ストーリー 1

 爽やかに風そよぐ高原の牧場、馬の群れを追う牧夫が一人。のんびりと噴煙をたなびかす浅間山。清々しさが漂う。青山正一(正さん)は、ここ浅間山麓で牧場をやっている。

 丘の下から「おとっつぁーん」と声がして、長女・ゆきが息を切らして登って来る。何事かと身構える正さんに「きんから便りが来たよ」と、ゆき。「そんなもん、いちいちわしに見せんでもええわ」と投げやりな正さん。「きんが帰ってきたいんだってよ」と手紙を読み始めるゆき。

 実は正さんには、もう一人、小さい頃に丘の上の老木の下で牛に蹴られて口から泡を吹いてから頭が少々おかしくなり、今は家出して東京でストリップ・ダンサーとして暮らす娘・きんがいた。

 手紙には芸術家として踊っていること、近々、友達を一人連れて帰郷したい旨がしたためられ、おとっつぁんの意向を問うていた。署名は「リリイ・カルメン」。それを聞いて「ジジイ・カルメンなんて異人名の娘を持った覚えはねえ」と怒鳴る正さん。

 思案に余ったきんの姉・ゆきは、村の小学校で先生をしている養子の夫・一郎のところへ相談に行くのだった。

 村の小学校のグラウンド。
 子供たちが小川先生のひく「故郷」の曲に合わせて、運動会で披露


する遊戯の練習をしている。

 ゆきから事情を聞いた一郎は、ここは一番、校長先生にご出馬願って、正さんをなだめて説得してもらい、きんの帰郷を納得させるのが得策と、相談がまとまる。

 終業の鐘が鳴って、子供たちがオルガンを片付けにかかったところで、小川先生が、グラウンドの隅にあるベンチに腰掛けてオルガンの音に耳を傾けていた田口春雄、清の親子を目に留める。

 「ひいていきませんか」と田口に声を掛け、オルガンをもとの位置に戻させる。息子・清に手を引かれてオルガンの前に座ると、「新しい曲です。『ああわが古里』」と言って、ひいて歌い始める春雄。

 おきんとは幼なじみの春雄は戦争に行って失明して以来、自分のオルガンで作曲に打ち込んでいたが、働き手は妻の光子だけ。
 馬車を引いて懸命に稼いでも楽でなく、愛用のオルガンも運送屋の丸十に借金のかたに取られていた。そのため時々、清に手を引かれて小学校にオルガンをひきに来るのだった。

 ゆきと一郎の話を聞いた校長先生、芸術のためなればと正さんを説得にかかる。「東京でも有名な舞踏家になって故郷に錦を飾るんじゃよ。正さん」。「校長先生、カルメンて何ですら」「芸術だよ正さん。カルメンと言うのは世界的に有名な女性の名前でね、面白い小説だよ」。

 合点のいかぬ正さんを残し、わが恋は浅間の裾の若き日に…と朗誦しつつ帰る校長先生。困惑顔で見送る正さん。

                          (次頁へ)