伊達朝宗夫人の墓

                                        ▼ 東北本線貝田駅下車
                                        ▼ 貝田駅から貝田部落を経て東へ1キロ

 福島と宮城の県境、伊達郡国見町、光明寺部落の火の見櫓北「福聚寺」境内に、伊達家の始祖朝宗夫人の墓があります。朝宗の墓所桑折町と同様、国見町もまた伊達氏のゆかりのところです。 朝宗夫人は、南北朝時代県南地方を根城に一家をなした白河結城氏の出といわれますが詳しいことはわかりません。
 夫人の墓は下から上に地・水・火・風・空を現す五輪塔で、仙台に居を構えて確固たる体制を確立していた伊達家が文政四年(1821)に建立したものです。
 福聚寺のある光明寺部落は、かって伊達政宗が信仰していた伊達五寺のひとつに数えられる、光明寺と呼ばれる豪壮な寺院があったところで、政宗の仙台築城と共に移転し、今は山間に廃寺跡が残るにみです。

                           

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