北野家住宅


非公開      
建築年代:
   明治30年代 
所在:
  西筋・堺町 
 (じないまち散策地図
由来:
   西筋・堺町の北東角に位置する。 屋号を「新堂屋」と言う。明治の初めに東隣の本家より分家した。本家・分家ともに木綿問屋を営んでいた。 幕末頃の宅地図によると、堺町−南会所町と西筋−市場筋を囲む区画一帯を北野家が所有していて、現在当家が位置する場所は元は北野家の借家があった。   
建物の特徴:
 
 母屋は八棟造り。 当家は明治初期の分家の時の建築というよりは、明治30年代に元の借家を建て替えたのではないかと見られる。明治最盛期の豪商の住まいとして貴重な遺構である。
厨子二階
虫籠窓
駒寄せ・犬矢来

町屋の道路に接する面に寄せて設けた牛馬を繋ぐための柵。駒繋ぎ、牛繋ぎなどともいう。後に、人や動物から建物の外壁や建具を保護するための柵に変化した。これを犬垣、犬防ぎ、犬矢来ともいう。
北野家全景(外観修景後)
袖うだつ
厨子二階
虫籠窓
駒寄せ
八棟造りの母屋と板塀(忍び返し)
堺筋を挟んで並ぶ北野家住宅(右)と松井家住宅(左)
北野家土蔵 (元は東隣にあったものを移築している。) 土蔵
犬矢来



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