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岩元禧の章
 

KI1

岩元禧 いわもと き(『鹿児島大百科事典』南日本新聞社)

一八七九(明治一二)〜一九四四(昭和一九)。第一〇代鹿児島市長。鹿児島市出身。内務官僚として香川県警察部長、島根県内務部長などを経て 一九二三年(大正一二)沖縄県知事。一九三三年(昭和八)六月、鹿児島市長となり一九三六年(昭和一一)一月まで務める。その間、中郡、西武田、 吉野の三村合併や中央卸売市場、市営飛行場、市庁舎改築、天保山橋の架橋問題など精力的に取り組む。また夏休みにはのびのび過ごすべきだ と宿題帳を焼きすてさせたり、寒天での児童をハダシにするのは酷だとハダシ訓練を中止させるなど当時としては話題に富んだ実行力のある市長 だった。(市坪弘)

岩元禧関連資料
項  目 出  所 内  容
履歴書 自筆(コピー、オリジナルは見あたらず) 履歴書(明治22年から41年まで、おそらく自筆)1頁2頁
履歴書 タイプ打ち文書 (準備中)
編纂図書 『薩藩の文化』鹿児島市役所 昭和天皇御臨幸に際し、編纂された、鹿児島の文化を形作るものを紹介した書物
表紙 見開き 目次1頁  目次2頁 目次3頁 目次4頁  目次5頁
新聞記事 南日本新聞昭和47年11月1日より連載 薩州頑質列伝『俺は俺 岩元禧の巻』
新聞記事 硬骨漢 鶴田正義(南州神社宮司)エッセー「そぞろ歩き」南日本新聞平成9年1月16日

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