の危機に直面している個体群を存続させることであり、ある個体群に「別個体群の血」を入れてその個体群の遺伝的均一化を抑えることではないはずです。そのために問題の個体群の由来を、遺伝子解析によって明らかにしようと考えているのではないのですか? それが「遺伝的問題を考慮して卵嚢を移植する」という発想に繋がるのだと思います。


>多少誤解が生じているみたいですから、その点をはっきりさせておきましょう。その誤解というのは「ある個体群に『別個体群の血』を入れてその個体群の遺伝的均一化を抑えることではないはず」という点です。私は「遺伝的浮動による遺伝的均一化」と書いていました。これは、絶滅危惧種のように個体群が小さくなった場合の話です。遺伝的浮動は、大きな集団より小さな集団により強く働くとされています。その結果、腹違いであっても同じ遺伝子タイプ同士で繁殖する確率が高くなってきますから、近親交配による近交弱勢が心配されます。つまり、個体群が小さくなると遺伝的問題が危惧されますから、個体群存続のためにはそれを解決してあげなければならないと言いたいのです。それが自然の姿であれば全く問題ないわけですが、明らかに人間による生息地の攪乱が原因なのですから無視できないわけです。......(以下略)。

私が誤解している点が分かりました。私は「宅地造成の影響を受けて分断・孤立化した個体群の生息地が道路建設で更に狭まり、生息環境が悪化して近い将来に絶滅(その個体群の消滅)が危惧されるので、遺伝的固有性が確立していない(ことが証明された)他個体群へ、その個体群の卵嚢を移植して個体群としての存続を計る」のだと思っていました。卵嚢を移植する先は逆だったわけですね。誤解が解ければ、長々とした説明は不用です。

ただ私が未だ理解できないのは「生息地が狭まって、生息環境も悪化した個体群に卵嚢を移植して、個体数の回復が期待できるのか?」という点です。生息環境に見合った規模の個体群が維持されていくのが「自然の摂理」というものです(生息地の規模が私には分からないのですが、これは「環境収容力」の問題だと思います)。この疑問が、上記の誤解を私に引き起こしたことを念頭に、そのつもりで読んでいただければ「これまでの私の意見が、どのようなものであったのか?」を理解していただけると思います。


>「生息環境に見合った規模の個体群が維持されていくのが『自然の摂理』というものです」というのは、その通りだと思います。環境収容力ですね、問題は......。環境を取り戻すのが最優先であり、最終目的ですね、サンショウウオの個体群存続は、すなわち環境の維持・存続なわけですから......。

>しかし、卵嚢移植と個体数の回復とは別問題です。卵嚢移植によって個体数を回復させるのは、それこそ先生の指摘された問題が発生してしまいます。個体数を回復させるには、環境の改善を通しておこなうのがベターだと思います。個体群の"locality"は一度失ったら取り戻すのは不可能になるでしょうから、場合によっては、人工環境下で同じ産地(個体群)の卵を孵化させて数を増やしてやる必要も出てくるでしょう。

「ここに来て漸く議論が収束した(議論を収束させた?)」と一瞬、思ったのですが、これまで展開されてきた主題は「卵嚢移植による個体数の回復」ではなかったのでしょうか? なぜなら、単に「個体群存続のため近交弱勢を防ぐ」ことが目的であるのならば、移すべき卵嚢数は僅かでよいわけですから、どの個体群から卵嚢を移入しても問題はないはずです。個体数の回復が目的でなければ、遺伝的固有性が確立していない個体群を証明する必要はありませんし、そこから卵嚢を移入すべき理由もないと思います。これも誤解でしょうか?


