そんな中、遊牧民の若者数人が馬に乗ってキャンプ地を訪れ、テントの周辺を駆けずり回ったり、モンゴル教育大学の学生と話し込むようになった。特に、ひとりの若者が熱心で、女子学生に対して「自分の馬に乗れ」と誘う姿が、幾度となく見受けられた。あるとき、調査隊長の○○さんのゼミの女子学生2人のうちのひとりが誘いを受けて、何も分からずに、彼の馬に乗ってしまった。彼が手綱を引く馬に、彼女が嬉々として乗り、はしゃいでいる仕草が印象的であったが、それからが大変であった(1)。
皆さんは、もうお分かりかと思うが、この若者の目的は「嫁探し」で、彼の馬に乗ることで「プロポーズを受け入れた」と見なされるわけである。日本で言えば、格好いいスポーツカーにでも乗った男性が「へい、乗らない?」と言って、可愛い女性を軟派し、そのまま自分のものにしてしまうような感覚かもしれない。
遊牧民の若者の馬に乗ってしまった女子学生は、後で○○さんから、ひどく叱られていた。一方で、その若者は「これで嫁が決まった」と思ったらしく、それから何度も何度もテントまで押し掛け「彼女を出せ」と騒いでいたようである。しかし、モンゴル人の学生何名かで「彼女は日本人で、今回のことは文化の違いから生じた誤解である」と言って、彼を説得し、とうとう最後には諦めさせることに成功したようである。
世界には、異性からの贈り物を受け取っただけで、プロポーズを受け入れたことになる国もあるらしい。そう言えば、ウランバートルでの別れ際にタイワンが差し出した、真新しい革の財布を何の気なしに受け取ってしまったが、あれは彼女の大学院の指導教員を引き受けたことに対する、お礼の意味だよねえ......???
[脚注]
(1) モンゴル人の10名ほどいる女子学生は「その若者の馬に乗る」という行為が意味するところを熟知しているので、彼の誘いに応じる者は誰もいなかった。ちなみに、○○ゼミからは男子学生2人、女子学生2人が参加しているが、後者に関しては、これまでどこにも氏名を書いていないことに、お気付きの方もいることだろう。これは、とりもなおさず、今回のテーマで書くことを想定した、私なりの深謀遠慮である。