私は獣医病理学を専攻しており、最近、動物病院からアホロートルの総排泄孔から逸脱した精巣の検査を受けました。その特徴は次のとおりです。
肉眼的特徴: 房状で、長軸方向で約4cm以上と腫大。
組織学的特徴: 精細管が様々に拡張。拡張した精細管には主にセルトリ細胞が1層に内張する他、精母細胞が散在するのみ。間質には、特にライディッヒ細胞などはみられない。
精巣は腫大しているのに、認められる精細管に精子形成も無いという印象です。正常な精巣を調べるにつれ、有尾類は精子排出をおこなうことが分かり、これに相当する時期の精巣を観ているのではないかと疑っています。しかし、性周期により組織像が様変わりする器官の故、自分で判断できない次第です。よろしければ参考文献も含めて、ご教授いただけますと幸いです。
なお、これまで入手した文献は下記2報です。
(1) Spermatogenesis in Mexican Axolotl, Ambystoma mexicanum, 1983, J Exp Zool
(2) Seasonal dynamics of male and female reproductive systems in the Siberian salamander, Salamandrella keyserlingii (Caudata, Hynobiidae), 2015, Asian Herpetol Res (2020年11月24日)
アホロートル(メキシコサンショウウオの幼形成熟)の受精様式は、体内受精です。体内受精をする有尾両生類の精巣には、頭尾軸に沿って精子形成の波(精原細胞、精母細胞、精細胞、精子の連続帯を持つ傾斜)が観られ、この波は季節によって変化します(Chan 2003, Eisthen & Krause 2012, Uribe & Mejia-Roa 2014)。つまり、精巣の横断切片では、観察する切片の場所によっては精巣細管(seminiferous tubules)に精母細胞しか観られないことになります。精巣の縦断切片を作製して、観察してみて下さい。精子形成の波が、はっきりと分かると思います。
〇〇さんが挙げられた文献2は、キタサンショウウオの雌雄の生殖系に関する(私が査読した)論文です。この種の受精様式は体外受精で、精巣の頭尾軸に沿った精子形成の波は観られないのが特徴です(クロサンショウウオと同じです)。従って、総ての精巣小葉(seminiferous lobules)内で精子形成は同調的に進行し、初夏には精母細胞だけが、秋〜冬には精子だけが観られます。その一方で、精巣小葉の基部付近(排出管の近く)に位置する未成熟小葉には、第一次精原細胞が一年中存在します。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2020年10月16日付の回答である。
・Chan LM (2003) Seasonality, microhabitat and cryptic variation in tropical salamander reproductive cycles. Biological Journal of the Linnean Society 78: 489-496
・Eisthen HL, Krause BC (2012) Ambiguities in the relationship between gonadal steroids and reproduction in axolotls (Ambystoma mexicanum). General and Comparative Endocrinology 176: 472-480
・Uribe MC, Mejia-Roa V (2014) Testicular structure and germ cells morphology in salamanders. Spermatogenesis 4: e988090
(2) サンショウウオの流水性の種は総て(ほとんど)高地を好むのですが、この高地を好む理由とは何でしょうか?寒さ、暑さ、酸素とも関係はありますか?低地では止水性の種が多いらしいですが、止水性の種でも高地にいる個体群もあるので、逆に流水性の個体群が低地にいてもおかしくはないと思っています。(2017年6月23日)
(1) 佐渡島に生息するクロサンショウウオは、1992年まで、サドサンショウウオという別の種と考えられていました(Sato, 1940)。ところが、近年の電気泳動法の進歩で「本州に生息するクロサンショウウオの個体群とは、分岐年代に遺伝的な違いはない(クロサンショウウオのシノニム[同物異名])」ということが明らかにされています(Matsui et al., 1992)。
「クロサンショウウオが、なぜ島という狭い環境で別の種へと分化していかなかったのか?」に関しては、まず第一に「クロサンショウウオ個体群そのものの遺伝的分化が進んでいる」ということが挙げられると思います。サドサンショウウオとされていた種の分岐年代である約15万年前よりも、クロサンショウウオの多くの個体群の分岐年代のほうが古かったことが、その背景にあります。これは、個体群間で遺伝的変異が大きいクロサンショウウオでの「隠れた分類群(cryptic taxa)」の存在を示唆する結果で、これらの個体群の中の幾つかは、今後の研究で別種に分けられるかもしれません。
次に、少し専門的な話になりますが「島嶼(とうしょ)生物地理学の理論」によると、種分化には、その島が生物の供給源である大陸から離れている度合い、つまり「島の隔離度」が重要とされています。このことから「オキサンショウウオが生息する隠岐諸島や、ツシマサンショウウオが生息する対馬列島といった比較的孤立した島とは異なり、佐渡島は古来から人や物の交流が盛んで、隔離された島ではない(そのため、固有種が少ない)」ということが挙げられると思います。
(2) サンショウウオ類の流水性の種と止水性の種の「幼生」を比較していただければ分かると思いますが、流水性の種の外鰓は短く未発達であるのに対し、止水性の種の外鰓は長く枝分かれして発達しています。高地で水温が低く、大気に触れやすい流水のほうが水中の溶存酸素量が多く、それに適応した結果、流水性の種の外鰓が未発達なのだと考えられています。サンショウウオ類は、外鰓が未発達でも流水には生息できますが、溶存酸素量が少ない止水には生息できません。これに対し、止水性の種では外鰓が発達していますので、溶存酸素量が多くても、また少なくても生息できます。つまり、ご質問にあるような、逆のケース(流水性の種が低地にいても、おかしくはない)は成り立たないということです。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2016年4月12日付の回答である。
・Matsui M, Iwasawa H, Takahashi H, Hayashi T & Kumakura M (1992) Invalid specific status of Hynobius sadoensis Sato: electrophoretic evidence (Amphibia: Caudata). Journal of Herpetology 26: 308-315
・Sato I (1940) On a Hynobius from Sado Island. Bulletin of the Biogeographical Society of Japan 10: 163-170