>先生が主張されたい点は「個体群の遺伝的構造に差異がないのに、卵嚢を移植しても多様性を維持することにはならないのでは?」ということですね。確かに遺伝的差異がなければ、そこに流動性を持たせても意味はありません。しかし、2つの個体群を比較して差異がなくても、幾つもの個体群を比較していけば、いずれその差異が検出できるでしょう。個体群の遺伝的構造の差異を検出していけば、同じ種内の個体群の系統樹(ニュアンスとして......)が描けるわけです。それらは部分的に個体群どうしで交流があるはずで、現時点ではなくても、時間スケールを長く考えれば交流があるはずです。いわゆるメタ個体群という概念です。この概念では、よく「大陸―島」モデルによって説明されますが、重要なのは「個体群が大きいと絶滅する可能性が小さく、小さければ大きい」ということです。私が研究しているような絶滅の恐れがある種の場合、その交流が人間によって断たれているわけです。メタ個体群ではなくなっているわけです。このような理由から「島」に当たる小さな個体群の存続は、他の個体群との交流をいかに保つかにかかっていると言えます。以前、私が「他の個体群を供給源に......」と書いたのは、このような考えを元にしています。

何か、これも泥沼の様相を呈してきました。保全生態学の教科書では「メタ個体群」が重要とされていますが、そもそも有尾両生類でメタ個体群が確実に存在することが証明されているのは、北米産のブチイモリ(Notophthalmus viridescens)だけだったと思います(違ったら、ごめんなさい)。メタ個体群の概念が当てはまらない種が、両生類には多いのです。そのことは、これまで何度も述べて来たはずですが、こうなったら最後まで付き合いましょう。説明の内容が、終始一貫していないように思われます。もう一度、○○さんの言いたいことを整理してみませんか?

(A) これまでの○○さんの説明で、オオイタサンショウウオが直面している問題点を、私は以下のように理解しました。
(1) 宅地造成の影響を受けて分断・孤立化した個体群が、道路建設で繁殖水域と生息地が更に分断された(生息環境の悪化)
(2) このままでは近い将来に絶滅(その個体群の消滅)が危惧されるので、元々連続的な生息環境であった他の個体群と遺伝的な流動性を持たせ、個体群としての存続を計る(個体群存続のため近交弱勢を防ぐ)
(3) 行動圏や生殖回帰の問題を考慮すると、そのための回廊としては卵嚢の移植が有効な手段となるであろう
(4) 卵嚢の移植をおこなうには、2つの個体群間で遺伝的固有性が確立していないことを証明する必要がある
(5) そこで分布域全体にわたる様々な個体群で遺伝的構造を比較し、それぞれの個体群の由来を明らかにする(ミトコンドリアDNAの遺伝子解析)

ここでは「個体群存続のため近交弱勢を防ぐ」と「2つの個体群間で遺伝的固有性が確立していないことを証明する」という、2つの矛盾点が出ています。

(B) そのため、私は以下の質問をしました。
(1) 単に個体群存続のため近交弱勢を防ぐことが目的であるのならば、移すべき卵嚢数は僅かでよいから、どの個体群から卵嚢を移入しても問題はない
(2) 個体数の回復が目的でなければ、遺伝的固有性が確立していない個体群を証明する必要はなく、そこから卵嚢を移入すべき理由もない

(C) それに対して、○○さんは以下の回答をおこないました。
(1) 2つの個体群を比較して遺伝的構造に差異がなくても、その他の幾つもの個体群で差異が検出できれば、個体群間の系統樹が描けるだろう
(2) メタ個体群の概念では、(距離的に近い)個体群どうしでは部分的に交流があるはず
(3) その交流が人為的に断たれた個体群を存続させるために、他の個体群を供給源にして遺伝的交流を保つ必要がある

これでは、私の質問の答えになりません。「卵嚢の供給源はどの個体群か?」という問題が無視されていますし、(C-1)と(C-2)には全く関連性が認められません。


>最初に(A)について補足させて下さい。(1)については「生息環境の悪化」であることは間違いないのですが、その全てが「繁殖水域と生息地」の分断ではありません。実際は、建造物が出来たことによる「生息地と生息地の分断」です(注: これは○○さんの誤解。私は、ちゃんと「宅地造成の影響を受けて分断・孤立化した個体群」と書いている)。(2)、(3)、(5)については、訂正すべき点はないです。(4)については「遺伝的な変異の程度を調べる」としたほうが正確です。

>このことを踏まえて、私の文章を読み返してみると、確かに飛躍したような書き方をしていますね。くどくど書くのもどうかと思えたので、一般性のある概念で全てを説明しようと試みたのですが、どうやら勇み足になったようです。もう一度、先生の質問に答えさせて下さい。

>まず、より重要な「(B-2) 個体数の回復が目的でなければ、遺伝的固有性が確立していない個体群を証明する必要はなく、そこから卵嚢を移入すべき理由もない」について「個体数回復が目的でなくても、卵嚢を移入すべき」とする理由:
(1) 厳密には、ある2つの局所個体群の間に遺伝的固有性が全くないということはあり得ない。固有性が確立していないように見えるのは変異を検出する方法に問題があるからで、個体群は全て微少な変異を含んでいるとして捉えるべきである
(2) 微少な変異であっても、複数の局所個体群の遺伝子情報を比較することで、種内の系統樹が描けるはずである。これをおこなうことによって、遺伝的情報を用いたメタ個体群構造(または孤立化個体群)の把握ができる
(3) 野生個体群はメタ個体群として存在するのが、遺伝的多様性を保持する上でも良い。局所個体群の存続は、他の個体群とのつながりにかかっている
(4) 存続の危機にある局所個体群は、そのつながりを人為的攪乱によって断たれていることが多い
(5) 全く変異がないように見えても、検出できない程度の変異が存在している場合、その変異は今の地域の環境では中立的な振る舞いをしたとしても、別の環境では生存に有利に働くかもしれない。そのような変異(遺伝子)は、個体群間で浸透していくべきである
(6) よって、個体数の回復が目的でなくても、遺伝的問題を解決するためには、理論的な数値を元にした、卵嚢移植という人為的な回廊(ニュアンスとして......)の設定が有効と考えられる。また、今後の継続的な調査も必要である

>以上です。もし個体数の回復を計るのであれば、減少してしまった個体群の卵嚢だけを用いた保護をするべきで、その場合、どうしても近親交配の影響があるので、やはり同時に他個体群との交流を保つ必要があるでしょう。

>次に「(B-1) 単に個体群存続のため近交弱勢を防ぐことが目的であるのならば、移すべき卵嚢数は僅かでよいから、どの個体群から卵嚢を移入しても問題はない」について「移入する卵嚢は、その由来が大切である」とする理由:
(1) 自然界では、全く異なる系統の個体群どうしが交流するのは極めて稀なはずである。幾ら絶滅の危機に瀕している個体群を救うためでも、"locality"を無視した移植はすべきではない
(2) 人為的な回復策は、出来るだけ自然に近い状態を再現するに留めるべきである。但し、極端に減少してしまった個体群に関しては、その限りではない
(3) 「自然に近い状態」とは、メタ個体群のように局所個体群どうしが交流できる状態である
(4) 全く違う系統の個体を移入すれば、それ自身が侵入者として振る舞う危険性があり、また逆に移入した個体が適応できずに、その効果が全く現れないことも起こり得る
(5) 微少の変異でも、個体群どうしのつながりの中で長期的に浸透し、場合によっては淘汰されるような自然のシステムを作用させるべきである。極端な移入は「自然に近い状態」とは言えない
(6) よって、移入する卵嚢は、系統的に近い個体群のものであることが、より良い保護方策の条件と言える

>以上です。(1)に関しては、保全生物学のテキストには「人為的に遺伝的多様性を増加させる」という方法も書いてありますが、羽角先生とのやりとりの中で、"locality"の重要性を再認識し、以上のような結論を導き出しました。これに

>(7) 以上の理由から、より適切な方策のために、個体群の遺伝的系統を鋭敏に検出するプローブの開発が急務である

>を付け加えれば、私の研究テーマがはっきりする事になります。

○○さんが言いたいことの全体が、漸く繋がりました。結局、分断・孤立化した個体群と、元々連続的な生息環境であった他個体群との間に(メタ個体群として部分的交流があったと考えられる、距離的に近い個体群どうしに)、近交弱勢を防ぐ程度の、僅かな遺伝的変異を期待しているわけですね。

改めて「凄いことをやろうとしているんだなあ」と感じました。どこかの自治体で、保護まがいの活動をしている連中に、○○さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいです。


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